184.現実(リアル)と向き合って
3年生の生徒会引退、そして次期生徒会長を決める為の選挙。
結局、締め切りまで立候補者は門倉ただ一人。
今日は最後の演説がある日。体育館に全校生徒が集まった。
壇上に上った門倉の演説が終わった後、信任投票が行われる。
「……まず、私は皆さんに謝らなければなりません。
文化祭を台無しにしそうになった原因は、私にあります。
他、私のクラスメイトを経験したことがある方を中心として、
不愉快な思いをさせた方も、決して少なくないはずです。
数々の愚かな行いについて、お詫び申し上げます。
本当に、すみません」
深く一礼。ここまでは謝罪のセオリー通り。
素直に自分に非があることを認め、何が悪かったかも明確にしている。
「今後、このようなことのないように努めます。
そして、私が生徒会長になった際の公約として、
種々の校則の改正案があるとお伝え致しましたが、
それらは全て、取り下げさせて頂きます」
これも当然。何もかもを縛り付けるような校則にするつもりだったんだ。
なおも考えが変わってなかったら、いよいよ本当に見限られる。
「文化祭以降、様々なことを考えました。
今までしてきたこと、自分の欠点、改善の為の策……
一つ一つ考え、そして今日、皆さんの前に立っています。
私はもう、空っぽで独り善がりな人間にはなりません。
皆さんの力を借りて、深沢前会長の後任を務めたいと思います。
信任投票、宜しくお願いします」
もう一度、一礼。
これといって問題点はない。後は、何人が信じることができるか。
その中で俺は、幾度も嫌味を言われ、幾度も迷惑を受けている。
そして……ただ一度、理由を知った。
酌量の余地は皆無ではない。とはいえ、罪が消えることはない。
(……優柔不断と言われたら、それまでだが)
配られた投票用紙には、信任か不信任かを問う内容。
回答は、その文字の上にある欄に○をつけることで行う。
俺はそこに何も書かず、無効票になることを知った上で、投票箱に入れた。
翌日、選挙の結果が掲示板に貼られていた。
どちらに転んでもおかしくないと思っていた俺にとって、意外な結果となった。
有効投票総数を見るに、俺以外にも無効票を投じたのが何人か。
俺と同じく意図的なものか、単なる書き損じかは分からないが、
いずれにしても、選挙結果が有効とされる為の投票数は満たされている。
故に、この結果は効力を発揮している。
「……おはよう」
「おはよう。……やっぱり、こうなるのね」
信任票、二桁。
不信任票、三桁。
圧倒的大差で、『生徒会長門倉麻美』は、不信任という結果になった。
「あなたは、どちらに入れたの?」
「黙秘ってことで」
「そう……」
どう思われようといい。この結果は覆らないんだ。
本人も覚悟はしていたみたいだし、下手に慰めの言葉をかけても無意味だ。
もう暫く、己を省みる必要はあるだろう。
「親御さんには、どうするつもりだ?」
「任命書が出せないから、バレるでしょうね。
それも仕方ないわ。全ては、私が原因だもの」
……今の門倉に追い討ちがかかることになるな。
正直、門倉から聞いた限りの親御さんのイメージは酷い。
痛い目を見るべきだとは思っているが……それがどういう形なのか。
(……いや、俺が考える必要なんてない)
リソースを使うべき相手は、きっちりと選んで。
門倉の問題は門倉で解決してもらおう。
「おはよう」
「麻美おはよう! 気にすんなって。どうせ誰かが改竄したんだろ?」
教室に入ると、珍しく透が先に来ていた。
そして、今までずっと避けていた門倉にいの一番に駆け寄る。
心配している……ではなく、落ち込んでるところを狙いに来たか。
「誰がやったんだろうな。ま、俺としてはカンニングをして、
普段取れない点数を取りやがった誰かさんとかが怪しいと思うが」
……門倉が嫌味を言わなくなった分、こいつが言うようになったな。
仮にも門倉の心の拠り所だというのに、相変わらず。
「俺は勿論信任に入れたぜ。麻美以外に相応しい奴なんていないだろ!」
「……ありがとう。補欠選挙で当選するように努めるわ」
はっきり言って厳しいだろうな。あるとすれば票割れからの当選だが、
サルが言っていた会計の崎本とやらは、結構人気があるらしい。
俺も今のままでは、メンタルに不安のある門倉に票は入れ辛い。
「いや、補選まで待ってらんねぇよ。これから抗議しに行こうぜ。
不正でもしねー限り、門倉が落選するとかありえねーよ」
「でも、事実結果として……」
「その結果は不正に決まってる。誰かさんのせいでな」
何で俺を見るんかねぇ。投票後はバイトあったからすぐ帰ったんだが。
けどその手には乗らねぇぞ。あくまで『誰かさん』だ。
透が誰のことを指しているかは明らかだが、下手に反論はしない。
「おい透。いつまでも戯言ほざいてんならその口埋めるぞ」
「いいんちょの落選は妥当だろ。当選したらそれこそ不正だわ」
「俺はまだ信じてねぇかんな。生憎優秀な門倉様と違って、
ゲームばっかりしてる俺は、過ぎたことでも根に持つんで」
陽司と翔と秀雅が、揃って言ってくれた。
ここは任せよう。時には友達を頼ることも必要だ。
申し訳ない気持ちはあるが、多少は手を抜こう。
「何だよお前ら。怜二に唆されたか?」
「120%、俺の意志。何で怜二の名前が出てくる?」
「カグよー。お前いつまで藤やんにあーだこーだほざくつもりだー?」
「語るに落ちたな。いい加減にしやがれ」
「ハァ? あいつが何かやったのはどう見ても明らかだろが。
ほら、麻美も言ってやって」
「……私は、今回の結果を受け止めるわ。
そして、いつまでかかるか分からないけど、信頼回復に努める。
それしか、今の私にはできないから」
「麻美!? お前、何でそんなこと言うんだ!?」
「透君。選挙は最初から最後まで、不正がないように厳格に行われてる。
それを疑うことは、生徒会や選挙管理委員を疑うことと同じ。
私は、自分が所属する組織がそんなものだと思ったことは一度もない。
だから、透君も信じて。この結果が、今の私に対する評価だって」
「麻美……」
透。もう、門倉も変わったんだよ。
お前のことを無条件で信じたり、肯定したり、擁護したりはしない。
それに気づいて、変わろうとしないなら。
「おい怜二! お前、麻美に何ほざいた?」
「何も。誰かと違って変われたみたいではあるけどさ」
「ハァ? 何で俺が変わる必要あるんだよ?」
「『誰か』としか言ってないんだが、自覚あるのか?」
「うるせー! お前って嫌味ったらしい奴だったんだな、見損なったわ!」
「透。お前は自分が言った事を片っ端から忘れる病気にでもかかってんのか?」
「うるせー!」
「……さ、皆も席に着こう。もうじき先生来るし」
何もかもが思い通りに行くと思い込んだまま、堕ちるとこまで堕ちろ。
お前はもう、主人公から悪役になってるんだよ。