183.選挙前昼
体育祭と文化祭、全校規模の大型イベントが終われば、3年生の委員は引退。
それに伴って空席となった、生徒会長の選挙が今日から始まる。
で、その立候補者だが。
(やっぱり、こうなるか)
現在、届け出があるのは門倉だけらしい。
このまま行けば信任投票ということになるが、雲行きが怪しい。
公約として掲げているものがヤバい……という訳ではなく。
「……不信任になったら、史上初の空席ね」
文化祭のこともそうだし、喧伝していた公約のイメージがつきまとっている。
それについては取り下げるということを周りに伝えてはいるらしいが、
そう簡単に払拭できるものではない。
どうやら、大体の生徒は当選する為のポーズであり、会長になったら権力を振りかざして、
校則を改悪しまくると考えているらしい。
(校則ってそこまで簡単に変えられないんだけどな)
教師との結託、という線で何かやらかしかねないということだろうか。
とはいえ、生徒会顧問は鹿島先生に戻ったし、山内先生は当然の懲戒免職。
他に門倉と強い繋がりのある教師は、俺の知る限りでは存在しない。
……1年で2人も懲戒免職が出るって、うちの学校はどうなってるんだ。
「おはよー」
「おはよう。サル、選挙どうなると思う?」
「五分五分……いや、4:6で不信任優勢。今までだったら何にも考えないで信任満票だけど、
やらかしたことが全校規模だろ? 流石に厳しいものがある。
ぶっちゃけ、俺もどっちに入れるかは迷ってるし」
「だよなぁ……」
仮に不信任になった場合は、補欠選挙までは空席。
補欠選挙は生徒会役員全員が投票対象になるから、門倉当選の目はほぼないだろう。
なお、過去に補欠選挙があった例はないらしい。
「仮に補欠選挙になったら、会計の崎本が有力。
真面目さで言えば会長と麻美に次ぐし、柔軟性もある。一年生からは出ないだろうな。
深沢先輩みたいな大器は100年に一度クラスよ」
「そりゃそうだろな。ところで、演説の応援してくれる奴とかいるのか?」
「俺は断る気しかない。矢面っていうレベルじゃねぇ」
「だよなぁ……」
ほぼ全員の共通認識だろうから、恐らく単独での演説ということになるだろう。
門倉にとってはなおのこと厳しい戦いを強いられることになる。
俺もサポートするつもりは一切無い。自業自得だ。
(門倉の家庭のこと考えると、相当詰められると思うが)
透と同じく、今までが今まで過ぎた。
反省することができるようになったというのは成長だが、本来なら当然のこと。
一度、きちんと痛い目を見るべきだろうな。……で。
「つれねーなー。どうしたんだよ鞠? 何か悩みでもあんの?」
「私は悩んでなんかないよ。それより麻美ちゃんの方が……」
「麻美は大丈夫だろ。鞠、何か隠してないか?」
「そんなことないよ。ねぇ透、麻美ちゃんを……」
「大丈夫大丈夫。麻美は頭いいから大丈夫だって」
これはどう見るべきだろうか。透自身がハーレムから外したのか?
古川先輩みたいに拒絶されるのではなく、自分から関わりを断ちに来たか?
今までだったらフォロー入れてたと思うが、それをしないどころか、
会話の主軸にすることすら嫌がってるような……
(そういえば、門倉って透に直接好意を伝えたことあるのか?)
俺が知る限りでは、透に告白したことがあると確定してるのは穂積と八乙女。
門倉と古川先輩については不明だ。告白したかどうかは分からない。
……自分に明確な好意を持っている二人に絞ったのか?
いや、あいつがそんなまともな考えをすることなんてない。
そもそも、告白せずとも好意に関しては気づいてるはずだ。
(何にせよ、ロクなことは考えちゃいねぇだろうな)
今の門倉は、誰も頼れる相手がいない、孤立した状態か。
まぁ、こじらせるようだったら適度にフォロー入れるか。
変に問題起こされても面倒だし。
(……俺はどこまで、悪人になれるんだろうな)
門倉の心配など、一切していない……はず。
俺から甘さが抜けるのは、まだ時間がかかりそうだ。
「これ……頂けるんですか?」
「こんなものでは礼にならないと思っているんだが、皆の勧めでな」
深沢会長が、正式に生徒会を引退することになる前日。
「個人的に礼をしたい」ということで、俺は生徒会室に呼び出された。
そして渡されたのは、3冊のノート。
表紙にはそれぞれ『古典』『倫理・政経』『英語』と書かれている。
曰く、会長が2年生の頃に使っていたノートの清書らしい。
俺の選択科目を聞かれたのは……そういうことか。
「本来なら、もっとよいものがあると思うが……」
「いやこれ、めちゃくちゃ分かりやすくまとまってますよ。
教科書読むよりよっぽど勉強になりそうです」
「そう言ってもらえるとありがたいし、嬉しいな。
多少なりとも君の勉学の助けになるのであれば、何よりだ」
字は綺麗だし、適度に図や表があって覚えやすい。
欄外にはちょっとした語呂合わせとかもあるし、無駄が無い。
これは貴重品だ。会長が好成績を取り続けていることがその証左。
本来ならどうしたって手に入らない物だし、この量の清書は骨が折れる。
大切に使わせて頂こう。
「君は、卒業後の進路はどうするつもりだ?」
「一応、進学ということで考えてます。具体的にはこれからですが。
文系選んだんで、法か経済に行こうかな、と」
「なるほどな。今の君なら良い大学に進めるだろう」
「ありがとうございます。因みに会長は?」
「私は宇宙工学に携わりたいと考えている。大学は元より、院まで行くつもりだ」
流石、会長。目指すものがはっきりしている。
何となく就職に強そうだからという理由で進路を考えている俺とは大違いだ。
「スケール大きいですね」
「理想を追い求める、洒落た言い方をするならロマンチストだからな。
親を説き伏せるのには時間がかかったが」
「……と、おっしゃいますと?」
「代々、女は家庭に入れという家系でな。何を言っても聞いてくれなかった。
そうなると実績で黙らせるしかない。その結果が今だ。生徒会長になるのも含めてな。
全生徒が充実した学校生活を送ることができるようにするという望みは確かにあるが、
そこに個人的な願望が混ざっているというのも、否定できない」
意外だな。会長は就任からずっと革新的なことを続けてきたが、
その親が今日日珍しい、前時代的な思想に染まっているとは。
「原点は問いませんよ。おかげ様で、青春を謳歌できましたし」
「やはり君は面白い人間だな。それを見込んで頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」
「えぇ、どうぞ」
「それでは、率直に言おう。私の後任を務めるつもりはないか?」
「勘弁して下さい。ハードルが高過ぎます」
「そうか……実を言うと、本筋は違う。門倉君のことについて、だ」
会長も気がかりだったか。本来、門倉は後任としては最有力だった。
今は……クラスメイトどころか、全校中の嫌われ者。
リカバリーできるような機会もなかったし、状況は厳しい。
「今の君にとって、門倉君はどう映る?」
「そうですね……不気味であり、不安定であり、不自然といったところです。
とはいえ、割と根っこから変わったっぽいのもまた事実であって。
今までが今まででしたし、ちょっと量りかねますね」
「私も、ほぼ同意見だ」
そうなっていた理由は本人から聞いた。
求められているものは違うが、家族に押さえつけられているというのは会長と一緒だ。
ここに来て、意外な共通点が見つかった。
「彼女がどうなるかは、今後の生徒会の行方に大きく関わる。
生徒会は今、復旧の最中だ。山内先生が思っていたより色々やっていたようでな。
規定上、私は明日で引退だが、まだまだ禍根は残っている。
だが、この時期に生徒会に干渉する上級生など面倒なだけだろう」
「俺はそうとは思いませんけどね。会長、慕われてますし」
「そうだとしたらありがたいが、単純な話、私の受験も控えている。
物理的に時間が足りないんだ」
……ふむ。何となく察した。
つまり会長は、不安定なままの生徒会と門倉の化学反応に不安があると。
ここに更に『信任投票からの不信任』が加われば、どうなるか分からない。
何かあった時、フォローができる人間がいる。そしてその人間が誰かとなったら。
「先に言っておく。これは完全に私のわがままだ。
厚かましい話だし、拒否してくれて構わない。その上で、だ。
……臨時的に、生徒会に入ってくれないか?」
裏方作業が似合う、脇役が第一候補となる。
生徒会の臨時委員か。それなら。
「条件があります。俺はあくまで臨時の委員であって、常に参加するとは限りません。
集会や作業があったとしても、バイトとかがあればそっちを優先します。
そして、当座の作業が終わったり、何も起きずに終わりそうだと判断した時点で、
俺は委員を降ります。……そういった、頼りにならないし頼れない委員で良ければ、
謹んでお受け致します」
文化祭を立て直したことに関しては、会長にも借りがある。
だからといって全面的に受け入れる訳にはいかないが、これで±0だろ。
「……本当に、いいのか?」
「俺はちょっとした補助輪の役目を果たすだけですよ。それもごく短期の。
あいつが以前の状態に戻らないという保証はありませんし、
それならある程度近くにいて、兆候を早期に発見できれば儲け物です」
「……恩に着る!」
会長は、今にも涙が零れそうな目をしている。
安心して下さい。会長含め、先輩方が思い残すことなく引退できるのであれば、
少々の雑務が増えるぐらい、何てことはありません。