182.ハートのQとスペードの……8ぐらい?
「時に交ーじり合い、時にかーらまって……」
部屋に戻った時に歌っていたのは、門倉だった。
タイミングとしてはそろそろ落ち着いた曲が欲しかったとこだし、
そこでこういうゆったりした曲を選ぶというのは、中々上手い。
翔もタンバリン置いてるしね。
「おかえ……水橋、それ溶ける前に食えるのか?」
「次の番はしばらく先だから」
「まぁ、そうだけど……」
手の平サイズの専用皿に、堆く。
陽司は体育祭の時に雫へのイメージが変化したけど、
こういうところを見るのは初めてか。
もっとも、ここにいる奴の殆どは初めてだろうけど。
「なんか俺も食いたくなってきたな。行ってくる」
「行ってら。さて、次は何歌おうかね……」
ランキングや履歴、年代検索などを適当に。
何となく知ってる曲はあるな。ただフルだとよくわからんのもある。
その辺も考慮した上で……ん、何か袖引っ張られてる。
「藤田君、これ歌える?」
そう言いながら見せられたのは、デュエット曲。
……え、マジで!?
(歌えるには歌えるけど……)
結構しっかり聴いた曲だし、フルでどうなるかも知ってる。
ただ……そこまで色濃くはないけど、これ、ジャンル的にはラブソングじゃね?
デュエットというだけでもそれなりにレベル高いというのに……これは……
(このパターンも多くなってきたな)
雫にとってではなく、俺にとってレベルが高いという事柄。
思えば、雫には色々なことに挑戦させてきたけど、俺はそこまででもない。
そして今となっては、『俺も』というより『俺が』積極的にならなければならない。
つまり、この頼みの答えは決まりきったこと。
「あぁ。次の次辺りで一緒に歌うか?」
「うん、お願い」
いっそのこと、勘違いさせる勢いで。
思いがけなく訪れた好機は、きっちりと掴ませてもらう。
幸運の女神に後ろ髪は無いんだ。
「次は……あれ、これ誰入れたん?」
「私。藤田君と歌うから、マイク貰える?」
「ここでデュエット入るか! ほらお二人とも前、前!」
翔に促されるまま、何となくカラオケ本体付近のスペースへ。
必然、距離は近くに。……この緊張感は何度経験しても慣れない。
しかも今回は皆の前だからな……
(この曲はどういう声で行くんだろうか)
イントロが流れる中、適当に当たりをつける。
幸い女性のソロパートから始まる曲だから、俺はそれに合わせるだけ。
自分を目立たせるのは苦手だが、引き立て役になるのは大の得意分野だ。
とはいえ、デュエットだからそれなりに俺もちゃんと歌わねばならんが。
「……君とー過ごーしーた夏の日、今もーおーぼえてるー」
しっとりとした曲調に合わせた、透き通った歌声。
直情的に感情をぶつける曲じゃないから、声は張り上げずに。
自分の声とメロディーが調和するように、静かに歌っている。
(皆も聴き入ってるし)
翔のタンバリンも完全にテーブルに置いたしね。
さて、この曲の男性パートはサビ、二人で歌うところから。
この感じだと俺はやや低く、ボリュームも下げ気味に歌った方がいいな。
俺のソロパート以外は、雫がメイン。それを意識して……さん、はい。
「「ずっと歩ーいーてーいたー、ひーまわりーの道ーをー」」
サビに合わせてボリュームを上げた、雫の声を邪魔しない程度に声を出して。
このデュエット曲は、所謂3度上、3度下のハモりを必要としないから歌いやすい。
揃ってメインパートだから、メロディーに合わせて歌える。
つまり、ちょっと余裕ができるから。
「「陽が沈むー、そーのときまーでー」」
サビの終わりかけで、そっと雫に視線を送る。
気づいたかどうかは分からないし、ささやかにも程があるが、折角のデュエットだし。
「君のー影ー追いかーけるー僕を追ってく時間にー……」
ここから2番のサビまでは、俺のソロパート。
流石に雫ほどには歌えないけど、しっかりこの曲の世界観を伝えよう。
「「ラーララーラーラー、ラララー、ラーラーララー……」」
大サビ終わりの、歌詞の無いコーラス部分。
誰かが演奏停止するかと思ったが、全員雫の歌声に聴き入って、止めようとしない。
思えば、雫と一緒に歌えるだけじゃなくて、雫の歌声を一番近くで聴けるな、ここ。
二つの意味で特等席だ。
「最高ー!」
コーラスも終わり、短いアウトロが流れ始めた所で、翔の賞賛に続いて拍手喝采。
小恥ずかしいけど、楽しかった。
何だかんだ皆も楽しんでくれたみたいだし、一応、成功かな。
「怜二くんも雫ちゃんも歌上手いね! すっごく綺麗だった!」
「ありがとう。こういう機会あんまないけどな」
「というか怜二ってこんな歌うまキャラだっけ? ソロよりイケてたけど」
「水橋がよかったから、錯覚だろ」
「そんなことないよ。私も楽しかった」
思いがけなく起こった出来事だけど、二次会来て良かったな。
透がいないとここまでスムーズに事が進むのか。
あいつはカラオケでは出しゃばらないけど、雫が一緒となると別だろ。
どうにかして、強引にデュエットに持ち込みに行くに決まってる。
(……俺、雫から持ちかけられたんだよな)
少しばかり、ゲスい優越感が湧いた。でも、たまはそういうのにも浸らせてもらうか。
どうあれ着実に進んでいかなければ、俺の目標は達成できないんだ。
デュエット、しっかり楽しませてもらったぜ。
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「一人当たり1000円なー」
「え、足りなくね?」
「端数はめんどいから俺が払うわ。どうせ大したこと無い額だし」
退出時間がもうすぐになったから、前島君がお金を集め始めた。
学生料金というだけあって安いな。ドリンクバー入れてこれだもん。
「んじゃこれ、足しってことで」
「いやいや大丈夫だって!」
「アレだ、小銭うざったいから回収料金含み」
「そうかー? んじゃ、ありがたく貰っときやす!」
怜二君、こういう時の理由付け上手いからなぁ。
パッと見た感じ、足しどころか端数よりも多そうだし。
「荷物とタンバリン忘れんなよ。机の下とか大丈夫か?」
「あっ、忘れるとこだった!」
「穂積さん、気をつけなさいよ。一応、私も再確認はするけど……」
門倉さんは、本当に静かになった。
前まではずっと嫌味ばっかり言ってたような気がするんだけど、
これも怜二君のおかげかな。
(皆とカラオケに行けるなんて、夢にも思ってなかったなぁ)
友達も出来たし、遊びにも行けるようになった。
ボクはもう、十分に満足してる。
(そうなると、いよいよもって……)
いい加減、結論出さなきゃいけない。
卒業までは待つって言ってくれたけど、そんなに引き伸ばす訳には。
……帰ったら、しっかり考えよう。