181.女神様はおちゃめ
カラオケBOX、8人での入店。
この大人数は初めてだな。普段は4、5人だし。
「お客様は学生ですか?」
「全員学生ッス。皆、学生証あるよな?」
携帯しといてよかった。
学生にとって、何気に一番有効な身分証明証だからな。
所謂『学割』がある店もそれなりにあるし、外出時は必須。
「お部屋番号6番になります。
満室時以外終了5分前の連絡ございませんのでお気をつけ下さい」
「はいどうも。じゃ、行こうぜ!」
ドリンクバーのオーダー込み、3時間。
8人という大人数だけど、そこそこ歌えそう。
通された部屋は、丁度8人でピッタリな感じ。
その為、そこそこに密度が高い。
それとなく、雫の隣か近くに座って……と。
「ほい、それじゃまずは主賓に歌ってもらおうか!」
「……俺?」
「そりゃ藤やんでしょ。趣味カラオケの実力、披露してくれよ!」
確かに趣味ではあるが、別に上手い訳ではないぞ。
最近の曲と定番ソングが一通り歌えるぐらいで、浅く広くだし。
この期待には応えられそうにはないが……
「んじゃ、先陣切らせてもらおうか。採点は入れるか?」
「人数多いしナシで。ま、途中で入れてもいいかもしれんけど」
「了解。それじゃこの辺から、っと」
最初の一曲ということで、とりあえず盛り上がる定番ソングをチョイス。
フルでもCメロがない曲だからノリやすいし。
「それじゃ、二次会に乾杯!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
イントロ部分で翔が乾杯の音頭を取る。
こういう遊びの中心は翔に任せればいい。何でも楽しくなる。
(透もいないし、何も気兼ねする必要はない)
今日はとことん、歌い明かそう。
その為にもこの一曲目は、なるべく上手く歌いたい。
「それでも俺様イイ感じーッ!」
「ヘイ!」
この曲は声を張り上げる箇所多いから喉が疲れるが、やっぱり盛り上がる。
合いの手を入れながらタンバリンを鳴らしまくる翔に、頭上でタオルをブン回すサル。
このノリに女子がどう反応するかが気になったが、見た感じは悪くない。
穂積は笑顔で手拍子。門倉は困惑しながらも表情に緩みが。
そして雫は、ほんのりと微笑みながら聴いてくれている。
「よっ、大統領!」
「オッサンか。でも、ありがとな」
出だしは上々。カラオケは一曲目が決まれば、後は自然と歌う流れができる。
この後はどうなるのかな。席順で言えば、次は穂積か秀雅だけど。
「さて、それじゃ次は……」
「前島君。私、歌いたい」
おっと、ここで雫が来るか。
2、3番手は比較的歌いやすいというのはあるけど、早いな。
持ち歌は偏ってると聞くが、どういう選曲で行くんだろうか。
「お、そうか。っていうか、何気に水橋の歌って聞いたことないな。
これは期待しちゃっていいパターン?」
「雫ちゃんの歌、楽しみー!」
唯一、俺だけは夏休みに一緒にカラオケに行ったから知っている。
腰抜かすだろうな。あ、サルがメモを構えてる。久々に見たなそれ。
雫に関しては未だに不明点多いんだろうな。何なら俺の方が色々知ってる。
当然、サルに教えるつもりはない。教えるというかバラすことになるし。
「皆、この曲知ってる?」
「あー、聞いたことはある。多分メロディー流れれば思い出すだろ」
「ほうほう、水橋は懐メロがイケる、と……」
昔の曲ではあるが、今でもそこそこ歌われている定番曲。
元から知っていたのか、新たにレパートリーに加えたのか。
この曲って中々に歌詞がこっ恥ずかしいけど、大丈夫だろうか。
「んんっ、あ、あー」
聞き覚えのあるイントロが流れてきた辺りで、雫は何故か喉を指でトントンと叩いている。
癖? ルーティーン? 夏休みの時はそういうの無かったはず。
とはいえ多少変わってる仕草をしたぐらいで、いちいち気にする必要は……
「私あ~まい、チョコレートなの♪」
(んんっ!?)
なんだこの甘ったるい声は!?
地声と歌声が違うことはあるけど、雫の歌声ってこんなんじゃなかったぞ!?
もっとスッキリとした、通りのいい声だったはず! これも可愛いけど!
「君にき~づいて、欲しいの♪ 私あ~まい、チョコレートなの♪
今日は特別な日だよ~♪」
「雫ちゃん可愛い!」
「しかも上手い。水橋って歌声になるとかなり声変わるんだな」
「この曲なら、こういう声かなって思って」
(なるほど、意図的なものか)
開始直後のサビの後に入る間奏で、穂積と陽司の賞賛に答える雫。
ラブソングだから、恋する女の子みたいな感じに、と。
声色変えるのもお手の物か。音程と抑揚は完璧だし。
「昨日ずっと準備してたーんだ、私なりのLovely heart♪」
翔が軽くタンバリンを鳴らす程度に留まっている。
てっきりワンフレーズごとに「イェイイェイ!」とか言うかと思ったが、
どうやらあまりにも歌が上手いから、ノリが合わないと判断したらしい。
(それじゃ、俺もじっくり聞かせてもらおうか)
これだけ人がいる中で、少女趣味なラブソングを楽しげに歌う雫。
積極性も出てきたし、もう、雫の望みは叶えられたも同然か。
となれば、俺も自分の目標の為に積極的にならねばならんな。
ここでいいカッコできそうにはないけど。
「だから俺らはー……戦うしかなァーアァーい!」
「ロ・マ・ン・ス!」
アニソンを熱唱する翔に、本人から要求された為オタ芸を披露する秀雅。
体力ないはずなのにキレッキレ。曲のおかげでハイになってるのか?
「ごめん、ちょっと飲み物取ってくる」
「私も」
俺と雫が席から立った所を見ると、少しずつ位置をズラして部屋の扉から離れた。
なお、その間もオタ芸の勢いは全く変わらず。
テンションの高さは身体能力さえもどうにかしてしまうものなのだろうか。
まぁ、そのおかげでこうして容易に廊下に出られたが。
「なぁ雫、最初に歌ったのって新レパートリー?」
「うん。聞き覚えはあったから、後はメロディと歌い方詰めれば、
こういう時に歌える曲増やせるかなって」
「なるほど。ちなみにあの声以外にも出せたりする?」
「曲に合わせて、一通りは。
練習したら7種類ぐらい出せるようになった」
「相変わらず凄ぇな……」
リアル七色の声とは。今の所判明しているのは二つだけ。
残り五つ何だろう。ジャンルや原曲の歌手次第だろうけど。
「ここいいとこだね。ドリンクバーある割には安いし」
「学割効くからな。ただ雫、正直になれ。
本当にいいとこだと思ってる理由はコイツだろ」
「……バレた?」
イタズラっ子な笑顔と共に、肯定。
ドリンクバーの横、ソフトクリームを出す機械。
なんとこのカラオケ店、ソフトクリームも食べ放題。
しかもフルーツソースやナッツ等、トッピングもできる。
器用に5回巻かれた白き塔の上に、雫はスプレーチョコを散らしている。
「皆と来てよかった。ボク一人だったら歌そっちのけで、
お腹痛くなるまでソフトクリーム食べ続けるロボになってたと思う」
「それはないだろ」
「怜二君も正直になろ?」
「……すまん、大いにありそうだと思った」
「それでいいよ。正解だし」
微笑みながら、トッピングにベビーチョコを追加してる。
ソース系はかけないつもりらしい。全部盛りクレープの件が教訓になってる。
一度した失敗は繰り返さない。この辺も雫の優秀さの現れ。
「個人的にもう一回行きたいな、ここ」
「コレの為に?」
「その価値はあるよ。怜二君、その時はボクのストッパーお願いできない?」
「そういう機会があったらな」
俺と会話してる最中とはいえ、候補に穂積とかじゃなくて俺が来るか。
友達以上ではあるんだよな。恋人未満でもあるが。