179.来るなら拒まず
「そういえば、スペシャルシートってどうだったんだ?」
「ぼちぼち好評だったっぽい。なお分かってるとは思うが、俺は指名0だった」
「ご愁傷様」
「まぁダメもとだったし、しゃーなしよ。
というか、鞠がこういうのやるとは思わなかったぞ」
「お客さんと直接触れ合える機会だから、いいかなって」
何か問題が起きたという話は聞いていないが、穂積も危なっかしい子。
人が大好きというのは、裏を返せばお人好しということだ。
だから自分じゃ何もできない透がほっとけないということなんだろうけど、
俺からしたら、むしろ穂積がほっとけないわ。傾向としては雫も同じ。
「多分女子指名No.1だろ? 案の定女子からも指名されてたし」
「皆楽しんでくれたから、私も嬉しい」
「……それ、相手は多分楽しい以上のものを感じたと思う」
また、数人惚れさせただろうな。
雫も穂積のことが分かってきてる。そして、友達関係は良好なまま。
こうしてみると繋がりも増えたものだ。
(この場合、気になるのは門倉がどうなのか)
俺に相談に乗ってもらっているということを教えたようだが、
門倉に対して何を思ってのことだろうか。
これまでのことから考えると、雫にとっての門倉は……『苦手な人』のままか?
嫌ってまではいないと仮定しても、あまりいい印象は持っていないはず。
それでも、気持ちを吐き出す先として俺を薦めた理由とは。
(ただ、ここで聞くことでもない)
帰ったらメッセ送るか。気にはなるけど、ここは人が多過ぎる。
文化祭の打ち上げの場で、文化祭の負の面を語るようなことは。
「あの……」
と、思った瞬間。
(心の中で)噂をすれば影、門倉本人が俺達の席に近づいていた。
「どうした?」
「えっと……その……」
「何だ? 言いたいことあるなら早よ言え。下らんことなら黙れよ」
秀雅の言葉の端々に、圧を感じる。
これは当然。今のクラスで門倉を嫌ってない奴なんて、ほぼいないだろ。
こいつのせいで先輩から説教喰らった奴もいるらしいし。
「……わ、私の席に、来てくれないかしら?」
「お前の席?」
「うん……」
門倉が座っていたのは、壁側がソファーになってるエリアの一つ。
やや大きめの焼き網がある、6人席。そこで一人寂しく、焼肉を食べていた。
「何で?」
「…………………………」
「黙ってたら分からんだろが。はっきり言え」
何となくは分かる。秀雅も多分、言いながらも察してはいる。
だが、俺も秀雅もその気持ちを忖度して動こうと思えるほど、門倉への評価は高くない。
……ただ、一人を除いて。
「私達と一緒に食べたいの?」
「……えぇ」
「そっか。じゃ、麻美ちゃんの席に行こっか」
こうなると思った。穂積も、門倉が文化祭をめちゃくちゃにしかけたことは知っている。
それでなお、こうなる。……どこまでも寛容だから、透さえ好きになったんだろうけど。
この場合はどうするかな。
(雫と秀雅は……)
雫は……無表情か、複雑な表情のどっちか。完全な嫌悪ではないが、微妙な所。
秀雅は眉根を寄せている。嫌ではあるが、穂積の手前割り込みにくいというとこ?
(最近の門倉は、本当に変わってはいるが)
まだ不安定な状態ではあるとは思うが、以前の異常さは無くなってる。
それに、穂積の助けを借りつつではあるが、自分から動き始めた。
総合的に見ると……一回、接触してみるのもアリか?
丁度穂積が門倉と一緒に別の席に行ったし、直接聞いてみるか。
「どうする? 俺は行ってもいいけど」
「本気か? 絶対何か企んでるだろ」
「この前、俺が門倉に呼ばれたことあったろ? その時はまともだったし、
妙な真似はしないはずだ。するようだったら今度こそ見限るが」
「お前がまだ見限ってなかったことに驚きだよ。透とタイプ一緒だろ?
絶対自分は間違ってない、透も間違ってないっていう」
「文化祭の時に、間違いは認められるようになったみたい。
新学期の頃よりは、ずっと柔らかくなってる」
「水橋、何か知ってんのか?」
「最終的には、門倉さんは非を認めた。
それからは神楽坂君のことを全肯定することもなくなってる」
「へぇ……」
この感じを見ると、雫は別に一緒の席になってもいいらしい。
とはいえ、門倉と一緒の席になりたいということは無さそう。
穂積と離れることを天秤にかけた結果、そっちの方が、というぐらいか。
「……んじゃ、お情けで行ってやるか。
鞠と二人きりにさせたら、それはそれで色々のたまいそうだし」
「だな。この席はこのままで行こう。
下手に片付けたりすると、後で清掃の時に見落としとか出るって聞くし」
「門倉さんって焼肉奉行だったりする?」
「どうだろうな。聞いたことないから何とも」
「それ懸念の一つ。あいつ仕切りたがりだろ?
透と組ませたら、絶対透にだけいい肉やりまくったりとかするに決まってる」
門倉は変わったかもしれないが、透は一切変わってないどころか、悪化したしな。
コスプレ喫茶上がりとか、軽音のライブとか、ミスターコンテストとか。
散々雫にちょっかいかけたことは忘れてねぇからな。
「あれ、翔も来たんだ」
「おう。ここ6人掛けだろ?」
穂積の後を追って席を移動すると、何故か翔も来た。
別に構わないけど、透の方は大丈夫なのか? ……ん、何だ手招きして。
「耳貸せ」
「何だ?」
「……この席の空きにカグが来るとヤバいだろ?
陽司とサルっちは心配すんな。あいつらカグは無視する方向で楽しんでるから」
そういうことか。これはありがたい。
透単体でも面倒なのに、このメンバーとなったらより面倒だろ。
穂積にベタベタして、雫にちょっかいかけ、門倉は……分からんな。
透も透で、門倉はハーレムから除外するということにしたのか?
だとしたら、古川先輩に続いて二人目の離脱者が出るということになるが。
「つーことで、いいんちょもいいわな?」
「えぇ。……ありがとう、来てくれて」
「おっし。んじゃ焼き倒すか! あっちはカグがうるさくてさー。
全然食い足りねぇんだよ!」
翔もいいんちょ、もとい門倉のことは嫌っているだろう。
ただ、透か門倉のどっちと焼肉を食うかとなったら、こっちなのかもしれんが。
「それに、仕切る癖して美味い焼き方知らねぇし、
誰にも聞かずにから揚げにレモンかけたり、焼き鳥の串抜いたりもするし。
藤やん、カグとは去年も同クラだろ? どうだったんそん時?」
「一緒かもっと酷いと思ってくれ。周りはみんな賞賛してたが」
「やっぱりか。んじゃ、今年は楽しく食おうぜ。真のミスターならぬ、
親切心ナンバーワンの、親ミスターさんよ!」
「そうさせてもらうよ」
好きに焼いて、好きに食う。
これが焼肉を楽しむ基本だ。
「ほら、ホルモンは網のこの辺で焼くと美味いんだ。食ってみ?」
「それじゃ……お、美味いな。脂がしっかりしてる」
「な? 外側でじっくりがコツだ」
意外にも、翔は焼肉奉行だった。
だが、他人の焼き方にケチをつけたりしないし、実践は自分の取り分で。
加えて普通に焼くの上手いし、こういう焼肉奉行なら大歓迎。
「ネギタン塩だと、こんな感じでネギを包むようにして焼くと美味いぜ。
面倒だったら普通にひっくり返してもいいけどな。
おっと、そっちの肉はそろそろ食べ頃だな。女子もガンガン食えよ」
「うん。……美味しい」
「翔くんって焼肉詳しいんだね」
「ま、焼肉なんて滅多に食えねぇし、事前調査は完璧よ。
だが、いちいち指図されたらイラつくし、メシもまずくなる。
服と一緒だ。自分の好みを勧めはしても、押し付けんなってこと。
焼肉で白メシ食おうがビビンバ食おうが寿司食おうが、人の自由だ」
チャラい癖して、こういう所はしっかりしてる。
本当に、友人には恵まれたものだよ。
「透を引き取ってくれてありがとな」
「気にすんな。藤やんってこういうこと知ると絶対に断るから、隠してた。
どうせ、自分が食えなくなっても他の奴らが食えればいいとか思ってただろ」
「そんなことは……」
「嘘つけ。お前さんの聖人ぶりのおかげで、こうして肉が食えてるんだ。
一番美味く食うべきは、藤やんに決まってら♪」
いい笑顔。多分、俺も笑顔になってる。
やっぱり、焼肉は気心知れた仲間と食うのが一番だな。
そこ考えると、門倉は多分透と食いたいんだろうけど。
「……あの、前島君」
「何だ?」
「その……私にも、焼き方教えてくれない?」
おや、またしても意外なことが。
翔にあまりいい印象を持ってなさそうな、門倉が教えを請うとは。
「それなら遠慮なく。まず、肉を返すのは1回が基本だ。
脂が落ちちまうからな。で、その1回のタイミングはこの辺」
「思ったより早いのね」
「好みにもよるけど、一番バランスがいいのはここだ。
で、ひっくり返した後は……」
堅物の門倉に、チャラ男の翔。本来なら文句なしに、水と油。
それがこうして、普通に会話できるようになるとは。
(憑き物は落ちたみたいだな)
独善さが無くなれば、門倉は品行方正な優等生。
このままでいる為には、透からは距離を置いてもらいたい所だな。
心の急所につけ込まれて、染められたって感じだし。
――――――――――――――――――――――――――――――
どこまでも、私は愚かだったと思う。
確実に断られると思っていたお願いを受けてくれるなんて。
「怜二君、焼き鳥食べる?」
「それじゃタレを一本」
「串からは外す?」
「そのままで」
「雫ちゃんは塩が好きだったよね?」
「今日はタレの気分」
「そっか。それじゃ私もタレにしよっかな」
いつの間にか、水橋さんはクラスの皆と会話するようになっていた。
訳の分からない人だと思っていたけど……そんなことはなかった。
ずっと凝り固まっていた、私とは違って。
「優秀な焼肉奉行もいたもんだ。ポイント高い」
「秀雅的にスコアは?」
「カンストに決まってんだろ♪」
「あざーっす!」
前島君と東君も、私の先入観とは全く違っていた。
明るく爽やかだったり、マナーがしっかりしてたり。
東君はただのゲーム脳だと思ってたけど、そんなことはなかったし、
前島君も教え方が凄く上手い。
(どう償ったらいいのかしら……)
散々見下して、蔑んで、迷惑をかけて。
あの時も、あの時も、あの時も。
恥ずべき行為の数々を、私はしてきた。……その中で。
(透君……)
ずっと、透君は正しいと思っていた。
だけど、間違いは誰にだってあること。それは透君も同じ。
今までのことを考えると……
(藤田君が透君を嫌うのは、当然のこと……?)
今までの私だったら、絶対にありえないと、否定した。
だけど、今の私だったら……?
「こういう厚さにバラつきがある時は……いいんちょ? おーい?」
「……え、何?」
「こっちのセリフ。どうした急にボーっとして」
「あ、えぇっと……」
「もしかしてウザかったか? だったらごめんな」
「い、いやそんなことない! ……教えるの、続けてもらえる?」
「ならいいけど。んじゃ、こいつの焼き方だが……」
……後で考えよう。折角、前島君が焼き方を教えてくれてる。
いつの私であろうとも、人の話をきちんと聞くなんて当然のこと。
そういう基本ができてから、悩もう。