176.女神様と出会う前
思いがけなく入手してしまった、二つ目の副賞。
打ち上げを二回やるというのもおかしなことになるから、
片方はクラスの食事会的な物を近い内にやって、そこでという運びになった。
幸い、どっちのチケットも有効期限にかなり余裕があるし。
「こういう入手の仕方があるなんてな。流石は聖人君子」
「それは天野先輩に言ってくれ。予想外過ぎるわこんなの」
「予想外にしろ何にしろ、焼肉は焼肉よ!
ロースにカルビ、ハラミにヒレ……腹減ってきたー!」
後で天野先輩のクラスにもお礼言いに行かないと。
合意は取れているらしいが、横取りした形だし。
「二択になりましたな。さてどっちだ?」
「打ち上げだったら焼肉だろ! スイーツバイキングもメシあるけどさー」
「えー、私スイーツ食べたーい!」
いつの間にやら、俺と穂積以外の奴らで相談が始まっている。
俺はともかく、穂積は自力で獲ったんだから当人の考え優先してやれよ。
「そろそろ閉会式だし、話は後でしようぜ。
皆……推薦してくれて、ありがとな」
「おう! 二連覇期待してるぜ!」
「それな! 来年も同じクラスでヨロシク!」
こういう調子の良さなら大歓迎。
焼肉にしろスイーツバイキングにしろ、美味しく食えそうだな。
「楽しみだねー♪」
焼肉に決まった打ち上げを明日に控えた夜、雫と電話。
ここしばらくはずっと、相談ではなく雑談の電話となっている。
「お店調べたんだけどさ、サイドメニュー物凄く多いね」
「だな。寿司にラーメン、焼きそばに果物にデザート各種。
なんならそっちがメインじゃねぇかってぐらいには」
「ありがたいことにケーキもあったし!」
「水差すようで悪いけど、クオリティは期待するなよ。格安の食べ放題だから」
「そこは仕方ないよね。あ、そういえば怜二君は去年も行ったんだっけ?」
「そうだな。透とは去年も同じクラスだったし、ミスターはあいつだったし」
「ということは、メニューとか把握してる?」
「ある程度な。一年ぶりだから、変わってる可能性もあるが」
「分かった。……ところで、その頃の神楽坂君ってどんな人だった?」
「あいつか……」
一応は、あいつのおかげで行けた焼肉食べ放題。
その時のことは、未だにかなり覚えている。
「俺のミスター獲得を祝して! かんぱーい!」
「「「「「かんぱーい!!!!!」」」」」
高校一年生の頃。この頃は、陽司と翔と秀雅、あとサルも別のクラスだったから、
透と他に何人かの男子とつるんでいた。
(さて、まずはメシを確保するか)
私的には、焼肉には白メシが一番だと思ってる。
この店はジャーからセルフで盛るタイプだから、量の調節がしやすい。
腹は減ってるし、おかわり前提としても多目に盛るか。
「っと。最初はロース辺りから……」
「うわっ、ダサっ!」
突然、何故か透が俺に対して罵声を吐く。
一体どうしたんだ? 特にダサい真似をした覚えは無いんだが。
「怜二さー、ここ焼肉屋だぜ? 何で米なんて食うんだよ。肉食えよ肉」
そういうことか。お前にとって焼肉屋で白メシはダサいと。
だが、それはお前の主観。俺は肉をおかずに食う白メシが好きなんだ。
「肉は勿論食うけど、俺は白メシも食いたい」
「はいはい、まぁお前は米で無駄に腹満たしとけ」
白メシだろうがビビンバだろうが何だっていいだろが。
人のメシ選びにケチつけんじゃねぇよ。
いきなり気分が悪くなりつつのスタートとなったが、これは序の口だった。
焼くものをトレイに載せ、席に戻ると。
「怜二ー。お前、何野菜とか持ってきてんだよー?」
この時俺が持ってきたのは、タン、ロース、カルビといった肉の他、野菜も。
肉が連続すると飽きるから、キャベツとタマネギを加えた。
「はぁ。焼肉屋で肉食わないとか、寿司屋でシャリだけ食ってるようなもんだぞ?」
「そうでもないだろ。食いたくないなら食わなくていい。俺は食いたいから」
「あのさ、空気読めよ。網を肉で埋め尽くすのが焼肉だ。
野菜なんか置いたらその分肉が焼けねーだろーが。なぁ?」
同席した男子に同意を求める。帰ってくるのは肯定の声。
この頃の透の影響力は今と比較にならない。まだ本性が明らかになっていなかったから。
クラスカーストは勿論、ぶっちぎりの最上位。多少の道理は捻じ曲げられる。
「なら、俺の分のスペースは狭くていい。で、そっちで焼いた肉に手は出さない。
一度取ったものを戻すわけにもいかないから、野菜は俺が全部食う。
それならいいだろ?」
「当然だろそれぐらい。じゃ、焼こうぜー」
(……こいつのおかげではあるけど)
焼肉を前にしてこんなに腹立たしい気持ちになったのは初めて。
とはいえ、食い始めればこいつも静かになるはず。
「おい! 肉を箸で触るな汚い! トング使えトング!」
「まだ焼けてねぇだろ! やたら無闇に肉に触るんじゃねぇ!」
「それ俺が育ててたカルビだぞ! 横取りすんな!」
……逆だった。なおのことうるさくなった。
あと横取りするなとか言ってるけど、さっきから俺が自分用に焼いてた肉、
全部お前が食ってる気がするんだが。
そのせいでこっちは、白メシの大半をサイドの惣菜で消費する羽目になってる。
「透、こっちにもから揚げ回してくれ」
「ほい。レモンかけといたから感謝しろよ」
「え、レモンかけたん?」
「当然だろ。何驚いてんだ?」
「あぁ……うん、そうだよな。当然だよな」
(好みが分かれる案件の定番を知らない!?)
その惣菜の方もこの有様。俺はレモンをかける派ではあるが、事前に聞く。
全員一致してたらかけるが、かけない派がいたら取り皿に分ける。
こいつはモメごと回避の基礎中の基礎のこともできんのか。
(とはいえ、いい具合にカレーがあったから、おかずには困らんが……)
「ちょっとウンコ行ってくるわ」
(おい!?)
人がカレー食ってるときに何ほざいてんだコイツは!
基本『お手洗い』か『トイレ』、最悪『便所』だろ!
排泄物そのものの名前を言うんじゃねぇ!
「いってらー。……おい、怜二。お前いちいち透に口出してんじゃねーよ」
「幼馴染だからって調子乗りやがって」
「お前のせいで焼肉がまずくなった。謝れよ」
「……ごめんな」
で、何故か悪く言われるのは俺一人。
こいつらには一体何が視えていたんだろうな……
「……という感じで」
「うわぁ……予想はしてたけど、うわぁ……」
何一つとして、ロクなことがなかった。
好物である肉は食えず、友人からは文句を言われ、
透にはずっと食事の邪魔をされる。
「ということで、透は注意しとけ」
「ボクは同席するつもり無いけど、穂積さんは……」
「まぁ、同席したがるだろうな」
「そこなんだよね。ボクは穂積さんと一緒に食べたいけど、
席が空いてたらもれなくついてくるだろうし」
「他の女子の席に入るのは?」
「もうグループ固まってるし、難しいと思う」
普段、あんまり関わりないからな。
とはいえ今なら、自力で何とかできると思うが。
「4人席取って、透が来る前に席埋めちまえ。必要なら俺も入る」
「そうする。穂積さんと怜二君に、あと一人か……」
当日はどうしようかね。
透の不作法を流さずにきちんと指摘するというのは勿論、
被害があったとしても俺だけで済むようにしたい。
「……どうしよう。ボクが大食いってこと知ってるのって、
穂積さんと怜二君しかいない」
「こういう言葉を知ってるか? 『いっぱい食べる君が好き』」
「……あう」
よく食べる子に悪い子はいない。
いつもドキドキさせられてるし、たまには俺から攻める。
「だから適当にあと一人呼んで、安心していっぱい食え」
「うー……」
小さくとも、仕掛けるチャンスがあるならば。
多少なりとも意識させることができなきゃ、ね。