172.ハードルは高いほどくぐりやすいが足が動かないからそれどころじゃない
最後の3年生のパフォーマンスが終わった。
この後は全校生徒・一般参加者による投票。
そして、その集計をしている間にミス候補のパフォーマンス。
段取りとしては、そうなっていると聞いている。
「それでは、これよりミスのパフォーマンス……
と、言いたいところですが」
うん? 何かあったのか?
トラブルとかじゃなきゃいいんだけど……
「これより、今年から入りました規定演目!
ミスター候補による『壁ドン』を行って頂きます!」
(……マジでやるのか?)
パフォーマンスを終えたミスター候補がステージ袖に戻る。
ステージ上には、やたらデカいブロック。これが壁。
こんなことをやるなんて話は一切聞いていない。……ブッ込みやがったな。
「やはりモテる男は壁ドンの一つや二つできないと!
ということで、自由演目の他に用意させて頂きました!
皆さんには壁ドンをした後、歯の浮くようなセリフを言って頂きます!
どんな言葉を言うかは、皆様にお任せしましょう!」
確かに壁ドンとは、その後に来るセリフとセットで一つみたいな所がある。
脇役を辞めると決めてから暫く経つが、俺のキャラじゃない。
恐らくは、これが最初で最後。なるべく軽く終わらせたいところ。
「実は参加者の皆様には伝えておりません! 実行委員からのサプライズです!
このままでは難易度が高いでしょうし、ここは模範演技をご覧頂きましょう!」
そんなのあるのか。というか、そんなの受けてくれる奴いるのか。
演劇部の誰かか? それとも勘違いしたお祭り男か。
いずれにしても、そうそう本気でやる奴なんか……
「我が校誇る完全無欠の生徒会長! 深沢凛さん、お願いします!」
(ハァ!?)
ちょっと待て! 会長は女だろ!?
いや、普段の振る舞いだったり、何故かミスターの票貰うぐらいには男前だけど!
というか、多分これも会長にとってはサプライズ……
「あぁ。不肖ながら、全力で演技を努めさせて頂こう!」
ではなかったらしいな!? そしてめっちゃくちゃやる気だ!
ご丁寧に学ランに着替えていらっしゃる! 遠目から見たらほぼ男子!
お祭りの楽しさと青春を謳歌することが、女の子でいたいという気持ちを超えてた!
「それでは、どうぞ!」
見た感じ、相手役は同じクラスの女子、だろうか。
ステージに上がり、会長が壁へと近づくにつれ、どんどん頬を染めている。
そして、ドンッ、という衝撃音が鳴った後。
「君の事を、離さない」
「「「「「「ワァァァァァーーーーー!!!!!」」」」」
一拍置いて、会場は歓声に包まれた。
こういうの何だっけ、百合って言うんだっけ?
確か、百合のはずなんだが……何故か、全くそういう感じに見えない。
「……好きです」
「ありがとう。だが、私は女だ」
「そんなの関係ありません。離さないで下さい」
「勘弁してくれ」
相手方はそのケがあるご様子。
俺が知る限り、会長で二人目だな、女子に告白された女子って。
勿論、一人目は今年度の初めに女子からラブレターを貰った穂積。
穂積は勘違いさせる力が性別関係なく強過ぎるというタイプで、
会長は男前過ぎて性別など些細な問題と思わせてしまうタイプか。
「すいませーん! その辺のお話は終わってからで!
この後にミスター控えてますんで!」
忘れてた。これ、この後俺らもやるんだった。
……とんでもなくハードル上がったな!? 無理だろこれ超えんの!
周りにも頭抱えてる奴がいる辺り、俺だけの認識じゃねぇ!
「では、ミスターの皆様は……え、何? うん、はい。
いやいや、そんなこと言われましても、その……うん、そうか。
すいません。ちょっとご連絡があります」
何だ? 会長に壁ドンされた女子が、実行委員のとこに行ったけど。
何か話してる様子だが……
「えー、当初は彼女にこのまま壁ドンの相手役をしてもらうつもりでしたが、
ちょっと彼女の方からですね、会長以外から受けたくないと来まして。
ということで、ミスター候補がいるクラスの女子、誰か相手役お願いします!」
会長の壁ドン、威力高過ぎた!
規定演目が追加されただけでもサプライズなのに、更に驚きを追加してくるか!?
「相手役が必要なら、私がなっても構わないが」
「会長、あんな攻めっ気出しといてんなこと言わないでもらえます?」
「汚らしい男共に先輩が汚される訳にはいきません」
実行委員が、ミスター候補の男子の意を代弁してくれた。
辺りを見回すまでもなく共通認識だが、一応さっと見た。全員頷いてる。
そりゃそうだ。何をどうしたって、勝てる気がしない。
加えて会長の壁ドンでオチた女子が何をしでかすか分からん。
(……誰に頼んだらいいんだろうか)
推薦された時は妙に持ち上げられたが、この場に率先して来る女子はいないだろ。
頼めるとしたら穂積ぐらいか? ミスコンの方に影響出ないか気になるが。
とはいえ、他に選択肢は……ん、んんっ!?
「あの、藤田君」
どういう訳か、雫がステージ袖に来ていた。
……まさかな。まさか、そんな訳ない、よな?
「……何だ?」
「これの相手役、穂積さんが出ようとしてたんだけど……」
『だけど』。
恐らくは、そうすることができなくなったと考えるのが自然。
で、雫がそれを連絡しに来たってことは……
「穂積さん、具合悪いみたいで。代わりに出て欲しいって、頼まれた」
……学校の女神様に、脇役男子が壁ドンしろと!?