170.出口
「……え?」
「カフェオレのタピオカ、飲み過ぎたかもしれない……」
お化けは全く怖くないが、青ざめた。
まさかまさかの、生理現象の緊急事態。
「……分かった。急ごう」
「待って。……今度何かあったら、その拍子に出ちゃうかも」
ほぼ最終段階レベルでギリギリじゃねぇか!?
そうなると猶予は無い、だがこのお化け屋敷はまだ何かありそう。
となると……
「乗れ。後は目ぇ瞑って耳塞いでろ」
「……いいの?」
俺が雫をおんぶして、残りを全力で突っ切る。
この教室の出口からは比較的すぐにトイレがあったはずだ。
ペンライトは後で返せばいい。
「あの……最悪の場合、藤田君の背中が大変なことに」
「そうなったらその時だ。で、どうする?
乗って行くか、乗らずに行くか」
「……お願いする」
あまり揺れると本当に事故るから、なるべく姿勢を変えずに。
妙な仕掛けがないことを祈りつつ、俺は雫を背負って、
出口へ向かうこととなった。
角を二回曲がって進むと、『出口』と書かれた扉が見えた。
血を模した手形、不気味な絵画はあったが、お化けは出なかった。
……ただ。
「うぅ……早く……」
(そうしたいのは俺も山々だけど!)
バラバラ死体を模した、作り物の手足や臓物が散乱してて歩きにくい。
どうやらここは、視覚と足元から恐怖を煽るゾーンらしい。
おんぶして目を瞑らせていたのは正解だったな。
「あとは出るだけ……って」
扉が開かない。鍵がかかっている。
でもこっちは教室側だから、鍵はいらな……いや、レバーの部分がチェーンで覆われてる。
そして、そのチェーンが南京錠で壁に繋がれている。これが最後のギミックか。
こいつを外す必要があるが、どうすれば……ん!?
(何でお化け屋敷にこんなんがあるんだよ!?)
このエリアは、最初にあったミイラ男がいたエリアぐらいの広さ。
部屋の隅には掃除用具入れが6つ。こっちは普通に開けられそう。
何故か、それぞれに異なる目のサイコロの絵が貼られている。
そして、出口の扉にも貼り紙が。
『鍵ノ在リ処ニツイテ
① 棺ノ数字ハ素数
② 棺ノ数字ハ漢字デ4画以上
③ 棺ノ数字ハ英語デ3文字
④ 棺ノ数字ハ奇数
⑤ ①②③④ノ内、真実ハタダ一ツ
⑥ 愚カナ者ニハ魔物ガ現レル』
最後にあったのは、まさかのクイズ。
しかもこれの⑥が意味する所……不正解の先にはお化けがいるってことだろ!?
(時間かかる上にミスれねぇ……!)
雫の膀胱は決壊寸前。耳塞いでても多少は聞こえるだろうし、
お化けどころか、最早箸が転がっただけでもやっちまいかねない。
手伝ってもらいたい所だが、状況的に頭はまともに働きそうにない。
となれば、俺がやるしかない。
(学年2位ナメんな! 速攻で解く!)
この手の問題は、どの数字がどれに当てはまるかを先に考えるとドツボだ。
真実を書いているものを仮定してから考える。これが定石。
で、この場合は……
「藤田君……ごめん……限界……」
(もうちょっとだけ待って!)
落ち着け俺! 出口はもうすぐなんだよ!
分かった、この問題の答えは!
「真実は②、該当するのは4だ!」
賽の目が4の掃除用具入れを開けると、中に鍵が!
よし、後は南京錠を外すだけ! 待ってろ、今すぐに……
「「「「「オ゛~メ゛~デ~ド~ヴ~!」」」」」
南京錠を外した瞬間、起きた出来事は二つ。
ハズレの掃除用具入れが突然開き、中からバケモノが5体。
そいつらから拍手を送られたことと。
「ひっ!? ……あっ」
背中にいた雫が、驚きの声と一番聞きたくなかった声を出したことだ。
「……もうお嫁に行けない」
お化け屋敷を出た後、すぐにトイレに行った雫が、戻ってきて最初に言ったこと。
……そりゃ、辛いだろうな。案の定目が真っ赤だ。
「藤田君、本当にごめん……あの、クリーニング代出すから」
「大丈夫。さっき確認したけど、俺の制服には何も無い」
だから、漏らしたというよりはちびった程度だと思う。
黙ってる限りは、俺と本人以外に分かるはずがない。
どっちにしろ、本人にとっては恥ずかしいことこの上ないだろうが。
「いくら怖かったからって、高校生にもなって……いっそ殺して」
「安心しろ。俺はすぐに忘れるから」
「……うそつき」
そりゃそうよ。忘れられるかこんなこと。
でも、これはフォローのしようがない。本当に、どうしようもない。
「気にすんな」と言われて気にしなくなるようなものでもないし、
茶化したりしてもばつが悪いことになるだけ。
俺がやれることといえば、このことは決して口外しないと誓うことぐらい。
「まぁ、何だ……後夜祭行こう。こういう時は、楽しいことで忘れるに限る」
「……そうする」
この事は誰にも言わないのは当然として、今後一切話題にしない。
黒歴史はあるだけで辛いのに、暴いてどうするってんだよ。
(……それに)
まさか、「俺が嫁に貰ってやるよ」なんて言う訳にもいかないしね。
むしろ、「貰ってやるよ」なんて、思い上がりが過ぎるってもんだ。
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安息の地、女子トイレの個室。
済ませはしたけど、1分、いや30秒ほど前に来ていれば。
「ぐすっ……ひっぐ……」
ほんのちょっと。
本当に、本当に、ほんのちょっと。
限りなく0に近いし、もう0ってことでいいんじゃないかというぐらい。
でも、出たか出なかったかには大きな隔たりがあって。
お化け屋敷を出るより先に、生温かいものがボクから出てしまったのは事実。
(怜二君、ごめん……)
恥ずかし過ぎて、涙が止まらない。
こんなことするなんて、3歳の時以来。
もう、死んでしまいたいぐらい恥ずかしい。
(お化け屋敷でも、迷惑かけっ放しだったし……)
怖がりだと分かってるくせに、何で入りたいなんて言ったんだろう。
文化祭を楽しもうとする意識が強すぎたせいなのかな。
それとも、単純にボクが向こう見ずすぎるだけか。
いずれにせよ、怜二君にはものすごく迷惑をかけてしまった。
(……おうち帰りたい)
思えば、これ以外にも恥ずかしいことしてた。
怖くなりすぎて、赤ちゃん返りしてた。
怜二君に背負われてたし、赤ちゃんそのものと言っても過言じゃない。
……あぁもう、恥ずかしくて死にそう。
(……でも)
怜二君は、ボクのわがままを聞いてくれた。
怖くなって、パニックを起こしたボクを優しく受け止めてくれた。
催したボクの為に、手を尽くしてくれた。
ねぇ、怜二君。
何で、こんなわがままなボクと、友達でいてくれるの……?