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168.甘味と甘み

明確に嫌われていることを知ってなお、雫にちょっかいをかけるか。

しかも今回はちょっかいというレベルじゃねぇ。暴行だ。

そこまでして雫に近づきたいのか、俺が気に入らないのかは知らんが、

とうとう実力行使に出やがった。


「……思い出したら、怖くなってきた」


軽音のライブが終わり、落ち着いてきた辺りでポツリと呟く。

そりゃそうだ。知らない(知ってはいるけど)誰かから襟引っ掴まれたんだ。

折角文化祭楽しんでたのに、あの野郎……!


「藤田君、私の服掴んだのが誰か見えた?」

「あぁ。……誰か、知りたいか?」

「ううん、いいや。それよりも何か甘い物食べたい」

「了解。確か会長のクラスでたい焼きあったよな?」

「まだ回ってなかったよね。そこに行きたい」


聞かれないなら、答えないけど。

それなら楽しいことで上書きしないとな。




「いらっしゃ……おぉ、君達か!」


3年6組、深沢会長がいるクラス。

ここもメイド喫茶だが、衣装は他のクラスとかなり違う。


「どうも、お疲れ様です」

「労いの言葉、感謝する。だが、その言葉は間違っているな。

 私は今、正に青春を全力で楽しんでいるんだ。疲れなどあるものか」

(流石ッスわ)

「あの……服、似合ってますね」

「む、そうか。私には合わないと思っていたんだがな。

 特にこのヘッドドレスが気になるから、ハチマキでも巻こうかと思ったよ」

「変えようとしても止められますって」

「変えるとしてもハチマキは……」

「ということでこの通りだ。違和感はあれど、和を乱しての程ではないしな」


大正浪漫感じる、和風メイド服。

会長の身長と体型的に、この着物調のメイド服はめちゃくちゃ似合っていた。


「注文を聞かせてくれ。それと、品代は私が出そう」

「そんな、頂く訳には」

「君達には何かと助けられた。こうでもしないと私の気が済まない」

「あー、えーっと……じゃ、お言葉に甘えて。たい焼きのつぶ餡で」

「……ありがとう、ございます。うぐいす餡でお願いしますね」

「うむ、分かった。つぶ餡とうぐいす餡だな。心を込めて焼かせてもらおう!」


こうして喋っている間にも、手際よく生地を流し入れ、次々と焼き上げている。

生徒会の仕事を凄まじい勢いで捌いてると聞く辺り、その賜物だろう。

この程度のマルチタスクなど朝飯前ということか。


「そういえば、君はミスターコンに出るそうだな」

「えぇ、クラスメイトから薦められて」

「健闘を祈るよ。だから、君は私にミスターの票が入らないことを祈ってくれ」

「え、ミスじゃなくて、ですか?」

「……ここだけの話、去年、私はミスターの票を数票貰った。

 私を好いてくれることは嬉しいが……仮にも、私は女だ」


伏し目がちになり、肩を落とす先輩。

初めて聞いた。ミスの方に候補じゃない会長が数票入っていたとは聞いたが。

確かに会長は男前だけど……何やってんだそいつら。


「ミスに出るのは昨年準優勝の穂積君だったか。水橋君は出るつもりはなかったのか?」

「あんまり、人前に出ること好きじゃないんで」

「そうか。それなら仕方ないな。いずれにしても、ベストを尽くして欲しい」

「青春の為に、ですよね?」

「それもそうだが、自分自身の為にもな。さて、そろそろ焼ける。

 表面は勿論、中の餡がとても熱くなっているから、気をつけて味わってくれ」

「ありがとうございます」


たい焼きを受け取り、挨拶して去る。

少し冷ましてから頂こう。




「ふーっ、ふーっ。そろそろ大丈夫か?」

「外側と中の温度違うと難しいよね」


冷たいお茶を買ったから、軽い火傷ぐらいならどうにかなるが。

雫も冷たい……うん、タピオカドリンクのカテゴリは飲み物で合ってるはず。

結構杯数行ってた気がするが、アレか。おやつは別腹的な。

主成分はでん粉だから割と高カロリーなんだけども、気にならない。

運動好きだから消費カロリーも多いし、余ったとしても集まる場所がね。

……はい、視線に注意。見るなら顔。


「……うん、丁度いい感じ」

「それじゃ私も。……美味しい」


一晩寝かせたカレーとかの例外はあるが、料理は作りたてが美味しい。

温かいものは温かい内に、冷たいものは冷たい内に。

とはいえ、たい焼きは焼いた直後では熱すぎる。

『火傷しない範囲で』という言葉が前に来ることが絶対条件。

そして、その条件を満たしたたい焼きは勿論美味しい。


「ところで藤田君。私と藤田君は違う中身のたい焼きを買ったから、

 ここには二種類のたい焼きがあるよね」

「そうだな。……半分食う?」

「一口だけで十分だよ。私のもあげるからさ。はい」


流石に見知った顔もそこそこにいる休憩スペースというだけあって、

喫茶店や夏祭りの時みたいな「あーん♪」はなかったが、

向けられたのは思いっきり雫が食べている最中の部分。

間接キスということに関しては相変わらず無頓着の模様。


「んじゃ遠慮なく。でもって代わりにこいつを」

「ありがとう。ふふっ、こっちも美味しそう♪」


唇や歯、舌が当たってない尻尾側から一口分をちぎって。

本当にこの子は危なっかしい。そこが惚れた理由ではあるけども。

この危なっかしさは俺だけに向けるものであって欲しい。


(……って、願ってどうする。そうなるようにするのは俺次第だろが)


何もしなくても都合よく事が進むのは主人公の特権。

俺は地道に、着実に努力を積み重ねる。

天に願うという行為をするのは、やれることをやり尽くしてからだ。




「大体回ったな」

「そうだね。撤収準備してるとこも多いし」


模擬店を一通り回り、文化祭は十二分に楽しめた。

分かってはいたことだが、雫と一緒に回れて本当に幸せだ。


「ライブに公演系も終わったし、後は後夜祭か」

「ミスターコンのアピールタイムはその前だよね?」

「あぁ。それまでは……ん?」


うろついていたら、この時間になっても営業している模擬店が一つ。

血痕風に絵の具が塗られた木製の看板には、『甦りし廃校教室』。お化け屋敷か。

貼り付けられたお札らしきものには『入場の際はお二人様で』とのこと。


「どうする、これ?」

「興味はある。文字通り怖いもの見たさっていうか。

 飲食以外のお店って少ないし、ここを最後にしよっか」

「了解」


お化け屋敷も、文化祭の模擬店としては定番。

ただ、労力の割に採算合わないから、実は意外と人気なかったりするんだよな。

どれくらいのクオリティかは分からないが、楽しませてもらおうか。


「館内は暗くなっておりますので、こちらのペンライトをご利用下さい」


下手に真っ暗で何も見えないより、少し光があった方が怖くなる。

こういうのを取り入れてるってことは、ナメてかかるとまずいな。


「それでは……おっと、言い忘れてました。男女の二人で入る場合、

 ちょっとしたアイテムがありまして」

「へぇ。どんな……って」


机の下から出されたのは、ピンク色のファーのついた手錠。

……手首の痛みに配慮してるせいで余計に如何わしいことになってるんだが!?


「この場合館内に進みにくいエリアができますし、強制ではありませんが、

 いかがでしょうか?」

「いらんわ。普通に入る」

「私も、いらないかな……」

「かしこまりました。それでは、恐怖の世界へどうぞ」


たとえ俺と雫が今より先の関係に踏み込むことになったとしても、

こういう方向に行くつもりは全くねぇよ。

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