167.渡すかよ
文化祭二日目、一般公開。
地域の人々に他校の生徒と、来訪客でごった返している。
今日は忙しくなりそうだな。同時に楽しくなりそうでもあるが。
……で、それはそうとして。
「な、怜二? 俺の見立ては間違ってなかったろ?」
「ガネメとホスト衣装でブーストかければ当然。焼肉頼んだぜ?」
「……本当に、ビックリだよ」
ミスターコンテスト予選、校内投票の結果、俺はボーダーぴったりの10位。
ギリギリではあるが、まさかまさかの本選出場を果たした。
「正直、もっと余裕で抜けると思ったんだけどな。
文化祭復活の為に尽力したこと知ってる奴も多いはずだが」
「クラス回ったりはしたけど、8割は会長のおかげだし」
「残りの2割がなきゃ、文化祭は潰れてた。藤やん、感謝するぜ」
(実際は会長と雫のおかげだけどな)
サルはともかく、翔はこの笑顔が出せればミスター有力候補の一角なんだが。
最終的には俺自身が決めたけど、場違い感は拭えない。
「ところで、アピールタイムは何やるつもりだ?」
「一応はシャッフルダンス。それ用の音楽CDも提出済み。
付け焼刃だからトチるかもしれねぇけど、そん時はごめんな」
「気にしなさんなって。トチっても母性こちょこちょできればワンチャン♪」
「くすぐる動きじゃねぇだろそれ」
うん、知ってた。翔のイケメンスマイルは常時出せる訳じゃない。
本当にこいつは、残念なイケメンだよ。
開店準備完了。シフトは昨日と同じで俺と雫の後に透。
透が働いてる間に距離をとり、雫と俺の二人で文化祭を楽しむ。
そのつもりだったが……
「あれ、お前のシフトってこの後だろ?」
「ちょっと替わってもらった。
つー訳で雫、上がったら一緒に回ろうぜ!」
(……何してんだか)
無理にでも接点作りに来たか。
よっぽど諦めがつかないようだな。いい加減、はっきり言わせてもらおうか。
「お前がいるとロクなことにならんから、お断りだ」
「な、雫? いいだろ?」
「……おい、聞いてんのか?」
「俺、文化祭のスペシャリストだから。絶対楽しいぜ!」
「一回黙れ。楽しいのはお前だけだろ」
「昨日回れなかったとこってどこ? そこ中心に行くからさ!」
「耳聞こえなくなったか馬鹿野郎!」
そう来たか。俺を完全に無視して、雫にアプローチをかけると。
言い返すことすらせず、存在してないかのように振舞うか。
まぁ、こっちに来たらボロ出そうだしな。
もっともこの場合、俺の手助けなしで突っ込んでる以上。
「私は神楽坂君と一緒に回りたくない」
「えー? 俺と回った方が絶対……」
「……はぁ。私は神楽坂君のことが嫌いなの。だから、あなたとは回らない」
「うっ……」
断られるのも当然……だけど、すげぇ直球投げたな。
今までだったら多少はクッション置くか、はぐらかしてた所、
明確に嫌悪の意思を示し、しっかりと拒絶するとは。
辺りにいる女子がちょっとざわついてる。雫に何か言おうとしてる訳じゃないが。
「お前は別の奴と回れ。いるだろそれぐらい?」
「……チッ」
今となっては、透に近づこうとする人間も限られつつある。
もう昔みたいなことにはならないと気付いてもいいはずなんだがな。
軽音楽部のライブ会場には、すでにかなりの観客がいた。
まだ人数来るだろうし、はぐれないように注意しないと。
「どの辺で観る?」
「無理に前じゃなくてもいいかな。空いてるとこ……ないか」
客層は全体的に若い。他校の生徒とかもよく見かける。
そしてそれが意味する所は。
「ねぇ君、一人?」
(早速か)
ナンパを仕掛ける奴もいるということで。
こういうことがあるから、本来ならあまり連れて行きたくはなかった。
しかし、本人はこのライブを見たいと言ってたし、
今の雫なら、何ら問題なく断ることができる。
ということで、手助けはしなくてもいいんだけど。
「お前さん、隣に俺がいるのが見えなかったか?」
「えっ!? あっ、その……サーセン」
これはサポートではなく、俺の意思表明。
雫は譲れないということを、行動で示す。
まだカレカノの関係じゃねぇけど、ポッと出の他校生に渡す訳にはいかねぇよ。
「さて、そろそろ始まるな」
「う、うん。……ありがとう」
「ん」
服の裾を、そっと掴まれた。
もう俺を頼る必要はないと思うけど、頼りたいなら頼ってくれ。
それに応えるだけのことはするからさ。
「ありがとうございましたーっ!」
拍手、歓声、指笛の音。
去年は模擬店中心に回ってたけど、こういうのもいいもんだな。
「では、次が最後の曲となります」
「とか言って後夜祭でもちゃっかりやるんですけどね!」
「しかもこいつよりイケメンのバンドも出まーす!」
「お前ら、これを解散ライブにしてもえぇんやで?」
演奏も勿論だが、この掛け合いが楽しい。
雫も明らかに笑い堪えて……あ、吹き出した。
うんうん、笑っとけ。雫は笑顔が一番可愛いからよ。
「ふふっ、ふふ……楽しいねー♪」
「あぁ」
雫と回ってるからな。
さて、この後はどうしようか。模擬店に行くか、企画を見に行くか。
腹も減ってきたし、ここは一回昼飯を調達してから……
「むぐっ!?」
「んっ!?」
急に裾を引っ張られ……いや、これ引っ張ったの雫じゃねぇ!
雫が服の襟を誰かにつかまれてる! それに連動して引っ張られたんだ!
「誰だ!」
この人混みの中ではぐれたらシャレにならん!
ちょっと強引だが、人混みを掻き分けて……って!?
「大丈夫か?」
「う、うん」
雫は離される前に確保できたが、犯人は取り逃がしたか。
だが……犯人の顔は、はっきりと確認できた。
「どっか痛めたりしてないか?」
「首がちょっと苦しかったけど、今は大丈夫だよ」
雫の後ろから引っ張ったから、確認できたのは後ろに振り返った俺だけ。
その顔を忘れるはずなんてねぇ。何故なら。
(透……お前、こんなことまでして雫に手を出すつもりか!?)
ずっと前から、覚えている顔だったからだ。