166.そこまでやって一日目
2杯目のタピオカと、チュロスを持って休憩スペースへ。
時間もぼちぼち終わりに近づいてきたこともあり、値引きが始まっていた。
「……んぐっ」
(…………)
占いが終わってから、会話が全くできない。
当然と言えば当然だ。お互い、意識せざるを得ない結果が出たんだから。
(ポジティブに考えよう。たとえ俺の恋が実らなかったとしても、
雫は仮面を脱げるし、いいパートナーができるんだ)
俺の恋が雫の幸せの妨げになるんだったら、潔く身を引くつもりだ。
その一方で、そうならないように男を磨いている。
そして身を引いたら引いたで、ずっと引きずり続けるだろう。
「……ねぇ、藤田君」
先に沈黙を破ったのは、雫だった。
さっきの話題か、それとも無かったことにして別のことか。
「ん?」
「まず、答えの猶予貰いっ放しでごめん。もう少し、考える時間が欲しい」
「あぁ、それなら大丈夫。卒業までは待つさ」
透と違って、雫は真正面から向き合ってるからな。
対象も俺一人だし、その上での結論ならどんな答えでも受け止めるし、
それまでに時間がかかるぐらい、何てことはない。
「ありがとう。……それと、言っておきたいことがあるんだ」
「何だ?」
「答えを出すまで、私は他の誰かから告白されても、断る。
占いが当たってるなら、恋人ができるのかもしれないけど、
それは藤田君にちゃんと答えを出してからの話だから」
なるほどな。やっぱり、雫は誠実に向き合ってくれてる。
こういう真っ直ぐさも、俺が惚れた理由の一つ。
タロットカードが示す『恋人』が俺である保証なんてないが、
答えをはっきり聞くまで、可能性は消えていない。
「焦る必要はないからな。ゆっくり考えて、答えてくれ」
「うん。ところで話変わるんだけどさ、ミスターコンの予選通過したら、
明日のアピールタイムは何をする予定?」
「……あ、そんなんあったっけ」
すっかり忘れていた。
とはいえ普通に落ちてるだろうし、考える必要も無さそうだが。
「どうすっかな。部活入ってないから何かできる訳でもないし、
自信ある特技も無いしな」
「藤田君って割と何でもできると思うから、何か身につけられると思うよ。
明日の午後までだと、シャッフルダンスとかどうかな?」
「……かじったぐらいならあるが」
運動がてら、少しだけ。ランニングマンとTステップができる程度。
それ以外はやったことないから何とも言えん。
「足腰と体幹しっかりしてるし、技術さえどうにかなれば」
「その技術は一朝一夕で身につくものではないと思うんだが」
「藤田君のセンスなら、できるんじゃないかな?」
「……まぁ、万が一通ってたら何かしらする必要あるしな」
本当に万分の一、億分の一の話だが。
たとえ付け焼刃だとしても、やるだけはやってみるか。
「明日の一般公開はどこに行こっか。今日だけでも結構回れたけど」
「軽音のライブとか、演劇の公演とか? カラオケ大会なんかもあるし。
そこまでイベント見るつもりないなら、漫研でゆっくりするのもいいし」
「ライブ見に行こうかな。カラオケ大会って飛び入りもアリだったよね?
藤田君は参加する?」
「そのつもりはない。水橋は?」
「遠慮しとく。ご存知の通り、持ち歌偏ってるから」
めちゃくちゃ上手いんだけど、審査員に先生方がいることを考えると難しいか。
……さて、この辺で少し。
「文化祭って、こんなに楽しかったんだね。
去年はもったいないことしちゃったかも」
「過ごし方は人それぞれだけどな。
俺は水橋と一緒に回れて、楽しかった」
「私も。ちょっと振り回しすぎちゃったかな?」
「水橋になら、振り回されるのも大歓迎だ。これからも振り回せ」
「ふふっ、それならそうさせてもらうね♪」
答えはじっくり待つ。けど、アプローチを止めるつもりは一切ない。
なるべく、俺のことを意識してもらえるように。
自分から積極的に動かなきゃ、なおのこと望みは叶わないしな。
教室に戻り、明日に向けての準備を行う。
機具のメンテナンス、材料管理、店舗清掃等々、手分けして行う……はずなのだが。
「じゃ、後は麻美に任せるから」
「ちゃんとやってよー? 文化祭台無しになるところだったんだから」
「……えぇ、分かってるわ」
誰も残りやしない。透に至ってはダッシュで教室から出やがった。
これは門倉から頼まれる前に逃げたな。面倒事には関わりたくない、と。
今回の件を持って、門倉は狙いから外したか?
(それはそうとして)
これ、門倉一人でまかなえる量か?
下校時刻は区切られてるし、それまでに終わらなかったら朝方に。
朝も朝で準備あるし、あんまりバタバタするようになると支障が出る。
……仕方ねぇ。コイツの手助けはしたくないが。
「門倉。お前は店内清掃やれ。機具のメンテは俺がやる」
「えっ?」
頭固いから、並行作業とか得意じゃなさそうだし。
一番単純な作業を淡々とやらせる方がいいだろ。
「一応言っとくけど、テーブルクロスの下とか、椅子の脚とかもな。
飾りのほつれとかもあったらチェックしとけよ」
「あの……何で、私の為に……?」
「自惚れんな。お前のことなんざ考えてないし、本当ならやりたくねぇ。
お前一人だとどうしたって終わらねぇだろうから、仕方なくだ。
折角ちゃんと開いた文化祭、後悔したくねぇんだよ」
こいつへの恨みは多々あるが、そのせいで中途半端になるのは御免だ。
ムカつく奴に労力をかけることと、文化祭で心残りができること。
どっちが嫌かとなったら、俺は後者の方が嫌だ。
こいつに恨みを持ってる奴は多いが、弊害を防ぐことは必要だ。
弊害の範囲が一人二人ならともかく、俺含むクラス全員となると話は違う。
そして、誰かが労力をかける必要があるなら、その誰かは俺でいい。
「……ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、さっさとやれ。二人いれば手早く……」
「三人いれば、もっと早いよね?」
……雫。
お前まで、わざわざ残ってくれるのかよ。
「材料計算して、帳簿つけとくから」
「任せた。じゃ、3倍速で終わらせるぞ」
「……二人とも、ありがとう」
腑に落ちないが、これもクラスの為だ。
こいつをどうするかは、その内考えるってことで。