161.店名は『MIX☆PARTY』
過程は波乱万丈どころの騒ぎではなかったが、結果としては無事に迎えた文化祭。
とはいえ、今日は校内公開の為、活気は控えめ。
本チャンの一般公開は明日だから、今日は所謂前夜祭みたいなものではあるが、
どういう動きをするか考える必要もあるし、重要性は高い。
(しかも、予選はこっからだからな)
ミス・ミスターコンテストは2日がかりのイベント。
今日の校内投票で候補を10人に絞り、明日の決選投票で決まる。
アピールタイムが設けられているのは2日目だけだから、まずはここを突破せねば。
あと、それはそうと。
(雫、何着るつもりなんだろ)
全く聞いてなかったし、他の奴からの情報は無い。
コスプレ自体は嫌いじゃないと言っていたが、何着てくるんだろうな。
もっとも、何着ようが可愛い、もしくは美しい、或いはカッコいいと、
プラスの印象にしかならないということは確定しているが。
「サル、ちょっといいか?」
「何ですかい?」
サルの衣装は玉子の握り寿司の着ぐるみ。ネタ系どころか、ネタそのものだった。
背中側がゴテゴテしてるけど、大丈夫なんかそれ。
「何で透じゃなくて、俺をミスターコンに推薦したんだ?」
「それ? ほぼあん時に言ったままだが……透はいねぇな、ちょっと来い」
辺りを見回してから、店舗となった教室の隅へと俺を連れる。
透には聞かれたくないことというのは分かるが、何だろ。
「お前さんが一番分かってると思うけど、透の裏がちょいとね。
あのまま調子に乗らせたらロクなことにならんと思って。
おこぼれ貰った所で仕方ない感もあるし、連覇されてもムカつくし」
サルも透から離れ始めたってことか。やや嫉妬含みではあるが。
ただ、それは透を推薦しない理由。俺を推薦する理由が分からん。
「だったら陽司とか、もっといい奴いるだろ?」
「陽司はこの手のイベントで目立つの嫌いだし、何より女心を分かってない。
何やってもカッコいいだろうけど、確実に手ぇ抜きそうだし。
その点怜二なら、女子は勿論人の心が分かるし、やる時にはやる男。
顔はメガネで補正かかるし、透以外なら最右翼よ」
陽司は人の助けになることを好む一方で、面倒事は事前に回避するタイプ。
そう考えると、興味示さないところを無理強いしたところで出ないか。
「それによ、最近普通にカッコいいぞお前?」
「それはないだろ」
「いやマジで。内面が外に出てきたって感じ。
メガネ抜きでも、この前ルックスはB+にしたし、今や総合A。男の色気も出てきたしな。
うまくすれば、水橋も惚れるんじゃね?」
「だといいけどな」
暫定的な答えは既に貰った。そして、俺は最終決断を急かすことはしない。
俺は本気で雫のことが好きだが、雫にはいくらでも可能性がある。
無理強いをする必要は無い……ということにして、俺はヘタレている。
勿論、この文化祭で何かしらのアクションは起こすつもりだが。
「そういえば、その水橋は何を着るか知らねぇか?」
「それが全然。女子の会話にも出てこなかったし、さっぱりだわ。
ま、あの感じならあんまり変わったものにはならんだろ」
ネタ系には走らないと思うけど、ここで変な茶目っ気出さないか不安。
とはいえ場所は文化祭、つまり校内。あまりはっちゃけはしないだろう。
衣装チェックも兼ねて、校内公開の今日は全員、一度衣装に着替えるから、
そろそろ戻ってくると思うんだが……
「ただいまー」
「お待たせー。いやー、やっぱりみんなかぶるもんだねー」
見渡す限りのメイド、メイド、メイド。
クラシカルなロングスカートタイプ、コスプレ色の強いミニスカートタイプ、
アニメか何かから引っ張ってきたようなゴテゴテしてるもの等々。
一応はナース服とかもいるけど、基本は大体一緒。
「お前らもっと考えて選べよー」
「アンタ達も大概じゃん!」
言い争いを尻目に、男子の衣装を見てみる。こっちは種類多い。
戦隊ヒーローの全身タイツ、落武者、日本語Tシャツ他諸々。
ただ、どっちが接客に適しているかとなったら……うん。
「秀雅的にはどうなん、これ?」
「定番だからハズレにくいのはあるけど、コスプレ=メイドって訳じゃない。
普通のウエイトレス服でも結構可愛いのあるし、セーラー服という手もある。
けど、女子にその辺の知識はないか。言っといた方がよかったか?」
コスプレ喫茶をやるに当たり、俺はギャルゲー知識のある秀雅を少し警戒していた。
しかし、蓋を開けてみれば衣装への干渉は0。本人もスタンダードに軍服。
何故か聞いてみたら、「元ネタ分からないとつまらんだろ。ガチなのは高いし」と。
そのつもりはなかったが、心のどこかで秀雅を馬鹿にしていたのかもしれない。
この場合、馬鹿なのは俺だ。こういう無意識の見下しは反省しないと。
「いや、そこまでの必要は無いだろ。文化祭の模擬店なんてそんなもんだし」
「それもそうか。にしてももうちょい別の……お?」
視線が俺の後ろに向く。方向は教室入り口。
何が見えたのかと思い振り向くと、そこにいたのは。
(おぉ……そう来たか)
白衣と緋袴、穢れなき佇まい。
ただ一人でその場の空気を変えることができる、日本の美。
「わぁ、雫ちゃんすごく綺麗!」
「……ありがとう。穂積さんも、似合ってるよ」
雫が選んだのは、巫女装束。ウィッグもつけて黒髪ロングに。
コスプレであるのにも関わらず、その姿は誰よりも絵になっていた。
開店準備をしながら、シフトを確認。
各部活の展示や発表会の都合がある為、部活所属者は拘束時間少なめ。
逆に言えば、帰宅部の俺はそれなりに拘束時間が長い。
だが、それは全く苦にならない。何故なら。
(うまく行って、よかった)
不自然にならないように注意しつつ、雫とシフトを合わせた。
同じ店舗で、同じ仕事ができる。それならできるだけ長い方がいい。
仕事に関しては海の家での経験があるし、問題はないだろう。
雫にとってはあまりいい思い出ではないというのが気になるが、
そこまで強烈なトラウマにはなってない、はず。
そして、もっと気がかりなのは。
「コレ本当にやるのか」
「まぁまぁ、これぐらいのサービスはね?」
サルの提案でできた、スペシャルシート。誰が持ち込んだのか黒のソファー。
この席に座る客は、一定時間直接店員からの給仕を受けられる。
おまけのツーショットチェキもついて、お値段1000円ポッキリ。(フード代別)
指名された店員の懐に全額入るということで、女子からも賛同を得た。
なお、書類にはコレの記載はない。混乱に乗じてブッ込みやがった。
これまでだったら門倉が止めただろうけど、落ち込んでるスキを突いた形。
そして、席の後ろには誰がどの時間帯にいるか、顔写真つきで並べられている。
……完全にその手の店じゃねーか。
「こういうとこで他店と差をつける。うちは発想が違う!」
「危なっかしいにも程があるだろ」
「怜二含め、やりたくない奴の写真はないし、各時間帯に腕っ節のある奴いるし。
怜二が抜けた後は陽司、その次は優って感じで」
「はっはっは、不埒な輩を退治するのは任せたまえ!」
「だからポーズとらんでいい。まぁ、それなら大丈夫だろうけど。
でもさ、売り上げは繰越金扱いだろ? そこまでいらんと思うが」
「ある程度は打ち上げ代ってことで還元されるらしいぜ。
ま、怜二か鞠がミスターなりミスなりになってくれれば最高だが」
「それについては鞠に任せる。俺には期待すんな」
普通に仕事して、適当に校内回ろう。
明日の一般公開は、やたら忙しくなるんだ。