160.いつの間にやら
「ただいま」
「おかえり。何の話だったん?」
「文化祭のことではないとだけ言っとく。あんまり話したくはない」
「そか。んじゃ聞かない」
「あぁ、それで頼む」
話から推測するに、雫は門倉とある程度の繋がりを得たかもしれない。
今までのこともあるし、友達になれるかとなったら微妙だが、
妙なちょっかいをかけてくることは減るだろう。
「なぁ麻美。ちょっとお前の方から先生に言って欲しいんだけど、
俺の補習なくせねぇかな?」
「流石に無理ね。補習を受ける点数を取ったことは変えられない。
それに、透君の為にならないわ」
「えー? それだと冬休み、麻美と遊べねーじゃん。
麻美は俺と遊ぶの嫌か?」
「嫌なわけないじゃない。けど、透君が留年するのは嫌。
追試に受かれば冬休みまでは埋まらないし、それまで頑張って。
勉強は教えてあげるから」
「ほーい。ま、それはその内」
そして何より、門倉は透絶対主義ではなくなった。
自分は間違えることもある人間だと認識できたから、それを透にも適用すれば、
自ずと『透は必ずしも正しいとは限らない』という答えが出せる。
(漸く、一段落だな)
後は文化祭まで全力を尽くすのみ。
店舗の作成にシフトの調整に衣装合わせ。色々とやるか。
コスプレ喫茶で何より重要なのは、勿論コスチューム。
悩んでたら翔の勧めで、俺はホスト調のスーツを着ることになった。
金髪のカツラやらシルバーアクセやら、勧められるままコーデを決めたが。
「我ながら恐ろしいな。文句なしのエース確定だわ」
「そんなに変わったか?」
「後はガネメかグラサンかければ別人よ。どうよ女子の皆さん」
「……え、誰?」
「あれ、藤田君ってこんなカッコよかったっけ」
「な?」
(マジか)
自己評価だと違和感バリバリだが、周りからの評価は全然違う。
男子どころか女子からも評価されるとは思わなかった。
「とりあえず、麻美はずっと裏で下ごしらえ量産で」
「えぇ、分かったわ」
「後片付けと補充も全部任せるからね」
「……分かったわ」
その女子の方は、殆どの仕事を門倉に押し付ける方針で進んでいる。
シフトも開店から閉店までずっと。他の模擬店を回ったりする自由時間は皆無。
洗脳されてたとはいえ、文化祭を潰しかけた張本人だ。妥当な処置だろう。
原因はあるが、今までの言動も言動だったし。
いくら脇役根性が染み付いてるとしても、手助けしようという気持ちにはなれん。
「今からでも頼み込めばバニー行けるって! 会長なら大丈夫だろ!」
「悪いけど、アタシ達もう衣装決めたから」
「よく考えたら結構ニッチだし。普通にメイド服にした」
「えー、絶対バニーの方いいだろ!」
透が手助けするかと思ったが、関わりを避けてるのか離れた位置にいる。
あといい加減諦めろ。お前は文化祭を何だと思ってるんだ。
「おい透。お前自身の衣装は何にするつもりだ?」
「俺? どうすっかなー。基本何でも合うからなー俺!
ミスターコンのことも考えると何がいいと思う?」
うちの学校の文化祭におけるミス・ミスターコンテストは、各クラスからの代表制。
立候補なり推薦なりで、男子と女子を1人ずつ出場させるということになっている。
参加自体は強制ではないが、例年、不参加となるクラスは存在しない。
その理由は至極単純、賞品が出るから。
ミスにはティアラ、ミスターにはクラウンが贈られるが、それはオマケ。副賞が凄い。
ミスターなら焼肉、ミスならスイーツバイキングのチケット、クラス全員分。
後日の打ち上げがとんでもなく豪華になる権利が得られる。
「普通にカフェ店員っぽいのとか?」
「普通すぎてつまんねーな。もっと考えろよー」
「……勝手にしろ」
まぁ……ディフェンディングチャンピオンはこいつ。
聞いた話じゃ女子生徒は勿論、外部来場者からも票を集めてのぶっちぎり1位だったとか。
今は黒い部分が漏れ出しつつあるとはいえ、1年の頃は外面だけはとことんよかったからな。
なお、ミスの方は当時3年生の先輩が獲得したが、真の1位は深沢会長という声多数。
イベントを運営する立場である為に参加できなかったが、何故か数票入っていたとか。
ちなみに穂積も出て、結果は2位。相当な僅差だと聞いている。
無効票となった会長に入った票の動き次第では、ミスの座は穂積のものだったらしい。
「何だよ、もっと真剣に考えろよー? ミスター三連覇かかってんだぞ?」
「知るか。つーか、来年も出るつもりなんか?」
「俺が出なきゃ盛り上がらねぇじゃん♪」
「……好きなの着て出ろ。俺は知らん」
ルックスだけはいいからな。ムカつくけど、今年もこいつで決まる可能性は高い。
嫉妬してもしょうがないし、粛々と仕事を……
「勝ちに行くなら、ミスターコンは怜二で行くべきだな」
サルの一言で、静寂が訪れる。
何を言われたのか理解し、飲み込むまでに時間がかかった。
故にこの静寂を破ったのは、俺ではなく。
「ハァァァァァァァァァァ!!!!!? サル、お前何言ってんの!?」
八乙女ばりに声を張り上げて、サルに食ってかかる透だった。
「透だと男子票が集まりそうにねぇんだよな、イケメン過ぎて。
そこ考えると怜二ぐらいのルックスが丁度いいだろ」
「俺出ないミスターコンとか、大根か芋の品評会と変わんねぇよ!」
「お百姓さんナメんな。じゃあ聞くけど、怜二のどこがダメなんだ?」
「こんな地味でパッとしねぇ奴出したら、うちのクラスが大恥かくだろが!」
「確かにパーツ自体は地味っちゃ地味だが、よく見てみ。
早寝早起きしてるから肌は綺麗だし、鍛えてるからガタイもいい。
おかげで大体の服がやたら似合うし、しかもメガネイケメンの素質アリ。
広くから票を集めるなら、怜二がベストってことよ」
当事者である俺をよそに、言い争う二人。
……こんな展開、全く予想してなかったんだけど!?
「ちょっと待ってくれ。透出さないんだったら陽司とかいるだろ?」
「一切興味ない。推薦されても出るつもりない」
「なら翔」
「ガネメ藤やんには負けるし、俺じゃ厳しいだろ」
「……マジで?」
荷が重いどころの話じゃない! 俺じゃ公開処刑待ったなしだろ!?
いくらなんでも買い被りが過ぎるって!
「というか女子に聞けばいいじゃん。どうよ、この怜二?」
「正直ありかなしかで言えば、あり寄りのあり」
「メガネ男子、バイブス上がる」
「砂糖醤油顔、最&高」
「そういうコト。焼肉、頼んだぜ♪」
肩にポンと手を置いて、ニヤつき笑顔。
待ってくれ、透もいるってのに女子評価高過ぎねぇか!?
「俺の顔をよく見て、正直に答えてくれ。ないだろ?」
「この前メガネかけて来た時あったよね? あの時の藤田君、結構よかったよ」
「確かに神楽坂君の方がカッコいいけど、藤田君の顔って親しみあるんだよね」
「『よく見たらイケメン』っていうぐらいの方が需要あったりするし、
意外といいんじゃない?」
何故だ。何故こんなに評価が高いんだ。
確かにスキンケアとか運動とか、容姿がよくなるようには努めた。
けど、今まで誰にも何も言われなかったのに、どうして急に!?
「それに藤田君って、人柄が出てるよね。この前はありがと」
「あー、私も見た! あの時の藤田君カッコよかったー!」
この前リップを没収された女子がお礼の言葉を言った瞬間、一気に騒がしくなった。
藤田君がいい、隠れイケメン、人気出そう等々……
本当なのか。冗談だったら早く言ってくれ。焼肉かかってんだぞ。
そろそろ、勘違いしちまいそうなんだが。
「おい嘘だろ!? 怜二、お前まさか出るとか言わねーよな!?」
この反応が予想外だったのは透だけじゃない。俺もだ。
辞退するならこのタイミングだが、それでいいのか?
こんなチャンス、二度とないぞ? ……なら。
「……推薦もらえるなら、出るけど」
「ハァ!?」
「よし決まり! ほら名前書け!」
「藤やん頼んだぜ!」
やんややんやと騒ぐ中、予想も予定も無かった、ミスターコン推薦。
脇役脱却を目指すにしたって一足飛びが過ぎるとは思うが、何事も挑戦だ。
この際ミスター獲ってやろうじゃねーか!