159.優等生の憂鬱
同日、昼休み。
門倉と共に、生徒会室に入る。
「座って」
促されるまま、適当な椅子に座る。すると、何故か門倉は俺の隣の席に。
しかも机の角を挟んでの隣だから、やたら近い。
てっきり机を挟んで反対側の席に座るかと思ったんだが……
「で、話って何だ?」
「藤田君に聞きたいんだけど、テストで95点を取れたらどう思う?」
質問の意図が分からないが、ここは素直に考えるとするか。
俺にとって95点は、紛れもなく高い点数。
今回はそれ以上の点数を取れたが、それまでの俺なら夢みたいな点数だ。
「普通に嬉しいな」
「やっぱり、そう考えるのが普通なのかしら」
相変わらず、嫌味が出てこないな。「満点じゃないのに満足してるようじゃ……」とか、
以前の門倉だったら言ってきそうなもんなんだが。
「俺は普通だと思うが、門倉は違うのか?」
「えぇ。正確には私というより、私の親は、だけれど」
(門倉の親?)
こいつとの交友は0に等しいから、詳しい情報は持ってない。
だが、話の流れから考えるに、テストで95点を取ることを嬉しいと思わないのか。
「少し、身の上話をしてもいいかしら」
「あぁ、いいけど」
「自慢になるけど、私の家族はエリート揃い。父は大企業の幹部で、母は公認会計士。
二人の兄は司法試験合格者と、医学部首席。そんな家庭だから、私はずっと勉強漬け。
家族の望みとして、私は国家公務員を目指すことになってる」
凄ぇな。頭のいい奴が就く職業に取得できる資格、そして進める大学を網羅してる。
となるとここで言う国家公務員とは、政治家か官僚ってことだろ。
それを目指すとなったら、相応の大学に入る必要がある。
門倉が勉強漬けになるのも当然だ。……ただ、一つ気になるな。
「目指す『ことになってる』?」
「どうしても、うちから国に携わる人間を輩出したいみたいでね。
内閣総理大臣か、財務省事務次官以外を目指すことは許さないって」
(政治家の頂点と官僚の頂点……)
これは親に期待されているというより、縛り付けられてると言った方が近いか。
そうだとすると、最初の質問の意図に見当がつく。
「その為にはどうしたって、最高学府への進学が不可欠。
私の親にとってこの点数は『95点を取れた』じゃなくて……」
「『5点取り逃がした』ってことか」
「ほぼ正解。5点『も』取り逃がした、ということなのよ」
……あー、見えてきたな。そうか、そういうことか。
門倉が歪んでるのは、親が原因だったのか。
無茶苦茶な重石を載せられた上に、成果を一切認めてもらえない。
ある種、古川先輩と一緒。自己肯定感がまともに得られていないんだ。
その発露のベクトルが真逆というだけで。
「これ、透にも話したことあるのか?」
「いいえ。本来なら人に話すようなことじゃないし」
「……なら、何で俺に話したんだ?」
「勧められたのよ。誰かに打ち明けるなら、あなたがいいって」
「誰に?」
何か、デジャブを感じる。まさか、それって……
「水橋さんが言っていたわ。色々と、相談に乗ってもらってるって」
普段からは全く想像もつかない秘密を打ち明けられる。
雫の時が、最初で最後だと思っていた。
「何を相談しているのかは聞いていないし、知るつもりもないわ。
でも、とても評価されてるようね。口が堅くて、何かと有能。
なのに見返りを求めない……色々と褒めていたわ」
元々、雫のことだって勘違いと買い被りから始まったんだ。
雫以外にはそう見られることはないと思ってたし、事実そうだった。
……だが、勘違いの伝染が起きることは想定外。
「私はあなたに相談したい訳じゃない。ただ、吐き出せる相手が欲しかった。
この前のことでようやく、自分は間違ってるって気付いたから」
「文化祭の件か?」
「の、山内先生に関すること。私は絶対に間違って無いと思ってた。
何故なら……」
「今まで好成績を取ってきたし、透に信頼されてるから」
「……私、そんなに分かりやすいかしら」
「前に言ってたろ。透は絶対に正しいって」
古川先輩と同じで、自分を認めてくれた最初の人間が透だったんだろうな。
家族からの抑圧があるとなれば、救いは学校、そして勉強にしかない。
誰も認めてくれないから、周りを下に見て、ほぼ確実に取れる成績でマウントを取る。
そうしないと自尊心が保てない。……だから、嫌味ばっか吐いてたというとこか。
「学校行事は、内申点に大きく関わる。だから、私は山内先生の言う通りにした。
けど、それは勘違いもいいところの、とんだ悪行だったと、今なら言える。
水橋さんが山内先生との会話を録音したものを聞かせてくれて、目が覚めたわ。
私は間違っていなかったんじゃない。間違いを認めようとしなかっただけ。
つまり、逃げてただけだって」
加えて、山内先生からも認められていたと見る。
恐らくは柏木先生とかと同じ考えだ。言ってしまえば、『利用しやすそう』という。
もしかしたら、校則の改正案も門倉が発案したのではないかもしれない。
山内先生による、リア充に対する嫉妬の一環として考えた方が自然だ。
そこに明確な間違いの証拠を出されたのもそうだが、透が絡んでいないというのも大きい。
もしも透が関係していたら、中間テストの時みたいに押し通していただろう。
それに、雫は門倉にとっては唯一、成績が常時上の存在。
今までずっと成績第一で考えてきた以上、認めざるを得ない。
雫の活躍のおかげで、まさか門倉が変わるとは。
「中間テストの時は勿論、あなたには今まで、散々嫌味を言ったわね。
透君の対照となる存在だと思って、ずっと色眼鏡をかけていたのかもしれない。
……本当に、ごめんなさい」
自分を認めてくれた存在は、とんでもなく醜悪な二人だった。
それを知った今、門倉は根っこから変わることができたらしい。
元々の原因は親ってとこもあるし、考えようによっちゃ門倉も被害者。
この分なら、今までみたいに透を妄信するということもないだろう。
……だが。
「謝れるようになったのは認めるが、俺は許さねぇぞ」
仏の顔も三度まで。そして俺は仏じゃない。
今までが今まで過ぎる。今回はとうとう、実害すら出かけた。
大体のことを受け入れてきた俺でも、許せないことぐらいある。
こいつがどうなったとしても、これまでのことを水に流すつもりはない。
「……どうすれば、いいかしら」
「今までのことを反省して、同じ間違いを繰り返さないようにしろ。
マイナスからのスタートだから、在学中にどうにかできるかの保証もない。
皆からの信頼を得るつもりなら、相当な時間かかることは覚悟しろよ」
「……分かったわ。けど、それだと分からないんだけど」
「何が?」
「何であなたは、私の為に奔走してくれたの?
本当なら、罪を償わなければならないのは私なのに」
どうやら、まだ分かってないみたいだな。
問題を起こした張本人が贖罪をするというのは、至極当然の原理。
だが、その張本人に解決ができる能力があるというのが前提。
それを満たしていないのなら、他の奴がどうにかするしかない。
それがたまたま俺だったというだけ。そして何より。
「勘違いすんな。お前のことなんざ1ミリも考えてねぇよ。
ただ、俺が後悔したくなかっただけだ」
俺はもう、悪人の尻拭いをするのはやめたんだよ。
「……そっか。それも当然ね」
「自分の親の問題なら、自分で解決しろ。
相談機関とかはいくらでもあるし、自分で探せ」
「えぇ、そうするわ。私の話を聞いてくれて、ありがとう」
深い悩みを打ち明けられたとしても、俺は一切手を貸さない。
どうにかしたいと思うのなら、自分でやれ。