155.縺れた糸を断ち切って
机や椅子を元に戻しながら、会長から門倉との話し合いの結果を聞く。
山内先生のことも気になったが、意図せずして同時にコトが聞けた。
「模擬店禁止、文化研究発表会のみ許可という提案は、山内先生が発端らしい。
門倉君も最初は困惑していたようだが、最終的には納得したそうだ」
「模擬店に興味が無いとしても、全校レベルで禁止にするってのは違いますし。
それくらいの分別はあるはずなんですけどね」
「彼女の想い人も、文化祭といった行事を好みそうな人間だしな。
そういえば、その彼の方はどうなっている? 黙っていそうにないが」
「何とかなるって感じで、何もしてません。今回も俺が仕事することになりそうで。
勿論あいつの為じゃなく、自分の為ですけど」
「……こう言っては何だが、門倉君はとことん人を見る目が無いな。
そういう意味で、彼女の扱い方を間違えた私も同じだ」
「そんなことないですって。というか、俺も大概ですよ。
幼馴染がクズいことをはっきり認識するまで17年かかりましたし、
それに気付いたのも俺自身じゃなく、言われてからですから」
勉強会のあの時、雫が声を上げなかったら、俺は今まで通りだっただろう。
脇役でTP、変わりたいと思うだけで変わろうとしない、その他大勢の一人。
雫には感謝してもしきれないし、好きだという想いが日に日に増していく。
(辛いけど、嫌じゃない)
恋活してよかった。本気で好きな相手ができたのは勿論、あらゆることが変わった。
それがこれからどうなっていくかは予想がつかない。なら、やれることをやるだけ。
そして今やるべきは、この部屋の片付けと相談。
「そもそもとして、門倉君は文化祭を例年通りに運営する気でいたようだ。
その一方で、山内先生はそれが気に入らないらしい」
「存じてます。俺の友人から聞いたんですけど、文化祭自体が嫌いというか」
「さっき話した時のことが真実だとすれば、教育の為に文化祭は撤廃するべきだとか。
ボイコット運動の件も話したが、それならそれで大歓迎という姿勢。
流石にこうなると不可解だ。内容はどうあれ、門倉君は文化祭の成功を願っている」
門倉と山内先生の間で齟齬が発生しているが、少なくとも門倉は、それに気付いていない。
もしかして、両者の目的は違っている? だとすれば……
「一度、その認識すり合させてみせません? 多分、門倉は何か勘違いしてます」
「それは私も考えた。何とか時間を作って、二人を会わせてみたいと思う」
「宜しくお願いします」
門倉は多分、文化祭を潰したい山内先生に利用されている。
思惑が異なっているということが明確になれば、変化がありそうだ。
解決の糸口が見え、少しばかり安堵して教室に戻り、5時間目の授業。
その違和感に、俺はすぐ気付いた。
(門倉、青ざめてる……?)
ひっきりなしに続いていた机コンコンがなくなり、表情は明らかに憔悴している。
ボイコット運動が思いの外キツいことを理解したのか? いや、それはない。
門倉の思考は古川先輩の逆、つまり他罰的。今回のことだって、周りが悪いと思っている。
つまり、もっと根幹……門倉麻美という人間そのものを揺るがしかねない、何か。
そこに強烈なショックを受ける出来事があったということだろう。で、それが何かとなれば。
(……透?)
今回のことにおいて、透はノータッチを決め込んでいると見た。
俺が問題を解決した所でしゃしゃり出て、さも自分がやったかのように振る舞い、
あとは主人公ないしルックス補正で適当に誤魔化し、労せず手柄を横取り。
これがあいつの常套手段……だったが。
(古川先輩の時に、多分初めて失敗した。加えて門倉はあの状態。
しかも門倉を擁護したら文化祭はつまらなくなるし、クラスからは総スカン。
自分がどうにかするなんて、口が裂けても言えねぇ)
となれば、透は自ずと門倉との接触を避ける。
が、門倉はとことん透一直線の女。今回のことについても相当頼りにしてるはず。
その辺と掛け合わせると……キツいこと言われたか?
古川先輩にクソみたいな捨て台詞を吐いたこともあるということから考えると、
透との時間を取ろうとして粘った結果、強く拒絶されたか……
(この場合、誰から何を聞くべきだ?)
透はない。何かやらかしたとしても、まず間違いなく曖昧な言葉で誤魔化す。
だが、この状況の門倉なら、ある程度の情報は引き出せるかもしれない。
ぼちぼちサルも情報集めた頃かもしれないし、陽司も気になる。
休み時間になったら、聞けるだけ聞いてみるか。
『門倉さんと山内先生のことで、少し話したいことがあるんだ』
授業が終わり、誰に話を聞こうかと思って立ち上がった瞬間、雫からメッセ。
今回は相手が相手だから、雫を関わらせるつもりはなかったんだが、
どうやら、本人は積極的に動くつもりらしい。
『聞かせてもらう。教えてくれ』
『まず、先に謝っておきたいんだけど、ボク、色々と勝手なことした』
『前に言ったろ。俺はお前を縛る為にいるんじゃないって。謝る必要ねぇよ』
『ありがとう。まず、山内先生に文化祭ボイコット運動のことを聞いてみた。
それで分かったんだけど、文化祭自体が無くなってもいいって思ってるみたい』
『俺も昼休みに知った。会長のとこに行ったんだけど、先に山内先生が来てて、
文化祭が潰れるなら大歓迎って感じだと』
『うん。無くなってもいいどころか、無くなった方がいいみたいな感じだった。
ボク、それをボイレコのアプリで録って、門倉さんに聞かせてみた。
そしたら、急に顔が青ざめて……多分、山内先生の思惑を知らなかったんだと思う』
大胆なことしたな。どっちからもマークされること覚悟で、攻めに行ったか。
ということは、門倉がああなってるのは透絡みではなく、山内先生との齟齬が消えたからか。
『だからあんなことになってるのか』
『今は混乱してる状態だから、何もしないと思うけど、今日か明日にでも山内先生のとこに
行くと思う。そこに会長やボイコットを主導してる人とかを集めて、話し合いができれば、
解決できないかなって思ってるんだけど……どう思う?』
雫の活躍で、この問題を大きく動かすチャンスが来た。となれば答えは一つ。
だが、その前に確認しておかなければならないことがある。
『質問に質問で返してすまんが、一つだけ聞かせてくれ。
雫は、どんな文化祭をやりたい?』
ここまでやった時点で、模擬店やスタンツなどを楽しむ文化祭を求めているとは分かる。
それでも念には念を入れて。脇役はこういうところからズレやすい。
石橋を叩いたら、鋼で補強して渡るぐらいで丁度いいんだ。
『模擬店を楽しみたい。去年は最低限の作業だけしてたけど、今年は友達がいる。
自分のクラスは勿論、色々なクラスの模擬店を回りたい』
……うん。分かってた通り愚問だったな。去年の今頃と今年の今じゃ、何もかもが変わった。
漫画喫茶に篭るより、友達と文化祭を楽しみたい、か。
『話し合いの場を作ろう。サルに頼めば、セッティングは上手く行くと思う。
誰が必要かは今から詰めるってことで』
『分かった。ボクは上田先生に立会いお願いする。
文化祭をちゃんと成功させたいって思ってる先生、上田先生ぐらいしかいないから』
俺が望むのは文化祭の成功ではなく、雫の望みを叶えること。
それが文化祭の成功に基づくものであるなら、その為に全力を尽くすまでだ。
……それに。
『スイーツ系の模擬店やってるとこも多いと思うぞ』
『去年は回らなかったけど、今年は全店制覇したい!』
望みの根幹である普通のJKライフも、満喫させたいしね。