154.拗れ・拗れ・拗らせ
ボイコットとは、集団での排斥運動のこと。
ただ、この場合の意味は排斥ではなく、恐らくは……
「文化祭に参加しないってことか?」
「はい! 皆、文化祭当日は登校しないって……」
「ふざけないで!」
八乙女の話を聞こうと思ったら、突如怒声が響いた。
声の主は、ここまでずっとこの話題において沈黙を守ってきた、門倉。
「体調不良での欠席だって自己管理不足による愚行というのに、登校しない!?
それも大事な学校行事がある日に!? あぁ愚かしい!
あなた、それでも本当に高校生なの!?」
やっぱり、おかしい。
いくら頭の固い門倉だって、こんな怒り方をするのは馬鹿げている。
あまりにも病的……いや、もしかしたら本当に病気なのかと思うぐらいに、酷い。
とりあえず、この間を取り持とう。何が起きるか分かったもんじゃない。
「落ち着け。八乙女が焦ってるってことは、こいつにそんな気はない。
そういう話になってるのは八乙女のクラ……」
「落ち着いてる場合!? こんな中学4年生、いや小学10年生の愚行、
許されるわけがないじゃない!」
「だからこそだ。その原因を突き止め……」
「そんなことよりこのふざけたことをやめさせるのが先よ!
あなたは物事の順番も分からないの!?」
青筋を立て、食い気味に怒声と罵声を飛ばしまくる。……キレすぎだ。
このままじゃ、話が進まない。……仕方ない、あまりやりたくはないが。
「……悪い、ちょっと黙れ!」
「ふぐっ!?」
後ろに回って左腕を首に巻きつけ、右手を口に。
何を言っても食ってかかるようじゃ、何もできやしない。
かなり強引だが、実力行使以外に手段が浮かばない。少し黙ってくれ。
「えっ、怜太先輩……?」
「こいつは後で落ち着かせる。まず、何でそんなことになったか教えてくれ」
「あっ、はい。えっと、その前にお聞きしたいんですが、
今年の文化祭は模擬店ができなくなったことはご存知ですか?」
「あぁ、知ってる」
その原因が今ひっ捕まえてる門倉だからな。ややこしくなるから言わんが。
もがもが言ってるのがさらに激しくなったが、スルー。
いつの間にか陽司と翔も来て、それぞれが腕を押さえつけるのに加勢してくれた。
「皆、それでやる気なくして、準備が全然進まなくて。
そしたらいっそのこと文化祭を壊せばいいって言い出す人が出て。
ほとんどのクラスメイトがボイコットに賛同してるんです!」
なるほど、そういうことだったのか。
文化祭がつまらなくなったら、参加しなければいいということか。
生徒一人二人ではさしたる影響はないが、1クラス分となれば話は変わってくる。
「それに、周りのクラスでも同じ考えを持ってる人が増えてきてるみたいで、
このままだと、参加しないクラスの方が多いってことも……」
「分かった。教えてくれてありがとな。生徒会に言っとくわ」
「お願いします! わたし、文化祭を成功させたいんです!」
頭を下げ、八乙女が去っていく。模擬店をやれるかどうかはどうでもいいらしい。
つまり、門倉は初手からして誤ってる。……さて。
「ほぐぐぐうあえあこをが、かはっ!」
「首は絞まらないように気をつけたけど、大丈夫か?」
「何したか分かってる!?」
「後でいくらでも謝るから、聞け。門倉、これがお前がやったことの結果だ。
文化祭を潰すことが、お前の望みか?」
「そんな訳ないじゃない! 私は文化祭をよりよいものにしようとしただけ!
こんなふざけた道理、通ってたまるもんですか!」
「どっちがふざけてんだよ! お前の身勝手で台無しになるとこなんだぞ!?
先輩方とアニキの花道、汚す気か!?」
「俺だってボイコットしてぇよ! いいんちょのわがままには付き合いきれんわ!」
陽司と翔が怒鳴ったのを皮切りに、次から次へと同調する声が飛んでくる。
こんなのありえねぇ、文化祭やりたくない、俺らも、私達もボイコットする……
全ては、門倉に向けられている。
「なんなのよ……このクラスには、文化祭をお遊びと思ってる馬鹿しかいないの!?」
それでもなお、門倉は変わらない。
いや、正確には変わっている。今までよりも更に悪い方向に。
「もういいわ! 勝手になさい!」
そう言うと、近くにあった机を蹴り、
「痛ッ!」
痛めた足を引きずるようにして、教室を出て行った。
八乙女からのメッセによれば、門倉は八乙女のクラスに乗り込んだらしい。
当然、普通に追い返されたようだ。
そして今は、授業が始まったので戻っているが……
「この法則を使うことで……門倉、ちょっと静かにしてもらえるか?」
「静かですけど?」
「ほら、指……」
「……失礼」
気がつくと、机をコンコン叩く音が連続する。
気が立ってるどころの話じゃない。この世の全てを憎んでいるかのようだ。
そしてこっちは、気が気じゃない。
(俺だって、納得いかねぇよ)
文化祭が不参加多数で中止になったら、会長や陽司の兄さんの顔に泥を塗ることになる。
事は既に、模擬店をやるかやらないかどころの話じゃなくなっている。
元々そこまで日数がない。尚のこと、手を拱いている暇はないんだ。ならどうするか。
門倉を説得? まず不可能。そもそも話すら聞かないだろう。
ボイコットしようとしてるクラスを説得? それも無理だ。多勢に無勢が過ぎる。
先生方に掛け合う? うちの学校の欠点の集団が何かできるとは思えない。
最悪、山内先生が勢いを増すことも……
(そもそも、これって誰がどこまで決めてるんだ?)
恐らくは昨日、深沢会長は門倉から事情聴取をしたはずだ。
連絡は来ていないが、何らかの進展はあったはず。正確には『あって欲しい』だが。
聞いてみるか。メッセだけでも送っておこう。
後は返信をって、もう来た。
『その件について話がある。昼休みか放課後、時間は取れるか?』
どうあれ進展はあったらしい。今日はバイトがある日だから、ベストは昼休みだな。
それじゃ、お話を伺うか。
指定のあった生徒会室に向かう途中、やたらと物音が連続した。
ガタン、ゴン、バンといった、物が倒れたり打ち付けられたりする音。
しかも、方向はどうしたって目的地から。嫌な予感がする。
ここは慎重に入室して……
「俺は絶対に認めないからな!」
(うぉっ!?)
突然、扉が開いた。かなり荒っぽい音と同時に、大声が響く。
声の主はそのまま、俺が来た道とは反対の方向へと去っていった。
そして、いかり肩とツンツン頭が特徴的な後姿に、俺は見覚えがある。
間違いなく、生徒会顧問の山内太郎先生その人だ。
そこにさっきの音を掛け合わせると、出てくる答えは一つ。
(会長、大丈夫か!?)
会長は腕っ節も強い方だと聞いてるけど、女子であることには変わりないし、
相手が山内先生となったら、俺どころか陽司や橋田でも厳しい。
頼む、大事になってくれるなよ!?
「失礼しますっ! ……えっ!?」
緊張のあまり、少し声が裏返ってしまった。そして、驚いた。
会長は無事だが、辺りに机やら椅子やら散乱している。
まるで、誰かが大暴れしたかのような……まさか。
「やぁ、待っていたよ。見苦しい所を見せてすまないな」
「いえ、そんなことは。あの、これはもしかしなくても」
「その推測は合っているよ。私がしたことではない」
裏を返せば、『私』以外のここにいた誰かが犯人。
そして該当者は、一人しか存在しなかった。