151.とうとう、やりやがった
中間テストが終われば、その少し後には学校最大のイベントがある。
模擬店にスタンツ、ミスコンにミスターコン等々、
一体どの部分が言葉通りの意味を為しているのか謎ではあるが、
間違いなく学生人気No.1の学校行事、文化祭。
「ベタだけど喫茶店かな。なるべく普通の」
各クラスで開く模擬店は、希望を出した後に生徒会で審査。
承認されたら予算が下り、ある程度は道具も借りられる。
部活もほぼ同様。違いは模擬店ではなく体験教室とか、ミニコンサートとか、
その部活らしいことをするとこも多いというとこだけ。
ということで、雫がやりたいことを電話で聞いてみた。
「定番だな。提供するものの安全性さえ確保できれば通りやすい。
……ただ、『普通』にはならんと思うぞ」
「え、ゲテモノは出せないよね?」
「出すものじゃなくて、衣装。何かしらヒネられると思う。
俺のとこは去年、ちょっとしたゲーセンみたいなのやったけど、
それですらパーティグッズみたいな衣装着せられたからな」
「どんなの?」
「タキシードに鼻眼鏡と七三のヅラ」
「あ、いたようないなかったような……」
どのクラスにも確実にお祭り男・お祭り女がいるからな。
その悪ふざけを止められる例は非常に少ない。
今年は特にヤバイことになりそう。説明不要のサル、発言力の強い透、
Mr.チャラ男の翔、ギャルゲーにも精通している秀雅と、
何が起こるか全く分からん。
「ほぼ確実にコスプレ喫茶になるな。本命はメイドとして、他にも色々。
過激なのは生徒会通らないから、極端に酷いのは無いと思うが、
ギリギリのラインを狙ってくる奴はいるだろうな」
「えっと、例えば神楽坂君とか?」
「ご名答。女子オトすのは全部任せられると見ていい。
他の男子も乗っかるだろうし、俺だけじゃ軌道修正しきれないかもしれん」
「そっか……うん、ある程度は覚悟しておく。
といっても、ボクはコスプレ自体は嫌いじゃないし、楽しめると思う。
常識の範囲内で、だけどね」
『常識の範囲内』という枕詞がどれだけ通ってくれるか。
そこの勝負になりそうだな。いかにして突拍子も無い案を蹴るか。
「ところで、雫は去年何やってたんだ? 見かけた記憶ないんだが」
「たこ焼き屋さん。ボクは裏で下ごしらえやってたんだ。
担当してる時間終わったら、漫研の部室に篭ってた」
「恒例のアレか」
「半個室ブースがあるから、ゆっくりできるし」
漫画研究会では代々続いているらしい、文化祭の漫画喫茶。
本物と比べると流石に見劣りするが、クオリティは十分。
当時の雫の置かれていた環境を考えると、落ち着けるところが欲しかったんだろう。
「コスプレ喫茶だとしたら、衣装の決め方は二通りあるな。
コンセプト決めて統一するか、或いは思いっきりバラバラにするか。
いずれにしても、話し合い次第だろうけどな」
「ボクからも、それなりに意見出そうと思う。
怜二君のおかげで、自己主張するのも苦にならなくなってきたし」
「俺は何も……いや、ちょっと自惚れる。それなら何よりだ」
「普段が謙虚すぎるんだから、自惚れるくらいで丁度いいよ。
本当に、ありがとう」
雫が変わっていくなら、俺も変わらねば。
これぐらいなら、調子に乗ってもいいだろ。
「それでは、コスプレ喫茶で決定とします」
放課後に時間をとって行われた話し合いは、比較的すんなりと進んだ。
大多数がコスプレ喫茶を希望し、その衣装の内容も話したが、
最終的には各自で好きなものを持ち寄ればいいということになり、
後はメニューを決めるだけとなった。
文化祭に向けて、準備は順調に進んでいる……と、言いたいところだが。
(やっぱり、不服そうだな)
この場を取り仕切る門倉が、黒板から席に戻る最中の顔色。
明らかに、苛立ちを帯びていた。そして、その理由は分かりきっている。
模擬店以外の意見としてマジックショーとか演劇とかあったが、
門倉の提案は『地域文化研究発表会』。案の定、希望者は本人ただ一人。
『文化』祭という名称から考えれば適切だが、真面目が過ぎる。
(ブツブツ言ってるなぁ……)
薄い唇が、小さく動き続けている。
不安定な精神状態が未だ直っていないところに、追撃が来た形。
どうにも気がかりだ。面倒なことになりそうな予感がする。
生徒会役員として学校行事の基幹を担う以上、妙なことはしないで欲しい。
(会長に連絡入れておくか)
フォローは任せよう。何も出来ないなら余計なことはしない。
俺らしく、裏で軽く根回しだけしておこう。
脇役は辞めると決めたけど、そこで得たスキルまで捨てる必要は無いし。
翌日、早めの登校。
模擬店の内容を詰めるに当たって、相談できる時間は限られている。
そこで早朝の時間が使われる。一応は任意での登校だが、
殆どの奴は、この時期は早めの登校をしている。
「コスプレ何持ってくる? 俺警官やるつもり」
「適当でいいから、今日にでも店行って決めるわ」
「女子が何着てくるかにもよるよなー」
俺も適当に都合つけないとな。カッコいい感じにするか、ギャグ路線か。
どっちにするとしても、俺の場合はあまり派手じゃないものが似合うかな。
「クレープとか、チュロスとか。喫茶店ならスイーツ系だよね?」
「かぶっちゃうのは仕方ないとして、サービスどうしよっか? チェキとかどう?」
「前に問題あったらしくて微妙なんだよねー。会長なら許してくれそうだけど」
深沢会長に事前に聞いてみたところ「なるべくは生徒の自主性を優先したい」とのこと。
とはいえ、基本的には真面目な人だ。本格的にヤバいものに関しては却下するだろう。
「スタイルいいからさ、絶対バニー似合うって!」
「本当ー? 透君が言うなら仕方ないなぁ♪」
(……こういうのとかな)
バニーガールは通らんだろ。透が女子をオトしても、生徒会で止まる。
コイツの評判は下がってるけど、それはあくまで俺と俺周辺の友達だけ。
古川先輩からは拒絶され、穂積からの信用も減っているが、それでもこれ。
主人公補正なのか顔面補正なのか分からんが、未だ女子からの人気は高い。
「サル、お前何着る予定?」
「おもしろ着ぐるみ一択! 安くて着るのがラク!」
「お前らしいな」
「怜二はどうすんだ?」
「……スーツ着てサラリーマンとか?」
「ほぼ制服じゃねーか。もうちょい頑張れよー」
「だよなぁ……」
派手じゃないどころか、無難過ぎるものを選んでしまうのは、俺の悪い癖。
かといって無闇に攻めると規制かかるし、どの辺に行くべきか。
「おはよう。皆、話し合いは中止。連絡があるわ」
お、門倉。意外と遅かったな。
お前のことだから、てっきり早くに来て、後から来た奴をこき下ろすかと……
「今年の文化祭は模擬店じゃなくて、地域文化研究の発表会になったわ。
全クラスそういうことになったから、さっさと決めなさいよ」
………………は?