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149.女神の慈愛

俺と雫の身長差は、10cm弱というところ。

俺が少し屈んだ方が撫でやすいというのは分かるけど、

何で、こんなことを……?


「嫌?」

「いや全く」

「そっか」


相当にポカンとしてる。

でも、全く嫌ではないどころか嬉しいし、それ以上に幸せだし、

そして何よりもドキドキして、困惑している。

雫が、俺の頭を撫でる……その意味することは何だ?

今のところ、明確に分かることは一つだけ。


(遮ってまで聞くことではない)


もう暫く、この感触を味わいたい。

本来なら意図を聞いたりして、何をどうして欲しいか分析したりするが、

俺はこの状態の解決より、自分の欲望を優先することにした。




「ねぇ、怜二君」


撫でられることしばらく。静寂に終止符を打ったのは、雫だった。


「ボク、ちょっと怒ってるよ」

「……え?」


心当たりは一切無いが、俺は何かやらかしてしまったらしい。

そうじゃなきゃ、雫がこんなことを言い出すはずがない。

何だ? 何があって……とりあえず、気になるのは。


(その割には、表情変わってないな……)


どんな顔をしてても、雫は美人かつ可愛らしいけど、

そこに怒りの感情を感じる要素は見当たらない。


「めんどくさい聞き方だけどさ、ボクが何で怒ってるか分かる?」


今日の出来事を思い返す。

俺が雫に何かした覚えはない。もしかして、怒ってる対象は俺じゃない?

なら翔か? いや、可能性はあるけど違う気がする。もっと深い位置。

まさか穂積? って、それはないか。おやつ時にちょっとアレなことはあったが。


「……すまん。教えてくれないか」


ダメだ、全然分からん。

雰囲気からして本気で怒ってるという訳ではなさそうだが、

それにしたって、誰の何が原因なんだ?


「どうしても分かんない?」

「あぁ。降参だ」

「そっか。それじゃ、教えるね。色々言いたいことはあるけどさ、とりあえず。

 怜二君、一人で背負い込み過ぎ」


背負い込み過ぎ? 何のことだ?

俺に何かを背負い込んだ覚えは無いんだが……


「そんなこと……」

「ちょっと待って。当てるから」


そう言って撫でる手を止めると、今度は俺の目を凝視する。

何か分かるのか? 何も隠してることなんてないけど、小恥ずかしい。


「……はぁ」


少しした後、雫は溜息をつく。


「あー、そっか、そっちか……」

「どっちだよ。さっきからどうした?」

「いや、ちょっと予想外。背負い込んで当然って思ってるとは。

 言い方変えるね。怜二君、自分を悪く思い過ぎ」

「……?」

「……だよね、怜二君はそういう人だよね」


苛立ちが増し、更に呆れも加わったらしい。

どうすればいいんだろう。何が何だかさっぱり分からないのに、状況は悪化の一途。

本当に、何を考えて……


「分かんないなら、もう全部言う。

 嘘のアドバイスで穂積さんを引き離すことで、神楽坂君に辛い思いをさせる。

 そして、それは穂積さんを傷つけることになる。

 だから、穂積さんに悪い事をしてしまったと思って、心を痛めてる。そうでしょ?」


……なるほど。雫にはあの時の俺がそう見えたのか。

俺は、誰かに迷惑をかけたり、傷つけたりすることが嫌いだ。

だから、透のやらかしで誰かにダメージが及んだ時は、そのケアをした。

今回は真逆だ。ダメージを与えるのは俺だし、ケアのことも考えてない。

心を痛めたのは確か、だが。


(買い被りすぎだ)


俺は、そんな高潔な人間じゃねぇ。ただ、偽善者でいたかっただけだ。

自分本位の考えで、クソみたいなプライドを守る為の行為。

そんな自分勝手なことが、許される訳ねぇだろ。


「違ぇよ。俺が誰かを傷つけたくなかったのは、悪人になりたくないから。

 とどのつまり、俺は偽善者だったんだよ」

「本気でそう思ってる? 怜二君は、穂積さんが傷つくことを気遣った。

 自分が神楽坂君と決別する為に、嘘を言ったことに罪悪感を感じて。

 ……もしかして、未だに神楽坂君にまで気を遣ってる?」

「それはない。だとしたら、いじめみたいな真似はしてねぇ」

「これがいじめだったら、神楽坂君が今までやってきたことは何て言えばいいの?

 偽善かどうかなんてどうでもいい。もっと、自分を大切にしてよ!」


雫が声を上げることはそれなりにあった。けど、こういう状況は初めて。

俺が偽善者であることも、いじめみたいな真似をしたことも、雫は認めたくないらしい。


「怜二君は、偽善者でも悪人でもない。人の気持ちが分かる、優しい人。

 だから、穂積さんを傷つけるかもしれないことに、心を痛めた。そうでしょ?」

「……偽善者でいられなくなるからな」

「この際理由なんてどうでもいい。いっそのこと、そう思ってくれた方がいい。

 怜二君はもっと、自分勝手になるべきだから。

 ずっと周りの人のことばかり考えてたら、いつか壊れちゃうよ」


また、頭を撫でられる。

くしゃくしゃ、くしゃくしゃと髪が擦れる音。さっきより、少し力が込められている。


「そもそも、怜二君は悪い事なんかしてないよ。ボクが保証する。

 穂積さんのことを考えたら、神楽坂君からは距離を置かせるべき。

 むしろ、怜二君はいいことしたんだよ。偽善者じゃなくて、善人だよ」

「俺は、そんなことまで考えてない」

「それでもいいよ。それでいい。その方がいい。

 どうしても自分のことが許せなくても、ボクは怜二君を肯定する。

 だから、今だけは甘えてよ」

「……どうやって?」

「とりあえず、しばらく撫でさせてくれないかな?

 自分を大切にしない怜二君の代わりに、ボクが怜二君を大切にするから。

 ね、甘えてよ。ここなら誰も見てないし」


だから、俺をここに連れ込んだのか。

往来で長時間頭を撫でていたら、人目につく。しかもこの組み合わせに加え、

撫でられてるのは男の方。どうしたって目立つ。


(情けねぇな、俺)


今になって、この状況の恥ずかしさに気付いた。

何で俺は、頼られてる相手からの頭なでなでを受けてるんだ。


「どうしたらいいか、分かんねぇや」

「甘えるのに慣れてないんだね。もう、可愛いなぁ」

(……俺が惚れてるの知ってて言うなよ!)


可愛いと言われるのを嫌がる男は多いし、俺もそのタイプ。

だが、それ以上に雫の危なっかしさが気になって、どうでもよくなった。

たとえ恥ずかしくても、この行為にどこか安心感を覚えているのは事実だし。

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