147.正義の裏側
「そういえば、雫ちゃんに相談したかったことがあるんだけどさ」
「……?」
「最近、透の様子がおかしいんだよね。雫ちゃん、何か知らない?」
「神楽坂君が……」
俺も雫も、透がおかしなことになっている理由は知っている。
一番大きいのは、古川先輩がハーレムから離脱したことだろう。
他にもこの前の門倉の件もあるだろうし、色々不安定な状況。
多分、翔もその辺が絡んでることには気付いてる。
「……分からない。神楽坂君とあんまり話したことないし」
「基本的にカグが一方的に話しかけてるだけだからな。
あ、でも……いや、俺も分からん」
「そっか……」
雫は予想通り、翔は俺の、口元に指を斜めに置くジェスチャーを見て、理由を伏せた。
今までだったら理由を教えるぐらいはしたが、これからはそれすらいらねぇ。
堕ちるとこまで堕とすと決めたんだ。
「怜二くんは、どう?」
「俺にもさっぱり。というか、様子がおかしいってこと自体、今知った。
具体的には、どんな感じになってんだ?」
穂積目線から、今の透はどう見えているのだろうか。
俺の敵意を明確に感じ、躍起になった結果、現れた馬脚は如何に。
「うーん、何ていうのかな……ちょっと言葉にしにくい。
慌ててるっていうか、焦ってるっていうか……一番近いのは、『無理してる』かな」
「無理、ねぇ」
「透っていつも明るいけど、最近は無理に明るくしようとしてる気がするんだよね。
普段より身振り手振りとか大袈裟だし、なんか不自然だなって」
「そういや、何か躍起になってる気はするな。
後、今思えば男連中との付き合いも悪くなったし、何考えてんだろうな?」
これは……八乙女方式か? 酔っ払うことで不安をかき消すっていう。
あいつは厚顔無恥に見えて、結構メンタル弱いというか、脆いのかもしれん。
「ねぇ、怜二君。私が透にできることってないかな?」
「透の為ねぇ」
「透の為だったら、何だってしたい。透には頼れる人が必要だから。
私、ほうっておけないよ」
夏祭りの件があっても、穂積は未だに透のことが好きでいるらしい。
透のことが好きになった理由は雫経由で聞いたが、何だかなぁ。
その世話焼き精神、他の誰かに使った方がいいと思うんだが……って。
(こういうことか。俺が今までやってきたことは)
人の振り見て我が振り直せ。
雫に言われてようやく気付いて、ようやく始めた脇役脱却計画。
どこまでもクズい相手に対して世話を焼いた所で、恩仇になるのは目に見えてる。
……じゃ、俺も仇を仇で返すか。
「本当に、『何でも』できるんだな?」
「うん」
「だったら、一つだけ効果的な方法がある。何もしないで、ほっとけ」
今までの俺だったら、透にとってプラスになるアドバイスをした。
このアドバイスは、その逆。
今の透が何を恐れるかとなったら、透ハーレムの瓦解だろう。
酔っ払うことより、現在透ハーレムに残ってる3人とベタベタする方が、
あいつにとっては不安を薄めやすいはず。
なら、そこの繋がりを切ることで、透にダメージを与えられる。
「何もしないをしろ。今は、それがいい。
透って、いつも周りに誰かいるだろ? 時には一人にさせてやることも必要だ。
透のことを思うんだったら、しばらく干渉しないことがベストだ」
「確かに、透って私とか、麻美ちゃんと一緒にいることが多くて、
一人の時間が無さそうなんだよね」
「そういうことだ。たまには離れてみろ。
恋は押すのが重要な時もあるけど、引くのもまた重要な時があるだろ?」
「分かった。少し、距離を置いてみるね」
それらしく理由をつけて、装飾。TPとしての実績から、信じ込ませるのは容易。
こうすれば、狙い通りに事が動く。
お守りをやめるだけではなく、堕としにかかる攻撃もする。
それぐらいのことをしないと、あいつはどこまでも他人に迷惑をかける。
だから、これは当然の報い……の、はずなんだが。
(……何で、胸が痛いんだ?)
本当にそれでいいんだろうかという思いが、心を苛む。
いくらなんでも、お人好しが過ぎるだろ?
あいつが今までしでかしたことを考えれば、少々の悪事ぐらい……!
(そうか、そういうことか)
今までのことを思い出したら、簡単に答えが出た。
とどのつまり、俺は、『悪いこと』をしたくないんだ。
(透はともかく)誰かを傷つけるのは嫌だし、迷惑をかけることはしたくない。
悪口を言い返すのを他人任せにしてたり、後手に回ってたのは、それが理由。
この期に及んで、俺は偽善者でいようとしてやがった。
「でも、透って寂しがりなとこあるんだよね。どれくらいがいいかな?」
「二、三週間ぐらいほっとけば、落ち着くだろ」
「もうちょっと短くてもいいかな? それだと私が耐えられないかも」
やってることはいじめのそれと一緒だし、少なくとも穂積は傷つく。
……だが、それぐらいしなければならない。俺が悪を為さなければ、
透はそう簡単には堕ちていかない。
(……いい加減、腹決めろ!)
脇役はやめる。偽善者である『いい人』もやめる。
悪行は悪行として向き合った上で、俺自身が為す。
これが、最後の再認識だ。
「透のことを思うんだったら、長めにほっといた方がいい。
やれるだけはやってくれ」
「……分かった。怜二くん、透と仲いいもんね。頑張ってみるよ」
すまんな、穂積。俺は思いっきり嘘っぱちを言った。
俺は透を堕とす。それは、悪を為すことと同じだし、被害も出る。
それでも俺は、あいつと決別することを決めたんだ。
(善と悪は、必ずしも正解と不正解を分ける基準ではない)
俺が目指すのは、正義のヒーローじゃない。
神楽坂透を食い殺す、元脇役の藤田怜二だ。