146.焼かれりんご
2階へ移動し、メンズファッション売り場へ。
色々なテナントが並ぶ中、翔が足を止めたのは『BLACK7』という店。
「藤やん、ここでいいよな?」
「あぁ。ブラセ、安い割にいいの多いし」
「それな。で、藤やんはどんな感じのコーデにするつもりだ?」
行く前に普段着を出した時、愕然とした。
俺の持ってる冬物は、白、黒、灰、と無彩色のオンパレード。
あって茶色とか深緑とかがあるぐらいで、明るい色は皆無。
地味な色だから適当に組み合わせれば無難におさまるが、オシャレとは言い難い。
ということで、今回はその逆で行く。
「多少、冒険したい。彩度高めの色をうまく使いたいんだが……」
「なるほど。となるとインナーで攻めた方が良さげだな。
藤やん醤油顔だし、普段のコーデに差し色、っていうのが一番だろ」
身勝手な話だが、翔が来てくれたのはラッキーだったな。ファッションセンスのある奴がいると違う。
何だかんだ常識は弁えてるから、雫にやたらと絡んだりもしないし。
不安がったのは、心のどこかで馬鹿にしてたからかもしれない。馬鹿な考えしたのは俺だ。
翔はチャラ男ではあるが、ちゃらんぽらんではない。考えを改めなければ。
「とりま、適当に選んでみ? 予算なんぼよ?」
「上下で1.5……出して2ってとこ」
「結構あるな。流石ビニコンマスター」
「普段あんま使わないし。今日はオシャレ着買おうと思ってたから」
「うい。それじゃ、俺もその辺で見とくわ」
友人には、本当に恵まれたな。
幼馴染には、全く恵まれなかったが。
良さげな服を選び、更衣室へと入る。
俺なりに冒険はしたが、それでも結果的には無難にまとまってしまった感。
いずれにしても翔が、あと穂積と雫がどう見るかだな。
(こういうとこも、変えてかないと)
雫の変化に追いつく為には、俺もどんどん勝負していかないと。
人間顔じゃないとは言うが、容姿の良し悪しはイメージに直結する。
透はそのおかげで今までゲスさがバレなかったし、雫はそのせいで女神めいた存在になってしまった。
身近な所で具体例を二つも見たら、重要さは否が応でも分かる。
(やらなきゃ、始まらない)
考えるだけじゃ、何も起こらない。行動に起こして、初めて変化がある。
この服だって、雫を惚れさせるつもりで選んだんだ。
結果、見てみようじゃねぇか!
「60点。ダサいって訳じゃねぇが、攻めっけが無さ過ぎていつも通りの藤やんだ」
「怜二くん、もっといいのあると思うよ?」
「悪くはないけど……うーん……」
紺のダウンジャケットに、暗めの赤のセーター。
俺なりに頑張ったが、『俺なり』の範疇に留まってたんだな。
これじゃ、意味がねぇ。
「ただ、その合わせの差し色に赤選んだのは間違ってねぇ。問題は明度と彩度。
派手にしたくないっていう気持ちは分かるけどさ、それだとオッサン臭いぞ?」
「そうか……ビビっちまったな」
「マフラーだったらその色もアリだけど、この組み合わせにインナーなら原色で行ける。
基本的なセンスはあるっぽいし、もっとガンガン攻めてみろよ」
「分かった。鞠と水橋はどう思う?」
「私も翔くんと同じかな。私は明るい色が好きっていうのもあるけど」
「普段と違う藤田君も見てみたいから、今まで選ばなかった服にするといいと思う」
雫の評価さえ高ければよかったんだが、三人とも同じ意見か。
こういうところからも、慎重になり過ぎるという悪い癖が出てしまった。
俺も、殻を破らねぇと。
「顔とかスタイルに違いあるからパクっても意味ないけど、俺のコーデ見てみ。
多少は参考になるからさ」
「頼んだ。勉強させてもらう」
今度は翔が更衣室へ。
学校のファッションリーダーの冬コーデから、俺にも合うところは盗ませてもらおう。
「ほい、こんな感じ」
「おー……」
黒の革ジャンにオレンジを基調とした柄シャツ、そこにジーパン。
組み立て方を理解してる奴の合わせ方だな。流石。
「とりあえず適当に2つ色を決めて、そこに合いそうな色をもう一つ。これが基本だ。
藤やんだとワイルド系は似合わないから、あんまりギラついてないのをベースにして、
そこに派手めのアイテムを一つだけプラス、っていうのがいいだろ」
「何から何まですまんな。勉強になるわ」
「いいってことよ。で、俺として問題なのは女子の評価ですが!」
「カッコいいと思うよ。翔くんに合ってる」
「私も、穂積さんと同じ」
「っしゃ!」
片手ガッツポーズ。そりゃ喜ぶよな。
こういうところだけ見れば、彼女がいてもおかしくないんだが。
「ということで鞠ん、ここからは俺と二人でデートなど」
「今日は四人で歩こうよ。デートは透としたいし」
「ですよねー!」
「お前なぁ……」
神は二物を与えない。ただし、人類全員を平均して。
そんな中で翔は、丁度一人で二物が与えられなかった例として存在している。
ファッションセンスに裏打ちされたルックスあれど、この軽い性格じゃ、ね……
「おやつ、だよね?」
「甘いの苦手なもんで」
小腹が空いてきた頃合で、フードコートでクレープを食べる。
女子二人はストロベリー、雫はトッピングが気になっていたようだが、
以前の全トッピングが大惨事になったことは覚えてるらしく、Wクリームに留まる。
俺はその時と同じブルーベリー。翔は思いっきりおかず系のツナマヨコーン。
「量的にはおやつよ。その気になれば3つは余裕」
「それはもう普通にメシだろ」
「怜二くん、おやつは別腹♪」
「そして、俺の別腹は4つある!」
(……それより多い奴知ってるんだよな)
それとなく、雫の方を見る。……ちょっと、視線を逸らした。
別腹が5つあるとは本人の言。それを知るのは俺だけ。
「でも、太るっていう結果は一緒なんだよね……オーバー500kcal……」
「うまいもんはカロリーが高いんだよ。藤やんも食う方ではあるけど、
大体筋肉に行ってるよな?」
「まぁ、鍛えてはいるから」
「だよな。ということでとりあえず女子お二人は胸筋を……」
「心臓抜きダイエットって知ってるか?」
「臓器は揃えておきたい!」
「あ、もしかして雫ちゃんのお肉がここに集まってるのって」
(ちょっ!?)
翔は仕方ないとして、穂積、ここ乗っかる!?
いきなり爆弾2つかよ!?
「とりあえず、運動するにしたって食ってから。
あとさ、カロリーって量より内訳で見たほういいぞ。
糖質制限とか流行ってるけど、アレ、計算しないと体壊すし」
「何より俺は米を減らすつもりは一切無い!」
「スイーツも基本的に糖だからね。諦められない」
(よし、話題逸れた)
危ない危ない。穂積はセクハラすら笑って返せるタイプと忘れていた。
しかもそれが普通だと思ってるから厄介。これは穂積の数少ない欠点の一つ。
明るすぎるのも、それはそれで問題だ。
「…………あむ」
そして雫。
心の中でだけど、謝る。翔の件は勿論だけど、それより。
(何、恥ずかしくて赤くなってるのも可愛いとか思ってんだ俺は……)
元が白い分、その変化がいじらしくて……ってバカ野郎。
自分の欲望を出すとしても、こんなゲスいとこまではいらん。
雫を大切にしろ、俺。