144.服を買いに行く服はある
ファミレスを後にし、向かうはショッピングセンター。
休日ということもあり、ものすごく賑わってる。
(これだけの客捌くのって大変だよな)
土日にこういった所に行けるのも、土日に働いてる人がいるから。
バイトやってると、相手側の気持ちも分かってくる。
そして自然と、『いい客』であろうとする意識が出てくる。
とはいえ、肩肘張るまではしなくていいけどさ。
「そういや、服って言ってもどこ行くんだ?」
「そりゃ……って、聞いてなかったな。どこ?」
「3階のPinky@Palette。
女の子向けの服しかないから、怜二くんと翔くんからは感想を聞きたい」
「そういうことなら。俺、センスないから翔の方重視しとけよ」
「あん時駅前行かなかったら、怜二が二人を独占してた訳だ。
いやー、何か悪いッスねぇ! 逆にごめんねー!」
「謝る必要はねぇけど、謝る気どこにもねぇだろ」
直接雫に絡みに行くことはそんなにないか。そこは透とは違うとこ。
目下の課題は翔特有のカジュアルな下ネタをうまく流すことか。
それさえどうにかなれば、翔の存在は非常にありがたい。
「今年の冬だと、この辺トレンドになりそうなんだよな。
学校でも行けるブーツを足元とすると、カラー的にはここから……」
早速、解説が始まった。
翔のセンスは誰もが認めるところ。服の情報に関してはサルをも上回る。
「大学は絶対私服で行けるとこ!」と強弁するぐらいにはファッション好きだし、
人に薦める時は自分の好みを混ぜないというのもポイント。
「で、スニーカーにこだわるならボトムスは……って悪い、ウザかったな。
服のことだと、どうも熱くなっちまって」
「ううん。すごく参考になったよ」
「私も。流行とか、あんまり分からないから……」
「二人ともモトがいいんだから自信持てよ。とりあえず好きなの着てみろや。
何選ぶにしても、まずはそっからだろ?」
うーむ、この手の知識は少ないからあまり適当なこと言えんけど、ちょっと疎外感。
出しゃばり過ぎない程度に混ざっておきたい。
「センスもそうだけど、時期的に防寒も大事だよな」
「それな。オシャレは我慢とか言うけど、我慢イコールおしゃれって訳じゃない。
ま、俺的にはこの時期でもスカート2、3回折って頂きたいけど!」
「お前も2、3回折ってやろうか。骨を」
「めんご」
……こういうのを捌く意味でもな。
穂積は気にしてないが、雫は赤くなりながらスカートを押さえてる。
こういう言動さえなければ、翔もやりやすいんだが。
女子二人の服選びを待っている間、俺と翔は近くの店を見ながら待つ。
この周辺はどうも高級店が偏ってるらしく、学生の身分じゃ用はない。
けど、何もせず待ってるよりかは幾分かマシだ。
そして、暇つぶしと言うにはちょっと難しい問題がある。
「時に藤やん」
「何だ?」
「お前さん、どういう裏技使ったんでい?」
「何のことだ?」
「うちのクラスどころか、校内でも五指に入る美女二人も連れてくるとか、
ちょーっとプレイボーイすぎやしやせんかーい?」
相変わらずの、嫌味ではないが下卑た笑みを浮かべながら。
当然、聞かれるだろうな。俺が翔の立場だったとしても聞く。
どう考えたってありえねぇもんな、こんなの。
「裏技なんて使ってねぇよ。ただ誘われただけ」
「およ、向こうからのお誘い? ほー、意外だな。
鞠んは狙い外したんかね。透がクズいってことには気付いてないはずだが。
この前のいいんちょの件だって、料研に行ってたから知らねぇだろうし」
「あの場にいたら、どうなってたんだろうな」
「さぁ? でもいいんちょみたいになるってこたぁないだろ。
藤やんがやらかしたなんて思う奴、鞠ん含めて誰もいねぇよ。
こんな性格イケメンがカンニングなんてする訳がねぇ」
「……翔、どうした? 急に俺のこと褒めて」
「いや、言ってないだけで前からこうは思ってたぞ?
なんつーかさ、藤やんはもっと自信持った方がいいって気がすんだよな。
その為には、こういう美点をきっちり口にした方がいいかもってトコ。
あの時に筆跡鑑定みたいなことしたのも、お前さんを信じてたからだよ」
笑顔から、下卑さが消えた。こうして見るとやっぱりカッコいい顔立ちしてる。
……にしても、俺ってそれなりに評価されてんのか。
今までが今までだから自己肯定感を持つのは難しいが、
こうまで言われたら、それを認めないのはむしろ失礼ってもんだ。
「なんか、ありがとな」
「構わんよ。で、ありがとついでに教えてくれや。どっち好み?」
「確認だが、二人の?」
「モチのロン」
男子高校生らしい話題。
考えてみれば男子と一対一で話す機会は、透を除くとあまりなかった。
その透との交流を可能な限り削っている今はなおのこと。
たまには、こういうことも楽しむか。
「俺は水橋だな」
「マジか。俺鞠ん」
「割れたな」
「いや、これ鞠んで一致すると思ったんだけど」
「何で?」
「どっちも可愛いから割れても不思議じゃないけど、
何と言うかね、水橋はこう……オーラと言いますかね?
俺が隣に立ったら、多分俺、浄化されて消滅するというか……」
「その気持ちは分かる」
俺もそんな気がしていた。今日は女神ではないけど、オーラ一切消してないし。
雫の素を知らなければ、そうもなる。
「とはいえ、水橋は乳でかいし、超絶美人だし、巨乳だし、ファッションセンスもあるし、
巨乳だし、あとおっぱ……」
「同じことを何回言うつもりだ」
「だって高2でアレだぞ!? 流石に古川先輩程じゃねぇけどさ、アレだぞ!?」
「力説せんでいい。……まぁ、気持ちは分かるが」
「だろ!?」
海では水着にならなかったけど、一瞬とはいえそれ以上の姿を見ちゃったし、
何なら(死にかけながら)直接経験もしてるからな。
……余計なことを思い出すな、俺。
「で、藤やんは何で水橋よ? やっぱりおっぱい?」
「それはそこまで重要じゃない。一番は、笑顔。あいつの笑顔って、儚くてさ。
こう、守りたいって思った」
翔にとっての雫は、『学校の女神様』。そこから導き出せるのは、ここぐらい。
素の雫の魅力ならいくらでも語れるが、それはこれからのこと。
陽司辺りならまだしも、他の男子に見せるにはまだ早い。
「笑顔か。……水橋が笑ったとこ、見たことねぇんだけど」
「分かりづらいだけで、結構笑ってると思うぞ。俺の勘違いかもしれんが」
「お、結構観察してたり?」
「そういう訳じゃない。偶然見れただけだ」
相手の認識の範囲外には出ないように。でも、僅かにはみ出るくらいなら。
仮面を脱がせる為には、こうして少しずつ、素の雫のことを話す方がいい。
当然、守備重視にやるべきだから、狙ってやるもんじゃないが。
「でも、分からなくもないな。最近、鞠んと水橋が一緒にメシ食ってたり、
勉強教えてたりするとこ、ちょいちょい見るんだよな」
「確かに」
「4月ん時は誰とも話さねぇし、何考えてるかも分かんなかったけど、案外普通の奴なのか?」
「もしかしたら、そうかもな」
その通りではあるんだが、適度にぼかす。
この分なら、程よい感じに素は出していけそうだな。