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142.妄信の極

どうやら、俺は見誤ったらしい。

いくらなんでも、門倉麻美という女がここまで醜悪だとは、思っていなかった。


「不正なんてしてねぇよ。今回は調子良かったんだ」

「嘘おっしゃい。それとも採点ミスかしら」

「それってどっちのだ? 俺? 門倉?」

「私には無かったからあなたでしょうね。半分ぐらいに落ちるんじゃない?」

「それ、ミスの範囲に収まらないだろ。でもって、こっちにも採点ミスはなかった」

「ならカンニングね。どうやって私の答案を見たの? それとも問題くすねて……」

「いい加減にしろよ。俺が静かな内に立ち去れ」

「はいはい。よかったわね、不正が私にしかバレなくて」

「お前……!」


ふざけてんのか、と言おうとした瞬間。

誰かに、肩を掴まれた。


「怜二。これはどういうことだ?」


割と久しぶりな気がする、元主人公様、神楽坂透。

その手に持っているのは、英単語が書かれた紙切れ。


「……? 言ってる意味が分からん」

「とぼけんな。カンペだろこれ」

「初めて見たわこんなもん。作ろうと思ったこともねぇわ」

「はいはい、やった奴はみんなそう言うんだよ。門倉、連れてこうぜ」

「流石透君ね。友達の汚点をしっかり指摘できるなんて……」


プールの時とは真逆。こいつの全ての基準は透かそれ以外。

あの時のことを覚えていないのか、それとも覚えててやってんのか。

大体、これどこから出てきた?


「……そうだ。藤やん、カグ。ちょっとこの紙に『new』って書いてみろ」


何故か、翔がノートを取り出し、ページを一枚破り取った。

それをさらに二つに破り、俺と透の前に出す。


「別にいいけど……何でだ?」

「ちょっとしたことよ。ちゃちゃっと書いちゃって」

「分かった。……はい」

「ったく、面倒だな」

「どれどれ……あー、やっぱりな。うんうん」


俺と透が書いた英語を見て、一人で頷く翔。

これには一体何の意味があるんだろうか。


「カグ、ちょっとこっち見ろ」

「何だ?」

「うらっ!」

「ブッ!?」


突然、翔が透の頬を(はた)いた。

不意を突かれた透は、そのまま近くにあった机と椅子を巻き込みながら派手に倒れる。

ちょっ、いきなり何をやってんだこいつは!?


「前島君!? あなたは何てことを!」

「それはカグに言ってやれ。これ、見てみ?

 カグが言ってたカンペとやらと、今書いた二人の文字」

「そんなの今はどうでもいいでしょ!」

「良くねぇよ。これの『n』と『w』がポイントだ。

 このカンペに書いてあるアルファベットは、ほとんど一筆書きしてる。

 今二人が書いたのと、比べてみろ」

(あ、そうか!)


翔の狙いが分かった。

こいつは俺の無実を証明する為に、英単語を書かせたんだ。


「藤やんはちゃんと、一画一画丁寧に書いてる。見ての通り、綺麗な字だ。

 で、それに対してカグの字は全部一筆書き。

 そして、それで出来たぐちゃった字は、このカンペとやらとクリソツだ」

「そっ、そんなの藤田君がごまかしたに決まってるじゃない!」

「完全にポカンだったろ。なんならテスト用紙見ればいい。

 ところで透、そのカンペどっから見つけたん?」

「机の中から……」

「待て。これそもそもとして、俺のノートじゃねぇぞ?」


落ち着いてきたところで、気付いた。透が出した紙切れ、罫線の幅が違う。

俺が使っているノートの罫線の幅は、もっと細い。


「俺が使ってるのはコレだ。字、大きく書くとダレて見えるから」

「でもお前の机から出てきたんだぞ! お前のに決まってるじゃねーか!」

「それ、いつ見つけた?」

「今日の昼、お前が購買行ってる間だ!」

「おっと、それなら俺が証言するぜ。怜二が購買に行ったのは確かだが、

 その間、俺は怜二の机の辺りで待ってた。近くにいたのは陽司だけ。

 俺の記憶が確かなら、お前は門倉とメシ食ってて、こっちに来てない」

「秀雅の言う通りだ。……それだとおかしいことになるんだよな。

 透、お前は何を考えてる? まさか偽造したってことはねぇよな?」

「ぐ……」


さらに二人も加勢して、旗色は最悪。下手しなくても捏造の線まで出てきた。

ここまで来れば、どうしようも……




「そんなこと、絶対にありえない!!!!!」




口ごもる透をよそに、門倉が金切り声を上げた。

……この期に及んで、こいつはまだ透を擁護するのか!?


「透君は絶対に間違ってない! ありえない、絶対にありえない!

 全部藤田君が悪い! 藤田君が不正行為をして、私を抜いただけ!

 こんな卑怯な真似だらけのテストなんて、絶対に認めない!

 私と透君が言ってるんだから間違いない! 藤田君が全部悪い!

 あなた達も藤田君に騙されてるだけ! 嘘つきを信じるあなた達も卑怯者!

 そうよ、これは私と透君を陥れる為の罠よ!

 誰なの!? 私と透君を陥れようとした愚か者は誰なの!?」


机をバンバン叩きながら、無茶苦茶なことをのたまい続ける。

いくら何でも異常だ。完全に脳が焼かれてる。


「あ、麻美? ちょっと、落ち着いて……」

「安心して透君、私が、絶対に愚か者を炙り出すから!」

「それは嬉しいんだけどさ、一回落ち着いてから……」

「藤田君じゃ無いなら前島君!? それとも東君!?」


困惑する透が止めに入っても、門倉の暴走は止まらない。

一体、どういうことだ……?




騒ぎを聞きつけて、周りのクラスの連中も集まってきたところで、

透が門倉を強引に連れ出し、一旦、事態は収束した。

腕を引っ張られながらも、「ありえない! 絶対にありえない!」と繰り返す様は、

どこをどうしたって、我儘を通そうとする駄々っ子にしか見えなかった。


「怜二、気にすんなよ? 俺も皆も、お前が不正したなんて思ってない。

 俺、お前より人格者な奴知らねーから」

「右に同じ。藤やんは性格イケメンだからな。

 つーか、元からカンニングするような成績じゃねーし。やるとしたら俺だろ」

「鉄人の眼が保証する。これは透と門倉の狂言だ」

「……あぁ。皆、ありがとな。特に翔、助かった」

「へへっ、ちょっと前に見た探偵漫画が役に立ったぜ♪」


門倉の異常性を感じることは、何度もあった。透絡みなら特に。

それを加味しても、さっきの門倉の発狂ぶりは常軌を逸していた。

理由も論理も何も無く、ただひたすら目の前にある事象を否定し、

無茶苦茶に叫びまくる……不思議と、怒りの感情はあまりない。

恐らく、『気持ち悪い』という感情でマスキングされている為だろう。


「藤やんに成績抜かれたことがそんなにショックだったのかね」

「それはあるかもな。点数自体はいつも通り高かったけど」

「3位になったことは過去にもあるから、順位そのものは関係ないはず。

 そう考えると、怜二に負けたってことが受け入れられないというのが本線。

 十中八九、そういうことだろ」

(それが一つと見ていい。……もう一つ、気になるのは)


透による、カンペのでっち上げ。

調子に乗ってふざけたり、責任を俺に丸投げすることは腐るほどあったが、

俺を陥れようとすることは、無いと思っていた。

勉強会、プール、夏祭りの帰り……と、順番に思い出す中で。


(古川先輩の件か?)


トリガーがあるとすれば、これか。

古川先輩か宇野先輩を狙って、もしくは俺を陥れようとして、

クソみたいな真似をした結果、古川先輩から拒絶された、あの日。

プールでの決別宣言とかもあるけど、あいつが俺に敵意を持ったとして、

その決定打と言えるのは、これしかない。


「プライドが高過ぎるのか、怜二を見くびり過ぎてるのか」

「両方じゃね? あいつ、成績でマウント取るし、透以外は全部有象無象って扱いだし。

 それでもって、受け入れられない事実に直面したら、全部嘘ってことにする。

 はっきり言って、門倉は成績いいだけのバカだ」

「それだ。成績いいだけのバカって丁度いいな。秀雅、ナイスワードセレクト」

「週明けどうなるかだな。俺に対してどういう振る舞いをするのか」

「成績でゴリ押すことはできないし、何しでかすか分からん。

 怜二、何か兆候感じたら相談してくれ。些細なことでもいいから」

「俺も。陽司より頼りがいはないけどさ」

「鉄人はゲームと友達(ダチ)を大切にする。怜二って一人でなんとかしちまうタイプだけど、

 たまには俺らにも、いいカッコさせてくれや」

「分かった。色々とありがとな」


気になることは多々ある。

でも、こいつらが側にいてくれるなら、不安にはならない。

幼馴染は最悪だが、友達には恵まれたもんだ。




「……そんなことが、あったんだ」


バイト上がり、久々の電話。

いつも通りすぐに帰ったから、現場を見ていない雫に、今日のことを話す。


「もうじき文化祭だし、あまり妙な真似されると困るんだが……」

「何事も無かったかのようにしてくれればいいけど、何か企むかな。

 基本的には真面目な人だから、大掛かりなことはしないと思うけど」

「だとは思うがな。あるとしたら透と結託。ただ、透も想定外だったっぽい」

「カンニングでっち上げようとしたんだってね。

 神楽坂君も、怜二君を敵対視したってことかな。躍起になってる」

「色々あったからな、そっち方面も」


俺が怒鳴ることはともかくとして、古川先輩がハーレムから抜ける。

今までなら考えられないことが起きて、焦ってるか、逆ギレしてるか。

いずれにしても、未体験ゾーンに入って不安定な状態にある。

何をしでかすか、分かったもんじゃない。


「ボク、門倉さんって苦手なんだよね。

 穂積さんと話してる時に割り込んできて、一方的に話したりするから……」

「安心しろ。俺もそうだし、得意な奴いねぇよ」


今となっては、門倉より雫の方が圧倒的にコミュ力は高い。

相手の都合や気持ちを考えないというところからすると、

門倉はK(空気)Y(読めない)タイプのコミュ障とさえ言える。

透も似たようなもんだから、ある意味お似合いというか、類友というか。


「それはそうと、怜二君凄いね。点数、最高記録?」

「後にも先にもない点数。これで、全科目満点の先生の面目は保てたかな」

「ボクは大したことしてないよ。怜二君がちゃんと頑張ったから、

 その成果がこうして出ただけ」


こそばゆい。やっぱり俺は褒められ慣れてない。

普通に電話するだけでもそれなりにドキドキするというのに、

この娘はどこまで俺の心拍数を高くすれば気が済むんだろうか。


「礼、させてくれ。何か希望あるなら聞くけど」

「それなら、明日に穂積さんと冬服を買いに行く予定があるんだけど、一緒に来ない?

 怜二君以外の誰かと街に行くのは初めてだから、頼りたいんだけど……」


俺の手助けは、もう殆どいらないと思うんだが。

となれば、受けるかどうかは俺の気持ち一つ。

そして、断る理由はどこにもない。


「向こうの許可取れたらいいぞ」

「ありがとう! それじゃ、決まったら連絡するね」

「了解」


穂積は誰に対しても、分け隔てなく接する。老若男女犬猫なんでも。

多分、普通に許可出るだろうな。

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