140.男子高校生の金銭事情 ~或る学生達のアルバイト~
「休憩入ります」
某大手コンビニチェーンのサブトレーナー。
ランクとしては通常スタッフの2コ上、上から3番目のポジション。
学生バイトの中だと、一応No.2を張っている。
「そこを何とか! 20時まででいいからさ、頼む!」
「俺しかいないんですね? 分かりました、行きます」
「ありがとう!」
レジ打ち、清掃、発注といった基本業務は勿論、バイトを口説くのも俺の役目。
各時間帯に必要な労働力、それに対する人員の過不足等々を緻密に計算して、
業務が円滑に回るようにする為、何とか都合をつけてもらう。
正直、これが一番難しいんだが、時給には全く反映されない仕事。
とはいえ、既に時給はそれなりに貰ってはいるが。
「藤田さん! フライヤーが!」
「どした? ……あー、これか。夜勤に連絡しとく」
新人の指導(という名の尻拭い)も任されている。
今日のトラブルはフライヤーか。どうやらメンテの手順をミスったらしい。
こうなる前に聞いてくれれば面倒にならずに済んだんだが……休憩の打刻訂正しないと。
「申し訳ございません、只今フライヤーが故障しておりまして……」
「えー、チキン食いたかったのに」
「申し訳ございません」
クレームを引き受けるのも大体俺。これはこっちのミスだから仕方ない。
問題は、イカれた客のトチ狂ったクレームをどういなすか、ということだ。
そういった輩は、こっちが何もミスってなくても戯言をほざく。
「タバコ」
「はい、何番の……」
「あぁん? 俺が買うんだから8に決まってんだろが!」
「失礼致しました。こちらで……」
「これ違うじゃねーか! ふざけてんのか!」
「え、8番はこちらの……」
「メビセブの8ミリだボケ! 頭沸いてんのか!」
「しっ、失礼致しました!」
(……はいはい、出ましたよ)
お前のタバコの嗜好なんか知らねぇし、番号聞かれてニコチンの量で答えるとか。
頭沸いてんのはお前だし、脳までヤニに汚染されたんか?
とはいえ、ここまでなら通常対応で……
「こちらが1点で……」
「お前ムカつくからよ、これ慰謝料な」
「お客様!? お支払いを……」
「うるせぇわボケ!」
「痛っ!」
おっと!? これは超えてはならないライン超えやがったな!
窃盗未遂に傷害沙汰になったら、流石にヘコヘコしてらん!
「警察呼べ! お客様、店員への傷害行為と窃盗は犯罪……」
「うるせぇ!」
「おっと」
「うぉっ!?」
殴りかかってくる相手は勢いを利用して、足を引っ掛けてバランスを崩す。
これは柏木にやったのと同じ方法。後は背後を取って羽交い絞め。
バイトでコレ使うのは二度目。後にも先にもあれっきりだと思ってたんだが、
こんなクソジジイが二人もいるとはね。
「店長に連絡。後バック開けて。連れ込むから。
お客様、お騒がせして申し訳ございません」
「お前、こんなことしてただで済むと……」
「こっちのセリフ。はい、裏行こうか」
バックヤードに連れ込み、警察に引き渡して仕事完了。
どうやら他のコンビニでもよくやってる常習犯らしく、感謝された。
ったく、コンビニ店員に無理させんなっての。
――――――――――――――――――――――――――――――
「牛丼の大盛りですね、かしこまりました」
サッカー部の関係で短時間か土日だけだが、飲食店のバイトというのは中々おいしい。
基本時給はそこそこ高いし、何より従業員割引でメシが食える。
特盛ですら300円で釣りが返ってくるんだから、食べ盛りにはありがたい。
筋肉つける為には肉を食う。蛋白質をたっぷり摂らねばな。
「いらっしゃいませー! あ、どうも!」
「あんちゃん、来てやったぞ」
「ありがとうございます! いつもので?」
「おう、頼むわ」
「かしこまりました。アタマ盛り一丁ポテサラセット、豚汁一杯!」
飲食店店員の心得その一。『常連のメニューは覚える』
こういう心がけ一つで、固定客の確保に繋がる。
近くに同じ系統の店があるし、メニュー以外の差別化はこういうところで。
「茅原君、悪いけど休憩後回しでいい? 田村が寝坊したってさっき連絡入って」
「大丈夫ッスよ。2時か2時半ってとこですか?」
「それぐらいだと思っといて。ったく、あいつ最近たるんでんな……」
田村先輩、この前時責者クラスに昇格したけど、それから遅刻が目立つな。
この時間は3人いないと厳しい。店長が無理すればどうにかならんこともないが、
新人もいることを考えると、安定して回す為には俺もいるか。
「牛丼つゆだくー!」
「私もつゆだくー! 茅原君の愛情もこめてー!」
「はいはい、かしこまりました。並盛二丁つゆだく、俺のラブだくだくでー!」
「キャー!」
「焼き豚丼の並とサラダ、あと茅原君!」
「お客さん、俺は非売品なんスよ」
「それじゃ予約だけでも!」
「勘弁して下さいな。メシは美味く作るんで」
「はーい。それじゃよろしくー」
「かしこまりました。豚丼一丁、サラダ一個!」
飲食店店員の心得その二。『若い客のノリには適度にノる』
こういう場では若い客の方が分別ついてるから、適度にノッた方がいい。
オッサンオバハンだと悪ふざけの場合も多いからすぐ流すけど、
学生客の口コミは拡散力が強いから、適度に面白みを持った接客を。
礼儀正しいだけでは、客数アップには繋がらない。
「森本さん、カウンターの補充って分かる?」
「え、いえ……」
「んじゃ教えるな。まず、空いてる席の紅生姜とかの量をチェックして……」
手が空いたら新人の教育。基本的な所からガンガン進める。
戦力になってくれれば、その分俺もラクができるから手を抜かない。
「とまぁ、こんな感じ。分かんないことあったら聞いてくれ」
「……いいんですか?」
「いいも何も、当然だろ。何かあったん?」
「あの……田村さんに質問した時、自分で考えろって……」
……あの野郎。
ふざけたこと抜かしやがって。ランク上だからって傲慢になりすぎだ。
「あの人はそんなんだから気にすんな。いくらでも聞け。
俺は頼られるのが嬉しくて仕方ねぇんだ。
些細なこととか、同じこととかでもいい。不安なら、頼れ」
「……ありがとうございます!」
飲食店店員の心得その三。『新人への指導は丁寧に』
成長に関してもそうだし、店員同士の人間関係を円滑にする為にも。
いい店づくりは、よい人間関係から。
店員が楽しく仕事できないようじゃ、お客様の満足には繋がらない。
生真面目になる必要は無いが、こういうとこもちゃんとしないと、ね。
「茅原さん……私、頑張りますから!」
「おう、頑張れ!」
(……茅原君、また惚れさせたな。この天然たらしが。
でも、そのおかげで活躍してんだよな……田村とランク、入れ替えるか)
お腹減ってきたけど、まだまだ行ける。
ちゃっちゃとまとめて、美味しくメシを食えるようにするか!
――――――――――――――――――――――――――――――
「新作の1泊2日、クーポンご利用で割引入りまして、200円です」
割引セール期間以外のレンタルビデオ店は、基本ヒマ。
時給はほどほどだが、小遣い稼ぎには十分。
「前島、『黄色島の小包』返ってきた?」
「まだッスね。こいつ延滞常習犯クサいッス」
「だよなぁ……出禁も考えるか」
延滞野郎のクレームはこっちに入るからな。
割高料金もらったとしても、俺にはビタ一文入らんから迷惑でしかない。
「整理行きます? 店内あんまり客いませんし」
「んー、そうするか」
「了か……あ?」
……おいおい、何をニヤついてんだこのジジイは?
そのレジの担当は女なのに、思いっきりAVじゃねーか。
先輩をスルーして行ったということは、こいつセクハラ狙ってんな?
「……何泊のご利用ですか?」
「姉ちゃん、俺目が悪くてよぉ……
ちゃんと借りれたか分かんねぇんだよなぁ……」
(……これは)
「だからよぉ……タイトル、読み上げてくんねぇかなぁ……?」
「いえ、こちらをご覧に……」
「見えねぇなぁ。ヒッヒッヒ、読んでくれよ……」
色ボケジジイが。
分かった分かった。お望み通りにしてやるよ。
「かっしこまりましたーっ!」
「なっ!?」
さて、性癖チェックの時間だ!
店内のお客様に伝わるぐらい、はっきり言わせてもらうぜ!
「『団地妻の痴情! 旦那さんの居ぬ間にヤっちゃいました!』がお一つ!
『ガチンコ素人ナンパ 爆乳女子大生 Yちゃん』がお一つ!」
「わーわーわー! しっ、静かにっ!」
「確認なんではっきりさせて頂きます! デラックス4時間、電車で……」
「うわあああああ!」
はい逃げてった! お疲れ様でした!
またのご来店一切お待ちしないんで、くたばりやがって下さいませ!
「パイセン、戻しお願いします!」
「お前何やってんだ!? ナイスではあるけど、客みんな引いてるぞ!?」
「7:3でオッサンにだと思うんで、どうか一つ!」
「ったくよぉ……」
「その……ありがとう」
「いいってことよ。また来るようだったら俺か先輩に回せ」
本当はAVの高校生対応自体、ダメなんだけどね。
狙ってくるようなクズには、これぐらいやっとかないと。
――――――――――――――――――――――――――――――
「プライズコーナー、ナゴミ熊ビッグ獲得出ましたおめでとうございます。
本日新入荷のプライズ続々出ております、ごゆっくりお楽しみ下さいませ」
ゲーセン店員はゲームができない……とも限らない。
筐体メンテを兼ねるということで、勤務中の遊戯が許可されている。勿論自費でだけど。
いくつかあるゲーセンの中、ここをバイト先に選んだのはそういうコト。
(さてさて、ボチボチ休憩だし、何かやろっかなー♪)
最近攻めてなかったから格ゲー? それとも音ゲーのスコア詰めるか。
あー、でもこの時間帯だと込んでるか? んじゃマイナー路線で……
「んっだこの野郎!」
おっと、これは台パン……いや、キックの音か。方向からして麻雀の方だな。
さて、無線を切り替えて。
「はい、五十嵐です」
「こちら東です。五十嵐さん、麻雀コーナーでお客様一名暴れてます」
「了解。どっち? 麻雀戦闘倶楽部? それともMJT4?」
「戦クラの3番です」
「了解。すぐに行く」
俺は怜二や翔と違って、こういう荒事の解決には向いていない。
無能な怠け者は連絡将校向き。余計な手出しはしない。
粛々と、上位役職の方にお願いをする。
「グランドフォーチューンサテライト4、ゴールドジャックポットおめでとうございます。
この後もごゆっくりお楽しみ下さいませ」
自由にプレイできるといえども、こうして仕事があればプレイはできない。
ま、仕方ないよな。好き勝手にゲームをするだけじゃ、鉄人は名乗れない。
人々が楽しくゲームに興じれる環境を作る。それでこそ鉄人なのだよ。
「おにーさーん♪ これ設定緩くならなーい?」
「そうですね、もうちょっと頑張ってもらえません?」
「えー、もう2000円も使ったのにー」
「チケットはいかがですか? 1000円で12回+3回ですし、お得ですよ」
とはいえ、クレーンに関しては原価の4、5倍は落としてもらわないと採算合わんし。
こういう所も楽しくとはならんのだよ。