139.1.5の1.5の75点
休み明け、教室にて。
今日の俺は、ちょっと装いを変えている。
「おはよー」
「おは……え、藤やん?」
「ちょっと、かけてみた」
E:伊達メガネ。
雫の勧めによる、初めての試み。
硝子一枚越しに見える世界は、度が入っていないのでいつも通り。
変わるのは、外から見た俺。
「え……ちょっと、え……?」
「外した方いいか?」
「いや、似合いすぎ。これただのイケメンじゃん」
「そうか? 自分だとよく分かんねぇんだけど」
「ではサルっちの評価を」
「怜二onメガネはルックスA、と……ヤバいな、総合ランクが陽司と並ぶかもしれん」
翔とサルからの評価は高め。これは意外。
新たな可能性に出会わせてくれた雫には、感謝しないと。
「これ、度は入ってないだろ?」
「あぁ。目は悪くなってない。校則的にはセーフだよな?」
「元々あって無いようなもんだし、全然大丈夫だろ。
シンプルなフレームの伊達メガネなら『華美な装飾品』にはならんし。
引っかかったらいいんちょもアウトだろ」
「華美かどうかは、あなたが決めるんじゃないんだけど?」
唯一の懸念、門倉がここで割り込んできた。
これぐらいは大丈夫だろ。折角雫から貸してもらったんだし、
今日一日はつけていたい。
「学校はファッションコンテストの場ではないの。
余計なものを持ち込まないでくれる?」
「いいんちょー? それだとアンタの眼鏡も外さないとアカンのじゃー?」
「これは学業を全うする為の視力矯正器具。おしゃれの為にかけてるんじゃないの。
そんなことすら、いちいち言わないと分からない?」
「知ってるけど、伊達メガネぐらいいいだろ」
「あなたの髪とピアスに比べたらマシという程度で、校則違反よ」
「それっていいんちょが決められることか?」
「全ての校則を遵守している模範生徒である私の基準が誤っているとでも?」
「間違ってるとまでは言わねぇけどさ、ひしゃく定規じゃね?」
「杓子定規と言いたいのかしら。私に楯突くなら、せめて私以上の成績を……」
「それなら、私の言うことは聞く?」
このクラスにおいて唯一、門倉を超える成績を持つ生徒、雫。
ごちゃついているこの場に、颯爽と登場した。
「前に、深沢先輩に聞いた。集中を妨げるものでなければいいって。
藤田君の伊達メガネは、色や形状に問題のあるものじゃない。
集中を妨げるものではないから、問題ない」
「あなたに決める権利は……」
「私も校則は守ってる。成績は、門倉さんより上。
校則の解釈は、会長から聞いた」
「くっ……」
成績でマウントが取れないとなったら、引き下がるしかないと考えたか。
黙りこくったまま、席へと戻っていった。
「水橋ナイス! よく言ってくれたな!」
「前島君は、流石に校則破り過ぎだと思う」
「まぁまぁ気にすんなって! この顔に免じて許してくれ!」
「許せる要素が微塵もないんだが」
俺より顔がいいことは認めるが、そのゲスい笑顔で何が許せるんだよ。
とはいえ、色々言ってくれたのは嬉しいし、雫が来てくれたのは助かった。
それに、まさかゴタついてる場への介入もできるようになっているとは。
着々と、コミュ力の向上を実感させてくれる。
「前島君、もうすぐ中間テストだから、そこで頑張って」
「無茶言うなっての! こちとら日々を精一杯に生きることで忙しいんだ!」
「勉強を精一杯するつもりは?」
「あると思うか?」
「いや全く」
「正解! 藤やんに10ポイント!」
「いらねぇよ」
「100ポイントで俺にメシをおごる権利が……」
「損しかねぇじゃねーか」
翔はどこまでも変わらねぇな。
まぁ、こいつが変に変わっても困るというか、困惑するけどさ。
(そんなに変わってるんかね)
トイレから出て手を洗うついでに、軽く鏡で顔を確認。
印象に残らないモブ顔にメガネ。自分では、変わったとは思えない。
雫に翔、サルからしたら似合ってるらしいが。
良くもなければ悪くもない、中の中の更に中と言うべき、普通の顔。
それなら普通の印象を受けるはずなんだが、隣にいるのが超絶イケメンの透。
プラスのことは透に、そうじゃないことは俺に降りかかる。
中身を重視されることなんて、殆どない。
(が、それも当然)
自分から前に出るということを、俺は殆どしていなかったから。
さっきのことだって、本来なら俺が反論すべき所を、翔と雫に任せきり。
よくよく考えてみれば、成長しなければならないのは雫ではなく、俺。
スペック的には始めからそうだったし、コミュ力関係も今となっては。
「……やる気ねぇのかお前。脇役辞めたんだろ」
鏡の自分に語りかける。答えは当然、返ってこない。
自分で探して、自分で見つけ出すしかないのだから。
問題は山積してるが、今は中間テストで結果を出すことが先決だ。
勿論目指すは満点取って雫に並ぶこと。そうすれば門倉にもナメられなくなる。
無理のある目標ではあるが、MAXを出すことは自分の気持ちがあればできる。
そして、その先の結果が良ければ申し分なしだ。
(やれるだけのことは、やり切るか)
突出したものがないというのが、俺がモテない理由であるのなら、何か作る。
勉強だって、その一つだ。
「えー、これくらいいいじゃーん」
「こんなことは許されないわ。没収よ」
教室に戻ると、門倉は女子とモメていた。
今度は一体何だっていうんだよ。
「そもそも、何で口紅が許されると思ったのかしら」
「いや、これリップだよ? 口紅じゃないって」
「この世のどこに唇を染めることができるリップクリームがあるのかしら。
リップクリームは無色透明なもの。そんなことも分からないの?」
(いや、普通にあるんだが)
見たことないんかな、色つきのリップクリーム。
それにやたら発色するものならまだしも、見た感じ大分薄いピンクってとこ。
これを規制するっていうのもどうなんだ?
(……ちょっと、やってみるか)
さっきの人任せの罪滅ぼし……という訳ではないが、絡んでみるか。
こういう所からも積極性出さないと。
「門倉、自然な範囲ならいいだろ。口紅じゃないんだからさ」
「その伊達メガネで目も頭も悪くなったのかしら。リップクリームは……」
「色つきのリップもある。それに、これはだいぶ発色薄いタイプ。
目くじら立てるほどのものじゃないだろ」
「はいはい、どのみちこれは没収ね。それとあなたのアクセサリーも」
「ちょっ!?」
いきなり伊達メガネを奪いやがった!? これ雫からの借り物だぞ!?
「おい、返せよ!」
「放課後に取りに来なさい。次、持ってきたら処分だからそのつもりで」
「会長は問題ないって言ってたんだろ!? それなら!」
「あなたの成績は私より遥か下。聞くに値しないわ」
「お前……!」
詰め寄ろうとした所で、休み時間終了を告げるチャイムが鳴る。
その瞬間、門倉は皮肉な笑みを浮かべて席へと戻っていった。
(……やらかした)
出しゃばりがマイナスの結果を生む。変革を意識したら、脇役補正が。
どうやら、調子に乗り過ぎたか……
「ごめんな、明日返すわ」
バイト上がり、雫に連絡。
変わろうと思っても、慣れないことは上手く行かない。
意識を変えても補正自体は残っているということをむざむざと感じさせられた。
「それなんだけどさ、あげるよ。ボクからのプレゼントってことで」
「いや、そういう訳にはいかねぇよ。どのみち、もう学校じゃかけられないし」
「今度、ボクと遊びに行く時にかけてよ。評判よかったみたいだし」
「でも……」
「スイーツおごってもらったりしてるんだし、おあいこ」
作りからして、恐らくはメガネ屋ではなく雑貨屋の品。
確かに、そこまでの値段はしないと思うけど、安くはないだろ。
「海に行った時の日焼け止めのお礼、どうしようかなって思ってたんだ。
新品じゃなくて、ボクの使った物だけど……」
(それはむしろ、俺にとっては価値倍付けだ)
「そういうことだから、貰ってよ。お返しとしては微妙だけど」
「……分かった。ありがとな」
「うんうん」
可能性どころか、物まで貰ってしまうとはな。感謝してもしきれない。
この伊達メガネ、大事にしよう。