138.過去も未来も現在(いま)から
食後に出された栗ようかんを食べながら、お茶を啜る。
美味しい食事を頂きながら、色々と有益な話が聞けた。
「ああ見えて、雫は比較的子供っぽいところがある。元はそうだったしな。
君にも、思い当たる節があるだろう」
「それなりには。普段の印象があるんで、年相応って感じますが」
「子供の心は持っとくもんだ。『童心に返って遊ぶ』って言うじゃん?
俺は童心に返らなくても遊ぶけど」
「遊んでばっかじゃねーか」
「週5で働いてんだから土日くらい遊ばせろー!」
「……ごめん」
「いや本気で謝られると困るんだが。真面目だな本当」
呆れ笑いをされながら。
未だにちょいちょいこうなるが、もっと楽にしていいんだろうな。
それにしても、水橋家の人々の特徴が分かったというのは大きい。
見た目は厳ついが、気さくで人格者の父、源治さん。
雫とほぼ同じ容姿で、雫のお茶目要素を2倍にした渚さん。
どちらも『普通』という範囲から逸脱している部分が多々あるが、
間違いなく、素敵な両親。
「思えば、こちらから話してばかりだったな。
怜二君、俺にも聞きたいことがあるなら自由に聞いてくれ」
「分かりました。これは単純な好奇心ですが、お仕事って何されてます?」
「しがない会社員だ。大したことはしていない」
「誰もが知ってる有名企業の敏腕部長、しかも表彰回数ナンバーワンでそれはねーべ。
しがない会社員ってのは俺のことを言うんだよ」
「お前もそれなりに稼いでいるはずだが?」
「虚弱体質のおかげで、信用がイマイチ。そんな大した額稼いでねぇよ」
「そうか。怜二君、君は将来なりたい職とはあるのか?」
「うーん、特に無いですね。進学してから考えようかと」
「それもまた一つだな。学歴含め、能力や実績のある者は、人生の選択肢が広がる」
「キャンパスライフも楽しそうだしな。いやはや、羨ましい限りだ」
「高校出てすぐ働いたって聞いたけど、何で?」
「純粋に早く稼げるようになりたかったから。
元々公務員になるつもりだったんだけど、今だったら民間の方良さげかなって。
出世欲はあんまりねぇけど、キャリアアップがてらの転職も考えてるし」
現役で進学したとして、俺は社会人になるまで5年と少しか。
それだけのモラトリアム貰って、何も考えないっていうのもどうかと思うし、
今の内から、ぼんやりとでも考えておくべきかな。
「大人って楽しいぜ? クソ忙しいけど。
学生には学生の楽しみがあるんだろうけどさ、何より経済力があるから」
「バイトはしてるけど、本格的なのはそこからだからな」
「君はアルバイトをしているのか。良ければ、何のバイトか教えて貰えるか?」
「コンビニの店員です。一応、サブトレーナーやってます」
「肩書きあんのかよ!? え、時給なんぼよ?」
「これプラス、おにぎり一個分ってとこ」
人差し指を一本。
店長がいい人だから頑張ってたら、結構ハイペースでの昇格となった。
「……時給換算にしたら、俺より稼いでねぇか?」
「それはないだろ」
「最近は社員登用制度のあるものもあると聞いているが、そのつもりはあるか?」
「考えてないですね。0とは言いませんけど」
「お前、基本なんでもできるし、就職には困らんだろ」
「だといいけどねぇ」
就活には学歴なり課外活動での実績なり、何かしらアピールポイントがいる。
現状の俺には、明確にアピールできる要素が存在しない。
大体のことはできる自信はあるが、それを言語化して伝えるのが難しい。
コミュ力とか分析力とか、どうにもフワっとした言葉になってしまう。
「雫は、将来の夢って考えてたり?」
「正直分からん。昔は花屋とかケーキ屋とか、何とも女の子らしい夢があったけど、
そういうのって成長するにつれ消えてくものだし」
「君と同じく、進学してから考えるというものかもしれんな。
今の成績なら、この国に存在する大学のほぼ全てに行くことができるだろう」
間違いない。上手くすれば海外の大学にも行けるかもしれん。
進学以外にも、それこそアイドルになって芸能界入りっていうことも十分ありそうだし、
将来の可能性は無限大。
「それに、今は将来の夢を考えるより、今の問題をどうするかって方が大事だろ。
これに関しては怜二に任せときゃ、何とかしてくれるだろうけど」
「もう、俺がやることはあまりない気もするけどな。
ここ最近は、雫自身から動いて、自然と交遊関係広がってるみたいだし」
「その域に至るまでに、君はいくつもの手助けをしてくれただろう」
「雫には、できるだけ笑っていて欲しいんで」
「いいこと言うじゃねーか! 分かってるなお前!」
水面に揺らめく月のような、鏡花水月の微笑み。
大地を照らす太陽のような、天真爛漫な笑顔。
雫の持つ二つの顔を、俺は……俺だけが、知っている。
「今日、この場で、笑えなくなった理由を知りました。
それを完全な過去のものにできるぐらいのことを、与えたいと思います。
今は、与えられっ放しですけどね」
「貰え貰え。お前は雫から褒美を賜る権利を持っているのでござる」
「何を言ってるんだ。だが、君は賞賛に値する男であり、
それに報いる必要があるということについては、全くの同意だ。
これからも、雫を笑顔にさせてくれ」
「えぇ、勿論」
報酬は、雫の笑顔。
それに勝るものなんて、ありやしねぇよ。
「あ、そういえば気になってたことが」
「何だ?」
「雫の誕生日って、いつですか?」
「12月だ。今年は丁度土日だから、出かけたりもできる」
「プレゼント考えとけよ? 俺は今んとこDVDボックスの予定」
それはそうとして、その先にある目標の為の情報も。
幸いなことに、今年はもう過ぎているというオチじゃなかった。
俺は何を贈ろうかね……
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怜二を家に送り、親父と共に家に戻る。
土産も買ったし、たまには俺も飲んでみるかね。
「ただいま」
「おかえり。お風呂、さっき追い焚きが終わったよ」
流石は愛する我が妹。タイミングバッチリ。
文句なしにいい嫁さんになるな、これは。
「お風呂が先? それとも、飲んでから?」
「風呂が先だな。ほら、これは土産だ」
「夜食にお寿司! 最高の贅沢よねー♪」
飲みの席の帰り、親父は必ず助六寿司を買ってくる。
これがまた美味いんだ。油揚げにしっかり味の染みた稲荷、
軽く食べられる細巻きに、具材たっぷりの太巻き。
子供の頃からの楽しみの一つ。
「稲荷1つとかんぴょう巻き2本残せばいいんだよね?」
「あぁ。他は好きに食え」
「太巻きもーらい♪」
「ボクは稲荷もらうね」
「じゃ、俺はかっぱ巻きにするか」
さっぱりと食えるかっぱ巻きの美味いこと美味いこと。
安っぽい寿司No.1とか知ったこっちゃねぇよ。
「ところで、怜二君と何を話したの?」
「まぁ色々と。口外しない約束したから、詳しくは言えんが」
「そっか。……お兄ちゃん、変な迷惑かけてないよね?」
「しとらんしとらん」
「信用できないからなぁ……」
そう言われるとは思ったよ。お兄ちゃん、とっても悲しい。
「今度は女友達呼ぶか?」
「うん。穂積さんに八乙女さん、古川先輩も呼びたい」
「クリスマスパーティーとかやってみたいわね。今の内に何用意するか考えないと」
怜二、感謝するぜ。
雫の繋がりは、こんなにも増えた。