137.女神様が、天使だった頃
「ぶっちゃけバレてるよな?」
唐突に、海が口にした。
バレてる? 何が……あ、そういうことか。
「海、俺は聞かないと言った筈だ。
高校生という段階は、その辺りの自己判断が十分にできるものだろう」
「んなこと言う時点で気付いてんじゃん?」
「渚にも言ったが、人の色恋沙汰には……」
「およ? 俺まだ何にも言ってないんだけど、何で色恋沙汰の話になるのかにゃー?」
「……くっ」
トラップに引っかかった源治さんに、煽る海。うん、知ってた。
俺は雫のことが好きであり、その意味は友達としてという意味では全く無いこと。
この土日でまるっと知られただろ。
「……俺は、聞かんぞ」
「俺はもう聞いたぜ。信じないならそれでもいいけど」
(……どうすっかな)
何をするべきか、もしくは言うべきか迷うが、気持ちは割と落ち着いている。
おかげでこの美食の味が不明瞭になるといったことにはなっていない。
場数踏んだ故の落ち着きなのか、ただのマイペースか、はたまた一周回ったか。
自分のことなのに、原因がよく分からん。
「怜二なら上等だろ? 何か欠点あるんだったら言ってみろや」
「パッとしないというのは欠点じゃね?」
「お前のそれは万能とかオールラウンダーと呼ぶんだ。自信持てっての」
「自信持ってたら、変わったのかな」
「変わっただろうよ。現に今、変わってるだろ?」
「君の過去がどうなのかは知らんが、雫から話を聞く限りは色々あったらしいな」
「えぇ、色々とありました」
「で、今のお前は相当に信頼できる人間だと、俺は思ってる。
ということで親父、あの件話さねぇか?」
「……そうだな。俺も、話そうと思っていたところだ。
怜二君。これから話すことは俺の独り言だ。聞き流して構わん」
「はい、どうぞ」
それはフリってヤツですね。絶対に聞き流したらダメなヤツ。
何の話かは分かりませんが、しっかりとインプットさせて頂きますよ。
「実の所を言うと、雫が変わった原因に心当たりはあるんだ。
雫は中学生の頃、愛の告白を受けたことが2回ある」
(……ほう)
ないこともないだろうな。『恋』が何か分からなくても、告白されることはある。
今となってはイメージがイメージで高嶺の花過ぎて、狙う人間は俺と透ぐらいだが、
そうなる前なら、あっても不思議じゃない。
「最初は特に親交の無い人間から告白されたらしく、断った。
それだけなら普通のことだが……問題は二回目。相手は、教師だった」
「えっ……」
教師が生徒に告白……?
逆ならまだしも、そんな無茶苦茶な真似する教師なんて、初めて聞いたぞ。
しかも、それが中学生の頃ってことは……中学生相手に……?
「後から分かったことだが、その教師は最初に告白した男の親と懇意にしていたらしい。
息子はともかく、親が余計な手を回したらしくてな。
雫に嫌がらせじみたことをしていたが、それが愛に変質したようだ」
「生徒の意思ガン無視の、汚ねぇ大人共のいざこざに巻き込まれたってことよ。
しかもその先公、ロリコンの気があったらしくてな。
ストーカーになるのも時間の問題だったから、一家総出でカチコミした」
「実際は話し合いだがな。……解決するのがあと一日遅ければ、
手が出ていたかもしれないが」
「それで、何とかクビにさせたんだけど……ちと、風評被害がね」
「もしかして、今の雫の学校でのイメージって」
「それが起因ないし遠因ってとこ。色々と噂、流されてたっぽい。
その中で雫が聞いたのが、何でもできる完璧超人っていう話。
無視してればいいのに、変なところで真面目っていうのが出ちゃって、
後はまぁ、今に至るというか」
「……そうか」
何一つとして悪いことしてねぇのに、一番被害を受け、今も尾を引いている。
……どこにでもいるもんだな。とことんまでクズい外道って。
「こじれた理由の一つに、その教師は外面だけはよかったというのがある。
今では信じられないが、人気教師の一人だったらしくてな」
「生徒も教師も、何人か狙ってたっぽい。
そのせいで嫉妬がね。下んねぇ噂流されたのもその所為。
雫の能力をやたら上に見積もって、無理難題押し付けたり。
それで潰すつもりだったんだろうけど、本当にどうにかしちまったから、
どの面下げてりゃいいんだってことになって、腫れ物扱いよ。
今、雫がこうなってる原因を具体的に挙げろってなったら、コレしかねぇ」
予想外のことが起きた時、それを未知なる物が原因とすることは多い。
それを自然なものにする為に、人類が発明したのが『神』だ。
自分の知の及ばない存在を別世界に置くことで、未知の不安から離れる。
ただの……と言うには少し語弊がある気がしないでもないが、
ただの人間でしかない雫が、女神様となってしまった理由は、ここにあったのか。
「だから、今の君の存在が本当にありがたい。
俺と渚もできる限りのことをしているが、できるのは家でだけだ。
今の雫が一番求めているのは、家以外で素の振る舞いができる場所。
そして、高校生である雫は、日中の殆どの時間を学校で過ごしている。
つまり、学校での雫に手助けができる存在が必要なんだ。
親として恥ずかしい真似だが……君を、頼りにしている」
(………………)
ここで俺が謙遜するのは、違う気がする。
「そんなことないですよ」とか言ったら、頼りにならない存在を頼りにしているという、
源治さんには見る目が無いと言ってるのも同じだ。
だから、少し自惚れよう。
「俺を頼りにしてくれて、ありがとうございます。
その信頼に報いてみせますよ。必ず、雫を幸せにさせますから」
「……娘を、頼んだ」
涙を零しながら、精一杯に表情筋を動かし、笑顔を作る。
源治さん、あなたの容姿も雫に受け継がれてますよ。その素敵な笑顔に関しては、ね。
「エンダァーイヤァー」
「何歌ってんだ?」
「いやこれ完全に結婚の挨拶に来た場め……」
「違ぇよ!?」
……渚さんのお茶目成分は、息子にも娘にも受け継がれたらしい。