135.朝食→昼食→おやつ→晩餐
源治さんの車は、普通の軽自動車だった。
ただ、手入れが行き届いている故か、どことなく重厚さを感じる。
助手席に海が乗ったから、俺は後部座席か。
「寒かったら暖房をつけるが、大丈夫か?」
「大丈夫です」
「親父、俺は寒いから頼む。いいか、怜二?」
「分かった」
扉のロックをかけて、シートベルトを締める。
辺りはまだ、左程暗くなってはいない。
「連れ出してすまんな。こういう機会でも無いと、話せんこともあるんだ」
「構いませんよ。というより、俺も色々と話してみたかったんで」
「怜二の適応力の高さには助けられるな。
初対面だと、親父の職業から説明しないとならんことも多々あるからよ」
「平凡な市井の人間なのだがな。人は見た目で判断するものではないが、
俺ぐらいじゃ仕方ない」
分かります。凄く分かりますよ。
容姿によるハロー効果であらゆる道理を捻じ曲げてきた奴と幼馴染だったんで。
人は見た目じゃないんですよね。ただ、恋愛における容姿戦争から降りるつもりはないんで、
スキンケアに早寝早起き、トレンドの研究等々欠かしてませんが。
「俺の顔を見て物怖じしなかったのは、渚ぐらいなものだな。
多感な時期とはいえ、怖がられるのではなく惚れられるとは思わなかった」
「お袋がおかしいってのは今に始まったことじゃないだろ。な、怜二?」
「同意を求められても困るんだが」
「認めてくれて構わんぞ。というより、そうでなかったらそれもまた問題だ」
般若面の中身は、気のいいおじさんって感じなんだけどな。
人間性は顔に出るって言われるけど、例外ありすぎだろ。
「……あの、ドレスコードとか大丈夫ですか?」
「問題ない。事前に話は通してある」
色艶からして、上等な木材を使ったということが一目で分かる看板。
そこに行書体で彫られている文字は『割烹 空蝉』
連れてこられたのは、まさかまさかの高級料亭。
俺、思いっきりカジュアルなジャケットにジーパンなんですけど。
「安心しろ。俺もこんなだし」
「ではあるけどよ……」
海もトレーナーにチノパンと、カジュアルさではどっこいどっこい。
だからといって、許されるとは思えない。
けど、来てしまった以上はこの暖簾をくぐることになるんだが……
「一応言っておくけど、親父のおごりだから安心しろ」
「助かる。今財布持ってねぇし、立て替えるにしても……」
「いやマジで払うつもりだったのかよ」
「食事の誘いで客人に金を支払わせる真似はせんよ。
そんな真似をしたら、俺の生涯の汚点になる」
てっきりファミレスにでも行くものだと思ってたから焦った。
ご馳走してもらえるのかなとは思ったけど、場所がまさか過ぎる。
「いらっしゃいませ」
「例の部屋を頼む」
「かしこまりました」
これは、相当に通い詰めていると見た。
たったこれだけで話が進むとは。
「さて、怜二君。今日話すことは他言無用でお願いしたい。
そして、俺も今日話したことを誰かに言うつもりは一切ない。
これは海も同じだ」
「つまり、俺と親父は今日、怜二に色々なことを伝えたいし、
怜二に色々なことを聞いてみたいって訳よ。
男三人、秘密の飲み会ってことでヨロシク」
「そういうことなら、俺も色々聞かせてもらおうか」
ある程度予想していた。
わざわざこういうところに連れてこられたんだし、そういうことだろうな、と。
内容は多分、雫関連のことだろう。全く別の話の可能性もあるが。
何にせよ、とことん真面目な話をすることになりそうだ。
通されたのは、8畳ほどの小ざっぱりとした和室。
高級感はあるが、木を中心とした天然色の暖かみのおかげで、居心地は悪くない。
とはいえ、俺の場違い感は拭えんが。
「怜二君、食べ物のアレルギーはあるか?」
「いえ、特にありません」
「そうか。それなら、問題ないな」
お品書きは、達筆過ぎて読めなかった。
それでも高級なことだけは分かる。水の一杯ですら値がつきそうで怖い。
けど、まさか聞く訳にもいかないしな。……考えないようにしよう。
このお話から有益なものを生み出すことで、返せれば。
「作法といったことは気にしないようにな。もっとも、君なら心配ないが」
「なるべくは、不作法な振る舞いにならないように気をつけます」
「家でもここでも下座を選ぶ人間が不作法というのは、
俺にはちょっと考えにくいな」
「そういうこった。咎められるとしたら俺だっての」
「お前は、多少は怜二君を見習って礼儀を正せ」
「うい。つーことで楽にしろ、怜二」
「……ありがとう」
席の選び方を気をつけたのは正解だったらしい。
それに、緊張をほぐしてくれるのはありがたい。
少し落ち着いた。気楽に行こう。
「ところで怜二。お前の友達ってどんな奴多いんだ? あ、透抜きでな」
「気のいい奴多いから、楽しくつるんでる。あと透はもう友達じゃねぇ」
「だとは思ったけど、一応聞いただけだ。で、その内訳は?」
「内外共にイケメンのサッカー部、男子高校生らしい男子高校生、
ゲーマー、情報通が各一名ずつ。俺はその中のモブだ」
「モブが俺の妹とこんな親密になれるかよ、このこの!」
「俺も何でか分かんねぇよ」
事の始まりは勘違いと買い被り。そして、思いがけない思われ方。
数度のトラブルを乗り越えて、いつの間にかお家にお呼ばれ。
脇役を辞めると決意できたのは勿論、プラスの変化がいくつも、いくつも。
(……幸せだな)
もう、十分満足してる。
だけど、まだ道半ば。最終目標はその先にある。
それだけは、絶対に忘れない。
「さて、まもなく食事も運ばれてくる。少しだけ空腹を堪えてくれ」
「はい」
「空腹は最高の調味料ってな」
俗物的な期待もしてる。こんなとこでメシを食えるなんて、二度とないだろ。
いくらしたのかは後で調べるとして、しっかり味わわせて頂こう。
……本当に、いくらしたんだろう。
数千円か、数万円か。いずれにしても、返しきれるだろうか。