133.幕合間
昨日やったテスト勉強の再確認が終わった頃、ノックの音が。
入室を促す雫の声の後、入ってきたのは。
「申ノ刻の両親!」
ケーキが乗った皿片手にピースサインしている渚さんと、視線をそらしながら指を一本立てている源治さん。
……どういうこっちゃ?
「怜二君。立ててる指の数が時間で、ほら、親が二人だから……」
「……あ、なるほど」
『申ノ刻の親2』か。分かりづらいわ。
この分見ると、多分これやる為だけに源治さん連れてきたな。
「お母さん、忘れた頃にやるのやめない? 今日は怜二君も来てるんだし……」
「だからこそよ!」
「……付き合ってしまう俺も俺なんだがな」
「ささ、二人とも休憩、休憩」
言われるがままにノートを片付け、ケーキとコーヒー(雫には紅茶)が置かれる。
クリームが黄色なのは栗か、さつまいも辺りが入ってるからだろうか。
でもって、上には秋らしい果物各種がたっぷりと。
相当に豪華だな……こんなもてなし受けられるなんて、ありがたい。
「秋の新作を焼いてみました。感想、お願いね♪」
「え、これも手作りですか!?」
「勿論。これも胃袋を掴む為の一つよ♪」
どう見ても店売りだろ!? こんなの、穂積ですら作れるか怪しいぞ!?
ハイスペックの系譜も繋がってるんだな……それじゃ、折角だし頂くか。
「頂きます。……ん、美味しいです。間の梨が丁度いい感じで」
「お目が高い! そこは本当にこだわったのよ。
色々試したんだけど、これくらいかなって」
雫も美味しそうに……あれ、何故かむくれてる。
別に味は悪くないはずなんだが。
「……悔しいなぁ。余計なことするのに、これはちゃんと美味しいんだもん」
「ごめんね。おまけのコンポートもあるから、それで何とか」
「貰う」
昨日のこともあったし、素直に喜べないってとこか。
そういうことなら、複雑な気持ちになるのも分かる。……でも。
「……美味しい」
ほんの僅かに、頬が緩んでる。
スイーツ効果もそうだけど、根っこから嫌ってるってことはないだろ。
好きの反対は無関心って言うし、嫌ってたらもっと険悪になってる。
面倒だけど、嫌いじゃない。そんなとこか。
「勉強の調子は良さそうだな」
「おかげ様で。楽しくやらせてもらってます」
「頭の良さは源治さん譲りなのよね。私は全然だったから」
「学問はともかく、地頭という意味ではお前譲りだろう。
俺は昔からどうも、頭が固くていかん」
「二人とも、怜二君の前でそういうこと言うの止めてもらえない?」
愛されてるな、雫。兄貴の海もシスコンだし。
透と違ってそれで増長することがないから、見ていて楽しい。
(けど、なるべく顔に出さないようにしないと)
雫が困惑してる所に、追い討ちをかけるようなことはしない。
俺はコーヒーを飲むことで、緩む口元を隠した。
暗記物も出そうな所は一通り終わり、勉強が終了。
ということで、夕食までは自由時間ということになったのだが。
「ほら見て、カッコいい!」
「そうか?」
何故か俺は、雫の変装グッズの一つの伊達メガネをかけられた。
初めて遊びに行ったときにかけていた、フレーム太めの黒縁スクエア。
「アンダーリムよりはこれかな。こっちの方がアクセントになるし。
色も……うん、黒が一番合ってる」
メガネだけでもそこそこの種類があったが、結果的には最初にかけたものに戻った。
着せ替え人形にされたみたいで、若干恥ずかしい。
「もしかしたらって思ったけど、やっぱり怜二君、伊達メガネかけた方いいよ!
知的でクールな感じになって、すごく似合ってる」
「俺にはイマイチ分からないんだが……」
「それならさ、これ貸すから明日はこれかけて学校行ってみてよ。絶対反応変わるから」
「……そこまで言うなら、やってみるか」
知的でクールねぇ。単純に一重瞼らしい薄い目なだけだと思うんだが。
視力はずっと1.5か2.0だから、眼鏡をかけるということは今まで無かったし、
伊達メガネというのにも興味は無かった。
(けど、これなら話は変わってくる)
少なくとも雫にとっては、メガネをかけた俺の方がカッコよく見えるらしい。
それなら伊達メガネデビュー、してみるか。
「そういえばさ、最近の神楽坂君ってどうなってる?
古川先輩から聞いたんだけど、様子がおかしいって」
漫画を読みながら、適当に雑談。程よく会話が弾む中、雫が透の名前を出す。
その理由は知っている。言ってもいいが、言う必要もない。
どうすっかな……ちょっと、ぼかすか。
「古川先輩の件で、色々あったろ? その時にちょっとな。
あいつは今、先輩から距離置かれてる」
あの日の後、何事も無かったかのように文芸部に顔は出してるらしいが、
門前払いを食らっているみたいだ。
どうやら経過観察には深沢会長も協力しているらしく、この前文芸部に行こうとしたら、
部室から透がつまみ出されている所を目撃した。
「そっか。……それを機に、縁を切った方がいいと思う。
古川先輩は、自分の力だけで立ち上がろうとしてるんだし、もう誰かに依存する必要はない。
助けがいるとしても、神楽坂君じゃ何にもならない」
透は今、明確に堕ちつつある。にも関わらず、当人の振る舞いは一切変わっていない。
このままほっておけば、適当に転がり落ちてフェードアウト。
主人公のいなくなった舞台なら、脇役が代役を務めるということも無くは無い。
どうあれ、俺はもう脇役を辞めたけど。
「古川先輩には、幸せになって欲しい。頑張ろうとしてる人は、報われるべきだから。
怜二君だってそう。……答え、保留してるけどさ」
(………………)
透と違って、雫は俺が告白したという事実を真正面から受け止めている。
保留しているというところは同じでも、向き合い方は全く違う。
だから、俺はどんな答えだって受け入れるけど、願わくば。
最高の答えが聞けるようになる為に、できる限りのことをしよう。
後悔だけは、したくないんだ。