132.元は勉強会だし
午前中は水橋家と俺でテレビゲームをやり倒した。
その後昼食を頂き、俺は雫に招かれて部屋へ。
テスト勉強は十分にしたが、更に暗記物を進めるということで、
お互いに問題を出し合うことになった。
「『previous』」
「えっと……『前の』、か?」
「正解」
「じゃ……『expand』」
「『拡大する』」
「正解」
英語だけは透に負けることがあるが、今回は勝てそう。
というか、どの教科もかなりの点数が期待できる気がする。
成績一つでどうにかなるものではないが、雫の隣に並ぶ男になるとなったら、
その辺もきっちり詰めていかなければならないだろう。
「うん、単語は問題なし。後は熟語を間違えなければ、だね」
「むしろそっちが本チャンだな。色々面倒だから」
「例文作ってみると覚えやすいよ。インパクト強い感じの」
「インパクトねぇ……例えば?」
「適当にお題貰える?」
「分かった。『in charge of』」
「『担当する』か。えーっと……」
英熟語は、英語の中では苦手な部類に入る。
和訳する分には問題ないが、英訳の場合は若干不安が残る。
さて、雫はここからどういう例文を作るのか。
「『I'm in charge of the Ministry of Finance』、とかどうかな?」
「……何を担当した?」
「財務省」
「規模!」
確かにインパクトが凄まじい!
ただ、肝心な部分が覚えられなさそうなんだけど!?
「文としては破綻しちゃってもいいんだよ。覚えればいいんだし」
「にしたって何で財務省だよ?」
「官僚じゃなくて省庁が担当制になるって、インパクト強いでしょ?」
「それはそうだけど……」
「じゃ、この感じで色々作ってみよっか」
かなり独特な暗記法だが、記憶に強く残ると言うのは確か。
一応、やるだけやってみるか。
「『After all, Saru is fool』」
「結局、猿は……え、『monkey』じゃないの?」
「猿じゃなくてサルだ。岡地の方」
「あ、なるほど……っていうのも失礼か」
「大丈夫だ。たまにはまともなこと言うけども、大体はどこかでオチがついてるから」
「そうなんだ。これ、友達と関連付けてみるのもいいかもね。
困った時に思い出せば、何かしら出てくるから」
意外と、この暗記法は有効かも。
まず、例文を作るのが楽しい。暗記できているかどうかはこれからだが、
勉強をしてるっていう感じがしないから、いくらでもできる。
「やっぱりある程度特徴ある奴と合わせるのがいいな。
それこそサルとか、透とか。俺からだと何にも引っ張れない」
「そうかな? 『Reiji is calm rather than cruel』とか、
結構ありそうだけど」
「……最後のが分からんな。どういう意味?」
「『怜二君は冷酷ではなく、冷静です』」
「いや、ここしばらくの俺は結構酷いぞ?」
「ボクにはそう思えない。だから、勝手にさせてもらうよ♪」
「まぁ……いいけど」
ちょくちょく、ドキドキさせられる。
雫はもう、俺の気持ちに気付いているから、今まで通りにはいかないと思っていた。
けど、振る舞いは一切変わっていない。
(……『What do you think about the fact that I love you?
』)
疑問詞Whatから始まる関係代名詞構文。
覚える為の例文は、今の所はこれで決まりだ。
「テスト終わったら、どっか行かない?
今までスイーツ奢って貰ってるし、今度のご飯代はボクが出すからさ」
「いや、気にすんな。見栄張らせてくれよ」
順調に昇進したおかげで、そこそこ高い時給でバイトしてるから、貯金は結構ある。
卒業までは働くつもりだし、金銭面の心配はあまりない。
「ボクもアルバイトした方がいいのかな」
「今の成績維持しながらだと厳し……いや、雫ならイケるか」
「どうだろう。勉強時間減らして、今のままでいられるかは微妙」
今でこそ分かったが、雫の本質は秀才型。特に学問の分野だと。
努力に裏打ちされた実力と才能が呼応した結果が今。
未だに何でもできる天才だと思われているが、それは日々の努力あってこそ。
その真実を知る人間は少ない。
「やりたいかやりたくないかで決めていいと思うぞ。雫なら、両立できるだろうし」
「考えてみるね。とりあえず、今は中間テストで結果出さなきゃ」
「だな。いい結果出してこそ、思いっきり遊べる」
「うん、真理だと思うな」
うまい具合に、約束を取り付けることができた。そうと決まれば、頑張らなくちゃな。
才能の無い奴が雫の隣に立とうってんなら、数倍の努力が必要なんだ。
「受験意識したらさ、皆からどう見られるかっていうのもそうだけど、
この成績維持してた方がいいなって」
「だな。雫は大学、どうする予定?」
「ピンと来るところがないんだよね。モラトリアム進学になるけど、
とりあえずできるだけ上位のとこを目指そうと思う」
「俺もほぼ同じだ。志望大学のレベルは全然違うだろうけど」
「夏休みに模試あったよね? どうだった?」
「ちょっと上がったくらいだな。第一志望で何とかB判出たから、これから次第。
雫は……どこに出してもA判か」
「今の所は、ね」
卒業までに決着がつくにしろ、つかないにしろ、同じ大学に行きたい。
雫は上がりようがないから現状維持で十分だけど、俺はそうはいかない。
極まり極まるとこまで、成績を上げなければ。
「キャンパスライフは楽しそうだけど、友達できるかな……?」
「大学デビューとか、どうだ?」
「……正直、怖い」
「雫が目指すレベルの大学なら、知ってる奴とか殆ど来ないと思うけど」
「えっと……自覚あんまりないんだけど、ボクって色々ズレてるんだよね?
そこ考えると、不安で……」
(ようやく分かってくれたか)
この子は本当に危なっかしい。
庇護欲そそられる所も、俺が惚れた理由なんだよな。
ただ、過干渉にならないように注意しないと。