13.TP is 便利
そろそろ帰ろうと思った頃、土砂降りの雨。
通り雨っぽいし、適当に時間潰せば晴れるかと思い、訪れたのは図書室。
特に何も考えてはいなかったけど、居ました。
「あ……えっと……藤田、くん?」
「えぇ、藤田です」
黒髪文学少女、古川先輩。
何とか、という感じではあるが、俺の名前も知っていたらしい。
ところで、目の前にある大量の本は何だろうか。
いかに本の虫の古川先輩といえども、これ全部借りたってことは無いだろうし。
他にあるのは……あぁ、なるほど。
「新刊ですか?」
「うん」
「これを一人で?」
「図書委員の皆、用事があるって」
新しく入荷した本に貸し出しカードを入れる作業。
たぶん、押し付けられたんだろうな。普通に考えて一人でやる量じゃねぇ。
「手伝いますよ」
「えっ……いいの?」
「雨が上がるまでで良ければ。貼り付けるだけですよね?」
「うん。……お願い、するね」
「かしこまりました」
時間を潰すには丁度いい。
こういう単純作業、嫌いじゃないしね。
「藤田くんは、どんな本が好き?」
「お恥ずかしい話、漫画しか読まないもので。
特にコレっていうこだわりも無いんですよね」
「そっか」
「先輩は?」
「私は、漫画はあんまり読まないんだ。
登場人物とか、風景の映像を文から思い浮かべるのが好きだから。
挿絵も無い方がいいし、できれば、表紙もこういうのがいい」
そう言って見せたのは、本のタイトルだけが記載された文庫本。
なるほど、イラストによる情報はカットしたいと。
そういう考え方もあるんですね。
「同じ物語でも、読む人によって解釈はいくらでも分かれる。
現実が辛くても、本があればもう一つ世界が開ける。
透くんは、この楽しみを私と共有してくれたんだ」
繋がりはそこからだったんですか。
あれ、でも透ってこういう本読む奴だったか?
「気持ち悪がられても、本があればいいって思ってた。
だけど、今は透くんっていう、本と同じくらい大切な人ができた。
時々、思うんだ。私なんかがこんなに幸せでいいのかなって」
自己評価低いんだな、先輩。
あなた、結構人気あるんですよ?
「自分を卑下する必要は無いですって。いいじゃないですか、幸せなら。
俺、透の幼馴染なんで、何かあったら言って下さい。
今日みたいに手伝って欲しいことあるとか、そういうのでもいいですから」
「……うん。分かった」
透。誰を選ぶにしても、真摯に向き合えよ。
お前が思っている以上に、お前は愛されてるんだ。
「あ、この本透くん向きかも……」
髪の隙間から見える横顔は、なるほど美人。
ある程度切るか、ピンで上げるかすればいいと思うんですがね。
モブが言ってもしゃーないし、その辺は透に任せるか。
「せんぱーーーーーーーーーーい!!!!!」
「透ならいないぞ」
「なんと!」
今日は古川先輩の方に行ったっぽい。
そして八乙女よ、お前はいい加減戸を労われ。
「ところで怜太先輩、お時間ありますか!」
「ないこともないが」
「ちょっと来て下さい!」
手首を掴み。
「そりゃあああああああああああああああ!!!!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!」
人の手首を掴んだまま走るんじゃねぇ!
そして本当に速ぇな! お前の靴は加速装置かなんか積んでんのか!?
「この中にあるハードルを出すの手伝ってください!」
「その前に言うことあるだろ」
「…………?」
倉庫前。お手伝いのお願い。
そして、この顔は門倉みたいな嫌味ではない。純粋に分からないという顔。
……悪い子ではないんだけどなぁ。
「まぁいい。何個出すんだ?」
「3個から120個くらいあるそうです! 全部出しましょう!」
「……一回聞きに行ってこい」
「分かりました!」
アバウト極まりない。
割とマジで大丈夫なのかこいつは。
倉庫の奥の方にしまわれていたハードルを抱え、マットに乗り、ボール入れを避ける。
ちょっとした障害物レースみたいな感じ。
「怜太先輩! そこからならコレで飛べば3歩です!」
「無茶言うな」
このサイズのハードル抱えながら屋内棒高跳びできるのはお前だけだ。
誰もがお前みたいな体力バカだと思うな。
「お前、ハードル走やるの?」
「たまになら! 跳んだことはありませんけど!」
「……お前、まさか」
「全部破壊して走ります!」
「せめて倒すだけであれ!」
盛ってるとは思うよ!? けどこいつの場合やりかねん!
中学の時もほぼこんな感じだったからねこの子!
「走るのって気持ちいいですよね!」
「体動かすのはそこそこ好きだけど」
「透先輩もだそうです! 先輩、いつでもカッコいいですけど、
走ってる時の先輩が一番カッコいいです!」
透がねぇ。
記憶が確かならあいつ、体育の時間は流す感じでやってたけど。
「怜太先輩も部活やりませんか!?」
「バイトあるから。そっちに力入れたい」
「お仕事でしたか! 走ったりします!?」
「コンビニ店員が走り回ってるとこ、見たことあるか?」
「食べ逃げ追いかけたり!」
「ないから。そして普通『食い逃げ』だろ」
どんだけこいつは走るのが好きなんだよ。
走ること関連にポイント振りすぎだろ。
けど、これだけ何かに一生懸命になれるっていうのは、ちょっと羨ましい。
俺、全力を尽くして何かやるっていう経験無いし。
やるとしたら多分、今の『水橋雫を彼女にする』が初めてになるかもしれない。
そして、それも未だ、全力尽くして何かやったという実績はない。
「出し終わりましたね! ありがとうございます、怜太先輩!」
あぁうん、いいよもう。お前にとっての俺は怜太先輩で。
こいつが底抜けに明るいのは、打ち込めるモノがあるからなんだろうか。
俺も八乙女みたいになれば、何か変わるんだろうか。
(キャラじゃねぇな)
変わるとしても、突然変異みたいな変わり方は必要ない。
少しずつでいいんだ。少しずつで。
(どっちだろうか)
古川先輩と、八乙女。
透ハーレム所属で、学年の違う二人。
透との接点がどこにあるのか分からなかったが、この二日で判明した。
ちと、違和感がある。
本にしろ、陸上にしろ、透の趣味には無かったはず。
となると。
(二人がハーレムに入ったのは、偶然ではなく、透が意図的に……?)
あいつなら、何もしなくても好かれる可能性はある。
けど、接点0じゃどうしようもねぇ。
透。お前は誰とどうなるのが狙いなんだ。
いくら主人公補正かかってるからって、鈍感・難聴まではいらんぞ。