12.起点は教室に
思いの外、水橋とその周りのやつらとの距離は遠かった。
それが判明した今、次はどうするべきか。
「おはよー水橋! 今日も読書ー? たまには話しよーぜー♪」
「………………」
透よ。お前はいい加減諦めろ。
水橋はお前の主人公補正が通用しない、例外なんだよ。
「透、おはようっ!」
「おはよう。鞠はいつも元気だな」
「元気で明るいことが、私の取り柄だから!」
「可愛い顔して何言ってんだよ」
「えへへ♪」
(……ここか?)
とっかかりが要る。
水橋自身、他人と関わることが怖いっていう気持ちあるっぽいし、
この間みたいに俺が出しゃばってやらかすことは論外。
考えてみたら、小さなことから始めると同時に、近くから始めるべきじゃ?
そういうことで考えると、適任がいるじゃねーか。
「雫ちゃん、おはようっ!」
人類皆友達系少女、穂積鞠。
ここがベストだろう。水橋のイメージ改革の踏み出し先は。
「雫ちゃんっていつも本読んでるよね。私に合いそうな本ってある?」
「たぶん、無い」
「そっかー。残念」
「じゃ、俺に合いそうなのは?」
「無いと思う」
「そこを何とか! 何でもいいから!」
表情からは読み取れないが、雰囲気的にイラついてるだろ。
何で分からないかな、この主人公様は。
透だけ引き剥がしたい。こいつが絡むとただ面倒。
穂積と1-1で会話できるようになれば、まず一歩となりそうだけど。
(その為には、水橋からアプローチした方がいいな)
穂積はだいたい透の近くにいるが、一時的になら離せなくもない。
水橋の背中押して、チャレンジさせてみるか。
『これでいい?』
『おう。合ってる』
『初めて使ったけど、既読って出るんだね』
意図せず水橋のメルアドと、SNSのIDを入手した。
学校でも隠密に連絡取れる手段として、水橋からの提案で。
その内こっちから持ちかけようと思ったけど、これは僥倖。
『穂積のこと、どう思ってる?』
ここで聞いてみよう。
あの性格だから、悪い印象は持ってないと願いたい。
『距離、近い子だなって』
『というと?』
『どう接したらいいか、分からない』
……そっちかー。
まぁ、分からなくはない。
穂積には、パーソナルスペースという概念が無い。
けど、それが『土足で上がりこむ』と例えられない何かを、穂積は持ってる。
いつもの笑顔だとか、明るさとか、その辺が絡んでるんだろうか。
不思議と、あいつはどんな相手にも近づけるし、誰にとっても近づきやすい。
『適当に会話するだけで大丈夫。あいつは誰に対してもあんな感じ』
『何、話せばいいかな』
少女マンガの話とか、と打ちかけてから思い出す。
今の水橋が、俺以外に素性を出せるだろうか。
出しても問題はないと思うが、この前の件もある。
穂積に対しては問題ないと思うが、あいつは交友関係が広い。
下手に広まった場合、今貼られてるレッテルとごっちゃになって、
事態がややこしくなる可能性も。
(無いとは思うけど……)
俺が失う物は、ほとんどない。
だが、水橋はそうじゃない。
既に一度失敗してるんだ。これ以上のミスは許されねぇ。
なら、まずは。
『会話がキツいなら、とりあえず挨拶からどうだ? 水橋から先に』
『ボクから、穂積さんに?』
『水橋の方が登校早いだろ? まずはそこから初めてみようぜ。
小さなことから、一つずつさ』
『うん、分かった。やってみる』
必要以上に小さくしすぎた気もするが、それぐらいで丁度いい。
脇役はぐいぐい引っ張るんじゃなくて、ささやかな手助けをするのが役目。
TPではなく、『水橋の脇役』としての働きは、こういう形がベストのはず。
(こちとら10年近く、主人公様の脇役やってきてんだよ)
裏方仕事なら任せとけ。
これだけは、他の誰にも負けない。
早めに登校して、不自然にならない程度に水橋の近くへ。
おあつらえ向きに、透は門倉の方に意識が向いている。
戸が開いて……穂積が来た。
挨拶するだけだ、流石にこれ以上にレベルは落とせん。
頼んだぞ、水橋!
「……あっ」
ちゃんと気づいた。
読書しながらも、入り口に意識を向けろと言っておいたのは正解だった。
よし、そのまま!
「……さん……ょぅ」
「おはよっ、雫ちゃん!」
口は動いてたけど、ちゃんとした発声の確認はできない。
穂積はいつも通り。少なくとも前みたいなことにはなってないが。
確認取ってみるか、と思ったら。
『出来たよ!』
SNSより連絡。
本人としては、できたらしい。
うん、確かにギリギリ分かるくらいには、表情緩んでる。
『色々言いたいことあるけど、とりあえず今晩、電話する』
文にするのは結構疲れる。
口頭で伝えさせてもらうか。
「『出来たよ!』じゃねーよ! この低いハードルを何でくぐりに行った!」
「ひどい!?」
アレは成功というカテゴリに入らない。
下手しなくても穂積に聞こえてないだろあんなん!
「これなら行けると思ってたんだが」
「ボクとしては10年分くらいの勇気、振り絞ったんだけど……」
「嘘だと言ってくれ。いや、嘘ってことにする」
「ボクの意思は!?」
穂積が相手で、難易度激低のミッション。
それすらも満足に出来ないとは、思ってなかった。
こいつ、結構こじらせてるぞ……
「とりあえず、これの繰り返しからだ。きちんとできるまでは続けろ」
「うーん……でも……」
「ちゃんと出来たらスイーツバイキングおごってや」
「頑張る!」
食い気味に。意外と単純な子だった。
なんだろう、水橋が普通じゃないっていうのは本当かもしれん。
今まで思っていたのとは別方向で。