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117.冷えたし潰れた

「はぁ、はぁ、はぁ……あー……」

「楽しかったー♪」


アテレコ地獄が(少なくとも体感的には)しばらく続いた後、やっと解放された。

涙やら何やら出しながら、死を覚悟するほど笑ったのは初めてだ。

水橋は大満足のようだが、素直に喜べん。


「ごめんごめん、藤田君が笑い転げてるのが楽しくって」

「勉強よりずっと疲れたわ……はぁ……」


他人ん家のベッドに思いっきり寝転がるのはダメだと分かっているが、

今の俺には起き上がる体力も残っていない。

時間的にはそろそろ夕食だが、どれだけ回復できるだろうか。


「疲れたなら足ツボでも押す? 笑いのツボに入って疲れたんだったら、

 ツボ繋がりで効果高いかもよ?」

「お前……この期に及んでまだ笑わせるつもりか……?」

「違うよ。今日は勉強、お疲れ様」


ぐにぐにと足のツボを押される。あ、普通に気持ちいい。

いい感じに疲れも抜けてく。


「どう? 小さい頃、お父さんとお母さんによくやってたんだ」

「親父さんとお袋さん、幸せもんだな……」

「気に入ってくれたみたいで、よかった」


水橋の距離感は、これからの関係構築においての懸念材料の一つ。

でも、今はこの気持ちよさと幸せを享受しよう。




「雫ー、怜くーん、源治さん来たわよー」


一階から渚さんの声が聞こえる。

いよいよ、水橋父がどんな人か分かるのか。

どうあれ落ち着いていよう。今更じたばたしても仕方ない。

泊まりが決まった時に、腹はくくった。


「じゃ、行こっか。料理は期待していいよ。

 お母さん、お父さんと結婚する為にものすごく練習したらしくて。

 ボクが言うのもなんだけど、料理上手だから」

「ありがたく、頂こうか」


不安と期待、それぞれが半々。だが、嫌なドキドキではない。

心の奥底で、ふつふつと湧き上がるものを感じる。

会ってみたいという気持ちがあるからだろうか。

理由は色々ある。水橋の友人として、挨拶をしておきたいということもあるし、

ある種の怖いもの見たさのような、好奇心でもある。


「一応、もう一回言っておくね。お父さん、顔は怖いけど優しいから。

 あんまり怖がらないでもらえると嬉しい」

「安心しろ。人間の本当の怖さは、顔に出るもんじゃねぇんだ」


人間の恐ろしさ、もしくは醜悪さが一番分かりやすい奴の側に居たからな。

それに比べたら、ちょっと顔が怖いくらいどうってことねぇよ。




「……君が、藤田君か」


前言撤回。超怖い。

いやいや、何だコレ。いや水橋の父親ってことは分かってるけどさ、この大男は何だ。

縦にも横にもデケェ。目測で180、190……2m行ってね?


「話は、雫からよく聞いている……」


顔は……般若と鬼のお面を粉々に砕いて混ぜ合わせた後、醤油に漬け込んだような感じ。

予想を遥かに超えた恐ろしい形相で、うまく形容する言葉が見つからない。

特筆すべきは2、3人どころか、町の1つか2つ分くらいの数殺しているような眼光。

一応の覚悟はしたから目線は合わせてるけど、俺の精神力を褒めたいぐらいにはキツい。

……まずは、ちゃんと挨拶しなければ。畏怖の念を礼を失した言い訳にしてはならない。


「初めまして。藤田怜二と申します」


特に何もやましいことはして……ないこともない。

夏休みの終わり頃にしたデート的なこととか、バレたらどえらいことになる。

けど、堂々としていれば問題ないはずだ。落ち着け俺。


「………………フッ」

(……?)


鼻で笑われた?

口角は上がってるけど、目は一切笑っていない。

これは……どっちだ? 正の感情か、負の感情か……


「渚。今日の飯は何だ?」

「今日は怜君も来てるから、お鍋にしました♪」

「そうか」


俺があだ名で呼ばれていることを知っても、特に何の反応もない。

一つの懸念だったんだが、これはセーフらしい。


「……君は」

(ッ!)


話しかけられた。

一体、何を聞かれるんだ……?


「……はい」

「鍋は、好きか?」

「え……はい。鍋は、好きです」

「そうか……何鍋が好きだ?」

「そう、ですね……強いて言うなら、モツ鍋ですかね」

「そうか……」


……普通だな。物凄く、普通のことを聞かれた。

やっぱり、人は見た目で判断したらダメだな。水橋の言う通り、顔は怖いけど……!?


「藤田君……」


何で、こっちにゆっくりと近づいて来るんですか!?

うわ、手、握られた。俺、何か粗相を……?


「俺も、同じだ」


さっきと同じ、目の笑ってない笑顔。

えーっと……この場合に返すべき言葉は……


「おいしいですよね、モツ鍋」

「あぁ」


よし、間違ってはいない。……間違ってはいないよな?

まだどういう人か掴みかねてるから、あまり迂闊な行動はできんが……


「二人には悪いけど、今日は普通に寄せ鍋。

 けど、たっぷり用意してあるから、好きなだけ食べて頂戴。

 特に怜君。遠慮なんかしたりしたらタダじゃおかないよ。

 君はお客さんなんだから、思いっきり食べてもらわなきゃ」

「……美味しく、頂きます」


そうだった。渚さんのブッ込みもかわさないといけないんだった。

単体ならまだしも、夫婦で来ると難易度が跳ね上がる。


(大丈夫、俺は脇役を辞めた藤田怜二だ!)


自分を鼓舞し、ゆっくりと深呼吸。

心配するな、やることは友人の家族と食卓を囲むだけだ。

思いっきり楽しもう。

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