116.一泊二日三人から
それなりに遅い時間にはなったが、泊まりを考えるほどの時間ではない。
というか、十分に遅い時間になったとしても、泊まるつもりなんてない。
「明日、何か予定あったりする?」
「特に無いですけど……」
「それならいいじゃない! 私、泊まってもらいたいなー♪」
何故か、歓迎の姿勢であるらしい。
といっても、迷惑をかける訳には……
「むしろ迷惑してるのは怜君でしょ? 私は気にしないで。
というか、もう許可取っちゃった♪」
「なっ!? ……え、許可?」
当たり前のように心を読んで来るなこの人は!
で、許可って……まさか。
「さっき海にお願いして、親御さんからお泊りの許可頂いてきたの。
これ、下着と洗面用具ね」
「海!?」
「……すまん、怜二。実は今日、お前を泊めることは最初から決めていた。
だから、雫もお前を引き止めたんだ」
(父親は関わってないけど)一家総出で俺を泊めにかかってたのかよ。
一体、何故……?
「理由、教えてもらえるか」
「車の中で話したのとほぼ同じ。ただ、俺も雫も泊まってもらいたいと思ってる。
雫は友達を家に誘うっていうのが夢だったし、俺もお前と色々話をしてみたい。
……悪いけど、頼まれてくれねぇか?」
こんなことになるなんて、全く想定していなかった。
渚さん、突拍子も無さ過ぎるだろ……時間帯考えると、許可出したのは母さんか。
「分かりました。今日はお世話になります」
「はい、お泊りけってーい♪」
後で連絡取ろう。何で許可を出したのか。
ただ、俺にとっては迷惑どころか、むしろ嬉しい。
休日に水橋と一緒にいる時間が長くなって、嬉しくならない訳がねぇよ。
泊まることが決まり、夕食までは水橋の部屋で過ごすことになった。
「ごめんね、このこと黙ってて……」
「いや、俺は別にいいんだけど、本当に泊まっていいのか?」
「うん。お母さんが言い出したのは事実だけど、お泊り会みたいなことしたかったんだ。
穂積さんや八乙女さん、古川先輩も誘ってみたいけど、まずは藤田君かなって」
「何で?」
「いつものボクが出せるのは藤田君だけだし、一番安心できるから」
俺を頼ってくれたのはありがたいけど、性別の違いを意識してくれ。
お前はどこまで危なっかしいんだよ。
「分かった。ところで、親父さんはこのこと知ってるのか?」
「伝わってる……と思う。でも、確証はないかな。お母さん、サプライズ好きだから」
「うん、それは凄くよく分かる」
口にはしないけど、水橋自身にもそこそこ遺伝してるし。
親父さんはどんな人なんだろ。見た目と性格は殆ど母親譲りみたいだけど、
何かしら遺伝はしてるはずだし。
「水橋の親父さんって、どんな人?」
「顔は怖いけど、優しくて、あったかいお父さん。
藤田君のことも話してるけど、印象はいいはずだよ」
顔が怖い、か。それに物怖じしないでいられるかが勝負だな。
初対面の相手に対しては、真摯にあることが大切だ。
「それじゃ、ご飯までどうしよっか。漫画読む?」
「そう……だな。色々読ませてくれ」
「分かった。ボクのおすすめは……」
会うまでは想像を膨らませつつも、この時間を楽しもう。
女子の、それも水橋の部屋に入れるなんて、滅多なことじゃねぇしな。
水橋に勧められた漫画を、ゆっくりと読む。
これは夏祭りで水橋が憑依したキャラが出てくる漫画。
確かに、ほぼ完全にコピーしてる。
「こういう甘々なお話が大好きなんだ」
「成る程ねぇ……」
相変わらず、水橋は隣。そして近い。
こういった距離感のおかしさが、水橋の危なっかしい部分であり、
俺が思いがけなく水橋と仲良くなれた理由。
俺にとっては嬉しいが、水橋の今後を考えるとどうにも気がかり。
誰も彼もが、この距離感を同じように感じるとは限らないんだ。
『だからくっついて歩くなと言ってんだろ!』
『何か問題でも?』
『勘違いされるだろ?』
『私とあなたの関係を考えれば、勘違いというものは成立しない』
『……もういいよ、お前はそのままで』
水橋と被るな、この漫画のキャラ。口調だけ変えたら行動はほぼ一緒。
確かに、これだけ似てるなら憑依もしやすい。
俺はここまでぶっきらぼうにはなれないな。確実に顔が緩む。
「いいよね、この二人……お互いに通じ合ってるみたいで」
「そうだな」
「……ウソついた?」
「……すまん」
一方通行な愛情だと思っていたことを見透かされた。
渚さんのエスパー能力も、部分的に受け継いでるのかもな……
「ねこまるとの出会いは、ボクが小学生の頃。誕生日プレゼントで貰ったんだ。
で、その時のねこまるがこれ。海の家にも持っていきたかったけど、
このサイズだから詰められなくて」
「もう数年経ってるのか。にしては綺麗だな」
「寝る時抱いてるから汚れやすいんだけど、その分洗濯回数も多いから、
色落ちはしてるけど綺麗なんだよ」
水橋の部屋の各所に点在する謎キャラ、『ねこまる』。
気になったから、こいつについての話を聞いてみた。
羨ましいな、水橋と毎晩同じベッドで寝れるとか。
「ちなみに、干すとこんな感……あははっ!」
「ふふっ……!」
ぐにょーんと、妙にムカつくジト目をこっちに向けながら伸びるねこまる。
つままれるだけでこんなことになるのか。
「これだけはいつ見ても笑っちゃうんだよね」
「完全に不意打ち。これは卑怯だって」
「『フジタクン、ボクッテオモシロイ?』」
「うっはっはっは!」
アテレコすんじゃねぇよ! 顔隠すようにしてるから水橋自身が言ってるようにも見えるし!
ちょ、ヤバい、これ完全にツボに入って……
「『ボクハミズハシネコマル。シズクチャンノダイニケイタイナノダー』」
「っ、ひっ、っ、っ!」
呼吸が、呼吸ができん! 破壊力高過ぎる!
ダメだこれ、面白可愛いすぎて死ぬ!