114.コトノハ
「なぁ水橋。この本棚かなりデカいけど、何冊位あるんだ?」
「何冊かな……数えてるわけでもないから、ボクも具体的には分かんないや。
でも、多分漫画だけでも200冊ぐらいはあるんじゃないかな?」
「200!?」
「勉強忙しいから、ほぼ手をつけてないのもあるけど。
後で中古で買えばいいのに、お兄ちゃんがどんどん買ってくるから……」
水橋は多分、バイトはやっていない。
時間的にもそうだが、経済的にもこれだけの漫画を買うのは難しいはず。
揃えられた理由は海さんか。シスコンだとは知ってたけど、こういうとこでもか。
「今はそれなりに落ち着いてるし、授業にもついていけてるから、
暇を見ながらちょっとずつ読み進めてる」
「ほぉ……そういやさ、俺が初めて水橋に電話かけたときに言ってた、
一人称が『ボク』で、等身大に振舞ってるキャラが出る漫画ってどれ?」
「これ。良かったら読む?」
デフォルメ感はあまりないが、少女漫画っぽさはそれなりにある表紙。
中身は気になるが、今は勉強会の途中だ。
「読んだら止まらなくなりそうだから、今はやめとく」
「そっか。藤田君って真面目だね」
「それくらいじゃないと、成績の維持ができないもんで」
「それじゃ、ボクも微力ながら手伝わせてもらおうかな」
微力どころか、相当な力添えを貰ってるよ。
こんなにやる気を維持したまま、かつ効率よく勉強できる方法・状況はない。
真面目に勉強する気にもなるってもんだ。
「こうやって傍線引いて、選択肢と比較していけばいいよ。
明らかに違うのが2個はあるから、2択か3択まで絞れる」
「え、そんな単純に……できるな、うん」
「現代文の評論はやりやすいよ。小説だとひねくれたのも出るけど」
俺は得意教科も苦手教科もないが、強いて言うなら国語に少し苦手意識がある。
点数自体は他教科とあまり変わり無いが、毎回時間ギリギリまでかかる。
そこで、現代文の勉強をしたいと言った所、水橋がいつも使っているという
現代文を解くテクニックを教えてもらえた。
「書いてあることそのまま読めばいいから、意外とラクなんだよね。
小説だとそうもならないのが難しいけど」
「要領いいな……」
「そうでもないよ。中学生の頃は、小説の問題が全然ダメで。
書いてないことなのに、余計なことまで考えちゃうんだよね。
ボクの考えじゃなくて、先生や教科書作った人の考えと同じものが正解だから、
その辺割り切れるようになってからは、点数取りやすくなったけど」
「そういうとこあるよな。結局、問題作った奴次第だ。
作者にお伺い立ててる訳でもないだろうし、主観には変わりねぇよ」
「それが分かるまで、結構時間かかったんだよね。だからボクは要領よくない。
きっと、それが今までにも表れてるんだと思う」
何もかもができるようになってしまった結果、孤立したこと。
周りの勝手なイメージなんてどうでもいいのに、それを真に受けて、
イメージのままの自分になる為、仮面を被ったこと。
そういうことを、言っているんだろう。
「……じゃ、今度は古文頼むわ。古語は暗記してるけど、
助詞系はちょっと不安だからさ」
「分かった。それじゃ、こういう文が出て来た時は……」
話題変えよう。
地雷があると分かっていて、わざわざ踏みに行く趣味はねぇんだ。
「うん、後は暗記モノだけだね。こればっかりはボクは何もできないや」
「本当にありがとな。これで残りの期間は暗記モノに集中できる」
「よかったら、ボクの単語帳使う?」
「いや、そしたら水橋が勉強できないだろ」
「昨日覚えちゃったから、もう使いそうにないんだよね」
「……頂く」
努力だけじゃ超えられない壁の向こう側に、水橋は立っている。
素の水橋を知っていると、それを時々忘れてしまう。
俺にとっては、ハイスペックであることよりも可愛いことの方が強く残ってるし。
「俺、全然役に立てなくてごめんな。教えてもらってばっかで」
「藤田君。授業受けるより、誰かに教える方が勉強になるって知ってる?
藤田君が来てくれたおかげで、ボクの勉強にもなってる。
だから、藤田君はとっても役に立ってるよ」
「……そっか」
「それに、藤田君は真剣に勉強してくれるから、教えがいもあるし。
これが神楽坂君だったりしたら、こうはならないからね。
……ボク、今でもあの時の勉強会のこと覚えてるから」
1学期の期末テスト前、6人でやった勉強会のことだろう。
透は水橋にちょっかいを出すことに終始……とまでは行かずとも、
勉強の為の勉強会ではないということが明らかに分かるくらいには、
勉強以外のことに精を出していた。
ただ、勉強以外のことが中心になっていたという点では、俺も同じ。
透から水橋を守り、場の空気を読んで、適切な行動を取る。
そうすることによって、勉強会が円滑に進むようにする。
そして何より……
「水橋のおかげで、俺はあの時に覚悟決めたんだっけ。
具体的に行動し始めたのはもっと後になるけど」
「藤田君。今だとどう思ってる?」
「色々あるな。感謝もあるし、申し訳なさもある。
一番は……『助けられた』かな。あの時の俺は、感覚が麻痺してた。
水橋がいなかったら、少なくとも卒業までは透のお守りしてただろうな」
「本当に、どこまでもいい人なんだから……」
俺は俺の為に生きる。そんな当たり前のことを忘れていた。
それを思い出させてくれたのは、水橋。
だから、俺は俺の意思でもって、水橋の願いを叶える為に、全力を尽くす。
これはお守りじゃねぇ。俺の望みだ。