113.Room
コンコン、とノックの音が鳴り、水橋の母親が入室。
お盆にはお菓子と取り皿にコップ、そしてマグカップが。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「怜君、雫にマグカップありがとうね。この子、もう毎日使ってるから」
「お母さん、また勝手にあだ名つけたの? ……藤田君、ごめんね」
「いや、好きに呼んで貰って構わないから」
「公認頂きました♪ 私は『渚さん』か『ナギちゃん』のどっちかでお願いね♪」
「……では、渚さんで」
「了かーい♪」
「お母さん……」
若い人だな、本当。
それを自然に見せてしまう位の容姿はあるけどさ。
「それじゃ、後は若い二人に任せて……あ、そうそう怜君」
「何ですか?」
「私、しばらく出かけてるから。あと、うちは防音バッチリだから安心して」
「お母さん!?」
「じゃ、ごゆっくり♪」
自分の娘と同い年の男を上がらせるという時点でどうかと思うのに、
何で更に含みを持たせるんだこの人は。
「あーもう……何でうちのお母さんはいつもこうなんだろ……」
頭を抱えてる。
肉親だから耐性があるかと思ったが、流石に水橋にも堪えるものがあるらしい。
渚さん、あなたは人を何だと思ってるんですか。
「本当にごめんね。それじゃ続きやろう」
「うん、そうだな……あと、ありがとな。マグカップ使ってくれて」
「藤田君からの折角のプレゼントだもん。大切に使ってるよ。
あの日から寝る前にホットミルク飲むのが習慣になって。
そうするようにしてから、寝つきがよくなったんだよね」
「そうなのか」
「元から寝つきはいい方だったけど、本当に凄くて。
ベッドに入って、気付いたら朝ってこともしばしば」
「……大丈夫なのか? 別の原因疑うべきだと思うんだが」
「そうかな? この前なんかホットミルク飲んでたらいつの間にか朝に……」
「一回そのカップ検査に出せ」
「冗談だよ」
「あのなぁ……」
間違いない。水橋にもきっちり遺伝してる。この流れるようなボケ、まず間違いなく母親譲りだ。
水橋の父親がどんな人かにもよるけど、多分水橋は母親に似た。
そうじゃないと、色々と説明がつかない。
「ふー……結構行ったね。休憩しよっか」
透の企みによって行うこととなった勉強会と違い、これは勉強目的の勉強会。
渚さんには別の狙いがあったが、水橋自身にはそういった意図は無い。
そして俺も仕方なく開催した訳ではなく、(下心がないこともないが)折角の機会に乗じた形。
しかも成績上位同士の1対1の勉強会だから、凄い勢いで進んでいく。
休憩取るほどの時間はかかっていないが、テキストはかなり進んだ。
「ティッシュか何かあるか? 取り皿に敷くもの」
「はい。でも気にしなくていいよ、どのみち洗うし」
「いや、気になるからさ」
些細なことでも、負担を軽減するのは大事。
こういう所のマナーはきちんとしておきたい。
「……あ、おしぼりと台ふきんないや。ちょっと待ってね、取ってくる」
「ん、頼んだ」
スっと立ち上がり、部屋を出る水橋。やっぱり綺麗だよな。
均整が取れているだけではなく、出るとこ出てるアンバランスさもあり、
そこから醸し出される色香は正に、この世の奇跡。
そんな女神様の部屋に招かれ、同じ空気を吸っているというこの状況はもっと奇跡。
何で、こんなことが起きたんだろうかねぇ……
(渚さんには、感謝しないとな)
理由はどうあれ、あの茶目っ気がこの幸運を招いてくれたんだ。
パステルカラーに彩られた、この空間に。
(……お)
何となく視線を向かわせた先には、壁に吊るされたコルクボード。
深緑の外枠に囲われた中に飾られているのは、俺と水橋が映ったプリクラ5枚。
コルクボードがあるから飾る、と言っていたが、それは本当だった。
俺も大切に保管はしているが……うわ、すげぇ嬉しい。
(この部屋、色々あるな)
漁るわけにもいかないから、座ったまま視線をあちこちに。
本棚にある大量の漫画本の中には、水橋の憑依先のキャラが出てる作品があるはず。
あと、素の水橋の最大の特徴である『ボク』という一人称を使うキャラも。
どんなストーリーでどんなキャラなのか、割と気になる。
その一方で、純文学の本もそれなりにある。全体の割合からすると少ないが、
冊数自体はそこそこある。その中に、古川先輩との会話の種になったものがあった。
イメージ保持の為の読書が、古川先輩とのコミュニケーションツールとなったのだから、
何がどこで役立つか、分からないものだ。
(でもって、これが例の)
様々な大きさに区切られたスペースの棚にあるファンシーグッズ。
そこにちょいちょいいるのが、水橋の寵愛を一身に受けるぶさかわ猫、『ねこまる』。
この前分かったが、公式名称であるらしい。
(そして、こっちにも)
何よりも目を惹くのはベッド周辺。
大小さまざまなぬいぐるみに囲まれたベッドは、最早おとぎ話の世界。
やっぱり多いのはねこまるのぬいぐるみ。そのウザい顔と目が合った。
何だコラ。水橋に愛されてるからって調子こいてんじゃねーぞコラ。
(……って、何無機物に嫉妬してんだよ俺は)
「ただいまー」
自分の器の小ささに呆れたと同時に、水橋が戻ってきた。
今日の目的は勉強だろ。集中しろ俺。