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110.一人目の離脱

何もかもを自分が悪いと思い込み、透のやらかしを背負い込んできた古川先輩が、

初めて、透のやらかしを指摘した。


「う……」

「いじめられてたってこともそうだけど、何で宇野先輩に限定した?

 誰がどうこうってのは、まだ表沙汰になってなかったはずだが」


自分は何もしない一方で、その収穫だけを得ようとした報い。

完全なる矛盾までどうにかしてくれる程、主人公補正は強くない。

主人公らしさが無くなっている真っ最中の透なら、尚更だ。


「ま、まぁいいじゃないですかそんなことは! よかったですね!

 俺も頑張った甲斐がありましたよ!」

「うん、よかった。けど、透くんは何を頑張ったの?

 私がお願いしなかったのもあるけど……何で知ってて、何もしてくれなかったの?」

「えぇっと……あ、色々と準備したんですよ! な、怜二?」

「何一つとしてしてねぇだろが。透、お前はいい加減俺の手柄だけ取ろうとするのはやめろ。

 俺はもうやめたんだ。誰がやり遂げたかなんてどうでもいいってことにするのは。

 これは俺の手柄、そして陽司と水橋の手柄だ」


こいつに手柄は渡さない。つけあがらせない。

今まで振り回されてきたのは、こいつをつけあがらせた報い。

俺は今、その贖罪の真っ最中だ。いつまでも堕ち続けるお前とは違うんだよ。


「ハァ? 何言ってんだこの偽善者が。自分の手柄って堂々言うとか……

 恩着せがましいとか思わねぇのか?」

「お前、さっき自分で言ったことも忘れたか? お前も堂々手柄にしようとしただろが。

 しかも何もやってねぇ癖して。偽善者ですらねぇ、ただの盗っ人だ」

「んだと!?」


激昂した透が、俺に掴みかかった瞬間。


「透くん。私は透くんを信じたい。だから、しばらく来ないでもらえないかな」

「えっ!?」


古川先輩の言葉に、透は目を見開いた。

俺の胸倉を掴んでいた手を離し、古川先輩に詰め寄る。


「どういうことですか!?」

「今の透くんは、自分を見失ってる。

 自分の言ってることも、藤田くんの言ってることもよく分からなくなってる。

 私は、透くんが好き。私の世界を広げてくれた透くんを信じたい」

「それなら……」

「だからこそ、今は会いたくない。今の透くんは、透くんじゃない。

 ……お願いだから、今すぐ出てって!」


透の目を見つめて、勢いのまま。

はっきりとした拒絶の意思を、古川先輩が口にした。


「……先輩。あなたがそんな人だとは思いませんでした。

 ま、今ならいいですよね。俺がいなくてもそこの偽善者がいますし!」

「お前!」

「じゃ、後は二人でご勝手に!」


しばらく呆然としていた透が取った行動。

捨て台詞を吐いて、あらん限りの力を込めて乱暴に扉を閉めた。

このまま逃げるつもりか!? そうはさせねぇ!




部室を出てすぐ、透を捕まえた。


「何だ!?」

「ふざけるのも大概にしやがれ! お前どんだけクズいこと抜かしたのか分かってんのか!?」

「知るか! お前は勝手に先輩と乳繰り合ってればいいだろが!」

「先輩、お前のことどんだけ信頼してたと思ってんだよ!

 今すぐ戻って謝れこの野郎!」

「俺が何したってんだよ! 先輩がお前に騙されただけだろが!」

「ハァ!? お前自分のやったことも記憶してねぇの!?」

「うるせぇ!」


俺に殴りかかってきた拳を掴み、倒れない位の力で突き飛ばす。

……今は、こいつに関わっても何も進まねぇか。

こんな見下げ果てたクズだとは思わなかった。


「いい加減にしろよ。この世はお前を中心に回ってるんじゃねぇんだよ」

「訳分かんねぇご教示どうも! 死ね!」


最上級の呪詛を吐いて、透が駆けて行く。

……一旦、古川先輩の下に戻ろう。今の先輩を一人にしておけない。

先輩も、大きく変わったんだ。




古川先輩は、机に突っ伏して泣いていた。

俺が入ってきたことにも気付いていないらしい。


(……辛ぇよな)


自分がずっと依存してきた相手の、醜悪な言動。

何のフィルターも無いまま見せられたら、それは猛毒と変わり無い。

先輩は今、様々な感情がごちゃごちゃになっている。


(にしても、意外だ)


まさか、古川先輩自身が透を拒絶するなんて。

ネガティブの塊のような先輩が、自分の意思をしっかりと口にする。

その反動はこの通りだが、今までだったら自己否定を重ね、透を正当化していただろう。


「……? あ、藤田くん……」

「………………ん」


気付いた。とりあえず、軽く会釈。

透の捨て台詞、古川先輩の状態から、最適な言葉を導き出す。

この場所で、この状態なら、答えは恐らく。


「ありがとうございます、先輩。俺も、ムカついてたんです」


これじゃないだろうか。

透を庇うことは論外だし、透のことを主題にするのもまずい。

何よりもするべきは、俺は古川先輩に感謝しているという意思の表明。

それが一番落ち着いてくれそうだし、俺が一番伝えたい。


「……藤田くん。私は、どうすればいいんだろう」

「とりあえず、先輩は自分をもっと大切にして下さい。

 お手伝いはできますけど、先輩の在り方を決めるのは先輩自身ですから」

「……うん。……ありがとう、藤田くん」


古川先輩は、殻を破り捨てた。そして、透の本当の姿を目の当たりにした。

今まで依存してきた相手は、今までと同じ存在ではない。

依存できる相手がいないのなら、自分で立ち上がるしかない。


透ハーレムに、亀裂が入った。

あいつはどこまで、放置し続けるんだろうか。




――――――――――――――――――――――――――――――




「いやー、俺の幼馴染が迷惑かけてすんません!

 あいつ昔から物分かり悪いわ、首突っ込むわで大変なんですよ!」


これからのことを考えながら、藤田怜二君の幼馴染、神楽坂透君との会話を思い出す。

彼は古川雲雀さんの想い人であり、彼も好意を持っている……そう、思っていた。


「貧すれば鈍するとは言ったものですわね」

「そうなんすよー。顔もあの通りですし、宇野先輩みたいな美人の考えとか、

 全然分からないんですよ!」

「まぁ。お上手だこと」

「雲雀先輩も美人ではあるんですけど、ちょっと根暗過ぎるんですよねー。

 もっとグイグイ来てくれれば俺もラクなんですけど」


それ自体は、間違っていないはず。神楽坂透君が、古川雲雀さんに対して抱いている感情は、

少なくとも『嫌悪』ではない。嫌悪か好意という二択なら、間違いなく後者。

そう断言して問題ないのだけれど……


「俺のこと信頼してるなら、もっと色々してくれていいと思うんですけどね?

 雲雀先輩、自分の武器が何かって気付いてるくせに、全然なんですから」

「どうかしら。案外分かっていないんじゃ?」

「まさか。ここに丁度いい相手がいるんだし、試してくれてもいいんですけどねー。

 そういうの全然みたいなんで、俺が引き出してあげるしかないんですよ」


『好意』の内訳。それは、古川雲雀さんの清純な想いとは、全く違う。

彼が古川雲雀さんに抱いている『好意』は……


(……思うことすら、憚られますが)


健全な男子高校生であるなら、女性に対して劣情を抱くのも自然なこと。

相手が肉感的な女性であるなら、尚更。


「でも、いくらやっても全然なんで、もう諦めようかなって。

 他にも友達いますし、何の可能性も無いとこに時間かけても、何にもできませんし」


そういった感情『だけ』しか、彼からは感じられなかった。

私の感覚が間違っていないのだとしたら、彼の狙いは、恐らく……


今になって思えば、私も彼の術中に嵌っていたのかもしれない。

古川雲雀さんは、彼に酷く依存している。

それは最早恋や愛ではなく、隷属、妄信、崇拝といった病的な程に。

そのことについては、彼も間違いなく気付いている。

にも関わらず、私に肩入れした理由。


(……二虎競食の計?)


私の邪推であるとは思うけども、辻褄は合う。

あの日、藤田怜二君を呼び出すという計画。

それが成功したのであれば、彼は古川雲雀さんを捨て、私に狙いを変え、

失敗したのであれば、古川雲雀さんを一気に惹きつける。

そうすることによって、心だけではなく、身体も……


(私は、幸運だったのかもしれない)


神楽坂透君。

あなたは一体、どういう人間なの……?

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