11.事実は想定より異なり
水橋に、提案をしてみた。
いきなり完全に素を出すというのが怖いなら、小出しにしてはどうだろう、と。
「例えばさ、お昼ご飯に購買行って、デザート買ってくるとか」
基本的に、いつも弁当だけだからな。
スイーツ好きって言ってたし、普段の食事を豊かにする意味でも。
「こんなの素を出すっていうレベルでもないけどさ、ちょっとした試み。
その辺から始めてみるってのはどうだ?」
「おかしいって、思われないかな?」
「まさか。むしろそんなこと思う奴の方がおかしいだろ」
「だといいけど……」
無理はさせたくないけど、流石に臆病過ぎる。
俺と二人で遊びに行くより、難易度低いと思うんだが。
なら、釣ってみるか。
「購買の菓子パンとか、デザート類って結構うまいぞ?
水橋が気に入るのもあるんじゃねーか?」
「本当!?」
ごめん水橋、本当は分からん。
基本的に俺、惣菜パンしか攻めないから。
「で、どうする?」
「行く! ボク頑張るよ!」
最初の一歩、踏み出させることに成功。
それじゃ、どうなるか見てみるか。
「今日はカレーパンかな」
2時間目の直後。ここが購買の狙い目。
人気商品は大抵売り切れているが、その分落ち着いて買いに行ける。
学校での昼飯は価格重視の俺は、いつもこのタイミングで買いに行く。
その事は昨日、水橋にも教えた。
もし買う物に迷ったら、品物チェック→3時間目の後という手もあるのも利点。
では、本日の昼飯買うついでに、水橋の購買デビューを見守るか。
(お、来た来た)
どんなチョイスをするんだろうか。
菓子パンか、それとも本格的にスイーツ系か。
「あの……」
「!?」
水橋が声を出した瞬間。
「あっ、えっと、どうぞ!」
「え?」
「すっ、すいません! どうぞお先に!」
水橋の前にできたのは、購買部への道。
人だかりが、さながらモーゼの海割りみたいに広がって、道ができた。
(嘘だろ……)
水橋の名前は全校に知れ渡ってるけど、ただ購買に来ただけでこうなるのか?
女神っていうか……こんなの、腫れ物扱いじゃねーか。
考えてみれば、水橋がどういう存在として扱われてるか、具体的には知らなかった。
妙な噂がやたら広まってるのは知ってるけど、その全てを把握してる訳じゃない。
それに、女神は女神でも、『触らぬ神に祟りなし』という考えになることも。
(……やっちまった)
完全に、しくじった。
俺のせいで、水橋を更に不安にさせちまった。
「……シュークリーム、1つ」
「シュークリームね。100円だよ」
うつむきながら、購買のおばちゃんにお金を渡して、商品を受け取り、去る。
どんな心境であるかなんて、考えたくもなかった。
その日の夕方。
(俺、何やってんだ)
軽率な提案が、最悪の結果となってしまった。
水橋の抱いている恐怖心は、被害妄想だと思っていた。
実際は水橋の予想通りであり、現状の酷さを思い知らされた。
というか、俺は水橋がこうなってる理由、知ってるじゃねーか。
押し付けられたイメージ通りの自分を具現化したら、孤立したって。
多分それ、嫌われてるんじゃなくて、『分からない』ってとこだろ。
他の奴からしたら、あまりにも遠い存在過ぎて、関わりの持ち方が分からないんだ。
そして、選んだのは『関わりを持たない』。その結果が今日のこれ。
俺の身勝手な目標は、余計な下心を持たせてしまったのかもしれない。
そのせいで、水橋を傷つけた。
(こんなことやらかして、何が『水橋雫を彼女にする』だ!)
自責の念が、心を苛む。
けど、こんな辛さ、水橋の今の気持ちを考えれば、比較するのもおこがましい。
頭の中で、淀みが溜っていくような感覚に囚われていると、携帯が鳴った。
着信は、水橋から。
(今は、出たくない、けど)
今回のことを、謝らなくちゃならねぇ。
何なら、これで関係を解消したっていい。
携帯を取り、通話を繋げる。
「藤田君、こんばんは」
「あぁ。水橋、今日のことは本当にごめん。迂闊だった」
「ううん。気にしないで。
というより、藤田くんの提案、すごくよかったよ」
見え透いた社交辞令。
そんなこと、ありえない。
「よかったって、そんな訳」
「確かに、ちょっと怖かった。
だけど、藤田君のおかげで、ボクは転ぶことができたんだ」
「転ぶ……?」
どういう意味だ?
転ぶことができたっていうか、転ばせちまったんだけど。
「ボク、皆から関わろうとされたことないけど、皆に関わろうとしたこともないんだ。
今思えば、孤立して当然だよね。で、今日初めて購買に行って、転んだ。
今までは、誰にも関わらないで、立ち尽くすだけだったのに、さ」
確かに、水橋が誰かに積極的に関わろうとしたところを、見た事は無い。
誰にでも気安い穂積、やたら絡んでくる透ですら、必要最低限の接触に留める。
「転んだっていうことは、歩き始めたってこと。
形はどうあれ、ボクは少しだけ、変わることができた。
これは、藤田君のおかげだよ」
「水橋……」
こいつ……性格まで美人だ。
俺のやらかしを、こんな好意的に捉えるなんて。
「怪我、させちまってごめん」
「怪我を恐れたら、歩くこともできない。
藤田君は、ボクにそのことを思い出させてくれた。
ありがとう、藤田君」
情けねぇけど、腐ってもいられねぇ。
このことをしっかり反省したら、次の一手を考えねぇと。
「それよりさ、別のことで謝って欲しいんだけど」
「へ?」
「購買のシュークリーム、明らかに大量生産の味だったんだけど、ウソついた?」
「……すまん」
今度誘う時は、サルからスイーツ情報貰うか……