表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/236

11.事実は想定より異なり

水橋に、提案をしてみた。

いきなり完全に素を出すというのが怖いなら、小出しにしてはどうだろう、と。


「例えばさ、お昼ご飯に購買行って、デザート買ってくるとか」


基本的に、いつも弁当だけだからな。

スイーツ好きって言ってたし、普段の食事を豊かにする意味でも。


「こんなの素を出すっていうレベルでもないけどさ、ちょっとした試み。

 その辺から始めてみるってのはどうだ?」

「おかしいって、思われないかな?」

「まさか。むしろそんなこと思う奴の方がおかしいだろ」

「だといいけど……」


無理はさせたくないけど、流石に臆病過ぎる。

俺と二人で遊びに行くより、難易度低いと思うんだが。

なら、釣ってみるか。


「購買の菓子パンとか、デザート類って結構うまいぞ?

 水橋が気に入るのもあるんじゃねーか?」

「本当!?」


ごめん水橋、本当は分からん。

基本的に俺、惣菜パンしか攻めないから。


「で、どうする?」

「行く! ボク頑張るよ!」


最初の一歩、踏み出させることに成功。

それじゃ、どうなるか見てみるか。




「今日はカレーパンかな」


2時間目の直後。ここが購買の狙い目。

人気商品は大抵売り切れているが、その分落ち着いて買いに行ける。

学校での昼飯は価格重視の俺は、いつもこのタイミングで買いに行く。


その事は昨日、水橋にも教えた。

もし買う物に迷ったら、品物チェック→3時間目の後という手もあるのも利点。

では、本日の昼飯買うついでに、水橋の購買デビューを見守るか。


(お、来た来た)


どんなチョイスをするんだろうか。

菓子パンか、それとも本格的にスイーツ系か。


「あの……」

「!?」


水橋が声を出した瞬間。


「あっ、えっと、どうぞ!」

「え?」

「すっ、すいません! どうぞお先に!」


水橋の前にできたのは、購買部への道。

人だかりが、さながらモーゼの海割りみたいに広がって、道ができた。


(嘘だろ……)


水橋の名前は全校に知れ渡ってるけど、ただ購買に来ただけでこうなるのか?

女神っていうか……こんなの、腫れ物扱いじゃねーか。


考えてみれば、水橋がどういう存在として扱われてるか、具体的には知らなかった。

妙な噂がやたら広まってるのは知ってるけど、その全てを把握してる訳じゃない。

それに、女神は女神でも、『触らぬ神に祟りなし』という考えになることも。


(……やっちまった)


完全に、しくじった。

俺のせいで、水橋を更に不安にさせちまった。


「……シュークリーム、1つ」

「シュークリームね。100円だよ」


うつむきながら、購買のおばちゃんにお金を渡して、商品を受け取り、去る。

どんな心境であるかなんて、考えたくもなかった。




その日の夕方。


(俺、何やってんだ)


軽率な提案が、最悪の結果となってしまった。

水橋の抱いている恐怖心は、被害妄想だと思っていた。

実際は水橋の予想通りであり、現状の酷さを思い知らされた。


というか、俺は水橋がこうなってる理由、知ってるじゃねーか。

押し付けられたイメージ通りの自分を具現化したら、孤立したって。

多分それ、嫌われてるんじゃなくて、『分からない』ってとこだろ。

他の奴からしたら、あまりにも遠い存在過ぎて、関わりの持ち方が分からないんだ。

そして、選んだのは『関わりを持たない』。その結果が今日のこれ。


俺の身勝手な目標は、余計な下心を持たせてしまったのかもしれない。

そのせいで、水橋を傷つけた。


(こんなことやらかして、何が『水橋雫を彼女にする』だ!)


自責の念が、心を苛む。

けど、こんな辛さ、水橋の今の気持ちを考えれば、比較するのもおこがましい。


頭の中で、淀みが溜っていくような感覚に囚われていると、携帯が鳴った。

着信は、水橋から。


(今は、出たくない、けど)


今回のことを、謝らなくちゃならねぇ。

何なら、これで関係を解消したっていい。


携帯を取り、通話を繋げる。


「藤田君、こんばんは」

「あぁ。水橋、今日のことは本当にごめん。迂闊だった」

「ううん。気にしないで。

 というより、藤田くんの提案、すごくよかったよ」


見え透いた社交辞令。

そんなこと、ありえない。


「よかったって、そんな訳」

「確かに、ちょっと怖かった。

 だけど、藤田君のおかげで、ボクは転ぶことができたんだ」

「転ぶ……?」


どういう意味だ?

転ぶことができたっていうか、転ばせちまったんだけど。


「ボク、皆から関わろうとされたことないけど、皆に関わろうとしたこともないんだ。

 今思えば、孤立して当然だよね。で、今日初めて購買に行って、転んだ。

 今までは、誰にも関わらないで、立ち尽くすだけだったのに、さ」


確かに、水橋が誰かに積極的に関わろうとしたところを、見た事は無い。

誰にでも気安い穂積、やたら絡んでくる透ですら、必要最低限の接触に留める。


「転んだっていうことは、歩き始めたってこと。

 形はどうあれ、ボクは少しだけ、変わることができた。

 これは、藤田君のおかげだよ」

「水橋……」


こいつ……性格まで美人だ。

俺のやらかしを、こんな好意的に捉えるなんて。


「怪我、させちまってごめん」

「怪我を恐れたら、歩くこともできない。

 藤田君は、ボクにそのことを思い出させてくれた。

 ありがとう、藤田君」


情けねぇけど、腐ってもいられねぇ。

このことをしっかり反省したら、次の一手を考えねぇと。


「それよりさ、別のことで謝って欲しいんだけど」

「へ?」

「購買のシュークリーム、明らかに大量生産の味だったんだけど、ウソついた?」

「……すまん」


今度誘う時は、サルからスイーツ情報貰うか……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ