109.横取りの報い
翌朝、俺は古川先輩のクラスに向かった。
あることを確かめる為に。
(これから、どうなるんだ?)
家に帰ってから、気付いたこと。
柏木先生という抑圧を取り除いた結果、いじめが無くなった。
それによって、クラスの均衡が一気に崩れた。
となれば、クラスカーストは揺り戻し的に変化しようとする。
つまり、上位と下位がひっくり返る形だ。
やる気のある先生方が中心になって、それを正常な範疇にしようとしているが、
古川先輩のクラスは今、非常に不安定な状況になっている。
それは果たして、古川先輩の望む状況へと向かっているのか。
俺の自己満足で終わっていないだろうか。
「古川先輩、おはようございます」
「おはよう。……藤田くん、ありがとう。おかげで私の居場所が文芸部以外にもできた。
いじめも無くなったし、今、とっても幸せ」
よかった。少なくとも、古川先輩にとってはいい状況になってる。
おかしな方向にこじれているということは無さそうだ。
「陽司と水橋の協力あってこそです。それより、これから色々あると思います。
まだ、俺にできることがあったら言って下さい。
俺じゃどうにかできなくても、陽司に水橋もいますから」
「ありがとう。けど、私もできるだけ自分の力で頑張る。
本当にダメな時は、お願いするけど……あ、ちょっと待って」
一度席に行き、何かを取り出して戻ってきた。
持ってきたのは、俺と陽司と水橋の名前が書かれた封筒。しかも『親展』とある。
何よりも驚いたのは、差出人の名前。
「これ、宇野さんから。伝言もあるんだ。
『まだ整理がつきませんが、私の気持ちをしたためました。
お早めにお読み頂ければ幸いですわ』だって。はい、どうぞ」
「どうも」
今更、何を言おうとしているのか。
それは全く分からないが、読むだけは読んでおこう。
もしかしたら、重要なことが書かれてるのかもしれないし。
「……マジか」
「信じたくはないけど……」
陽司は呆然とし、水橋は冷静でいながらも、困惑している。
封筒に入っていた手紙には、衝撃の事実が記載されていた。
『前略
この度は私の身勝手によるご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。
藤田怜二君にはお伝えしました通り、私は生来の髪の色によって、
数々の辱めを受けて参りました。故に、古川雲雀さんの美しい黒髪を羨み、
他にも学業等の分野で良績を上げ、最近では小説で賞を取る等、
私には無い才能を持っていることに嫉妬し、今回の所業に至りました。
柏木敦子先生は私の理解者であると思っていましたが、どうやらそれは
とんでもない勘違いでした。このことについても、謝罪致します。
この旨については、古川雲雀さんにも同じ形式で伝えております。』
前半部分は謝罪並びに、何故古川先輩をいじめていたかの理由。
ここまでは詫び状の基本的な所であり、目立った所はない。
問題は、この後。
『ここからが、古川雲雀さんへ送った封書には記載していないことです。
このことを古川雲雀さんへ伝えるかどうかは、皆様の判断にお任せします。
先日、藤田怜二さんを空き教室に呼んだのは、計画を阻止する為です。
どのような内容かまでは存じ上げませんでしたが、皆様が何かを
私に仕掛けるということを知りました。
どうして私がそれを知ることが出来たのかを、次の便箋に記してあります。
どうか、可能な限り落ち着いて、この手紙を全て読み終わってから、
どういう行動をするか考えて下さい。』
もしかしたらと、思っていた。この手紙を読むずっと前に。
それこそ、空き教室への呼び出しを受けた時に、頭の片隅で考えていた。
だけど、信じたくなかった。そこまでのクズだとは、思いたくなくて。
その日の放課後、俺は文芸部へと向かった。
陽司は流石に、そう易々と部活を休むことはできないということもあるから、事後報告で。
アフターケアは主に俺と水橋でやることになりそうだ。
「失礼します。どうも、先輩」
「あ……藤田くん、こんにちは」
以前より幾分か、明るくなった気が……というか、明らかな変化がある。
古川先輩、ピンで前髪上げてるし、長い後ろ髪は二つ結びにしてる。
「髪型変えたんですね。いいと思いますよ」
「……ありがとう。ちょっと、気分変えたくて。
切るのはまだ怖いけど、こうした方が本は読みやすいし、
私からも皆に歩み寄らなきゃ、友達なんてできっこないし。
少しずつでも、前を見なきゃって思ったんだよね」
「いいじゃないですか。ところで、クラスの方はどうですか?」
「皆から謝られたんだ。お詫びに何でも言うこと聞くって言われたけど、何にも浮かばなくて。
そしたらいつの間にか、ケーキバイキングに行くことになってた」
思ったよりいい方向に転がっているようだ。いじめをやってた奴らは勿論、
他も不自然なクラスカーストを変えようとしなかったことに、負い目を感じているのだろうか。
いずれにせよ、古川先輩の学校生活は格段に楽しくなった様子。
「あと……茅原くんと水橋さんが、私の作品を読んでみたいって。
今日のお昼休みにコピーを渡したんだ。気に入ってくれると嬉しいんだけど……」
「気に入ると思いますよ」
部活動も順風満帆。後は新入部員が来てくれればってところか。
時期的にはそろそろ受験を意識しないといけないし、誰か来ないものだろうか。
折角コンテストで賞を貰った部員がいるのに、部員がいなくなって廃部というのは……
「失礼しまーっす! あれ、怜二?」
文芸部のこれからに思いを馳せていたら、透がやってきた。
こいつが後継者に……なる訳ねぇか。なったとして、活動しねぇだろ。
「あ……透くん」
「先輩、よかったですね、いじめがなくなって。
きっちり懲らしめたから安心して下さいよ。俺が全部やりましたから」
おい、お前懲りてねぇのか。それとも分かってねぇのか。
手柄の横取りはもう成功しねぇんだよ。
「お前は何もやってないだろが。何回言わせるつもりだ?」
「はいはい。嘘つきはお帰りやがれ。ね、先輩」
「ねぇ、透くん」
「何ですか?」
「何で、私がいじめられてたこと知ってるの?」
……これは。
「え? 先輩、宇野の野郎にいじめられてて……」
「私は、透くんに心配かけたくなかったから、今まで黙ってた。
なのに、何で私がいじめられてたことを透くんが知ってるの?」
「そ、それは……風の噂で……」
「いじめられてることを打ち明けたのは、藤田くんに対してが初めて。
透くんには、何も言ってなかった」
手柄を横取りしようとしたが故の、自爆だ。
先輩がいじめられていたことを、透は知らないはず。
なのに、何故そんなことが言えたのか。その理由を、俺は知っている。
宇野先輩からの手紙に、それが記されていたから。
『私が文芸部に行った日、部室を出た後、神楽坂透君に出会いました。
扉のすぐ側にいたので、私と皆様の言い争いを聞かれたと思い、
何か言われることを覚悟していたのですが、何故か慰められた上、
古川雲雀さんは根暗であるということはおろか、迷惑であるとも言っていました。
それに乗じて、私は古川雲雀さんのクラス内での立ち位置についてお話したのですが、
その際に、彼はこう言いました。
「さっき宇野先輩に楯突いてた奴で、地味な方の男が藤田怜二っていう俺の幼馴染なんですけど、
多分宇野先輩が古川先輩をいじめてるって勘違いしたと思いますし、
そしたら絶対首突っ込むと思うんですよね。早い内に手、打っといた方がいいですよ」』
色々と驚いたことはあるが、この時点で透が古川先輩がいじめられていることを知ったのと、
宇野先輩との繋がりを持ったということは確定だ。……そして。
『その為、私はあの日に藤田怜二君を呼び出しました。
藤田怜二君は自分より他人に迷惑がかかることを嫌う性格だと言っていたので、
私は犬飼惣介君を使って、古川雲雀さんを空き教室に拘束しました。
信じられないかと思いますが、空き教室に呼び出すことも、誰を呼び出すかも、
誰を人質として取るかも、全て神楽坂透君の指示です』
俺の幼馴染が、どこまでもイカれている最低のクズだということを再確認した。