106.それは何故か
口調が変わった。柏木先生を批判したことがスイッチになったか。
ツボはここだな。それなら、一気に切り込む。
「何故ですか? 宇野先輩も感じられているはずですが。
柏木先生は人を見た目で判断するなと言いながら、見た目で判断するって」
「絶対にありえない! 柏木敦子先生が人を見た目で判断するなんて!
そうだとしたら、私に対する説明がつかないじゃない!」
説明がつかない? どういうことだ?
確かに、女子はブス程カースト上位だとするなら、宇野先輩はその例外だが……
「と、仰いますと?」
柏木先生が、容姿が比較的整っている宇野先輩を上位に置いている理由。
今回の問題に関係あるかどうかは微妙だが、どこからヒントが得られるかは分からない。
意外なところが解決の糸口になったりすることは、決して少なくない事象だ。
「……犬、席を外しなさい」
「え?」
「私に二度も同じことを言わせるつもりかしら?」
「そ、そんなことは! で、出ます!」
何故か、この場で唯一の味方であるはずの犬飼先輩を退出させた。
下僕には聞かれたくないことなのか?
「さて、これから話すことは他言無用よ。
私が柏木敦子先生を信頼している理由、特別に教えて差し上げるわ」
話す相手を選ぶ内容らしい。
正直、柏木先生が宇野先輩から信頼されているとして、その理由が何かってなっても
大したものではないと思うんだが……
「私は……生まれてから18年間、ずっとこの髪で苦労してきたのよ」
宇野先輩の最大の特徴である、色素の薄い髪。
顔立ちから考えると、外国人の血が入っている親類からのものだろう。
「髪で、ですか」
「曾祖母からの隔世遺伝で、私はこの髪色が地毛になったの。
小、中、高と散々からかわれたし、教員の方々にも染髪と間違われましたわ。
一時期は黒に染めておりましたが、染色剤が合わないので、今はこのまま。
地毛だという証明も済ませましたわ」
手櫛を通しながら、髪を一房握り締める。
これまでのお高くとまった雰囲気は鳴りを潜め、どこか悲しげな表情に。
「柏木敦子先生と出会ったのは、証明が済む前のことでしたわ。
唯一、黒に染める必要は無い、そのままでいいと仰って下さった先生でした」
「……ほう」
「これでもまだ、柏木敦子先生は人を見た目で判断するようなお方だと思いまして?
どうやら貴方は、相当に目が曇っていらっしゃるようで」
不可解だ。
宇野先輩はクラスカーストが高いだけではなく、柏木先生から見た目で判断されていない。
可能性は二つ。サルの情報が間違っていたか、何らかの理由があるか。
前者なら手詰まりだ。作戦は決行出来ないし、押し切られる。
そうなってしまえば古川先輩は完全に孤立してしまうし、状況の悪化は必至。
考えられる限りの最悪の結末を迎えてしまう。
(となれば、後者であると仮定した上で考える必要がある)
サルの情報が間違っているとは考えにくいし、後者でなければゲームオーバーだ。
ヒントらしいヒントもないが、『何らかの理由』を見つける必要がある。
現状及び柏木先生と宇野先輩の特徴を、もう一度整理してみよう。
古川先輩に渡したボイレコの記録からして、いじめがあることは確定。
その中心となっているのは柏木先生と宇野先輩。そして、ここにラインがある。
誰がどう見ても、柏木先生は間違いなくクズ教師。だが、宇野先輩に対してはどういう訳か、
教師らしい言動をした。
(ここ、だよな)
普通だったら、容姿に秀でた女子を目の敵にする柏木先生は、宇野先輩を見た目で決めつけ、
不良生徒のレッテルでも貼って、カースト下位に墜とすはず。
そうなっていないどころか、むしろ上位にいて、なおかつ古川先輩へのいじめを黙認。
いや、体育祭のことを考えたら加担してると見るべきだ。
『何らかの理由』の原点、それは……
(宇野先輩に、利用価値がある?)
ムカつくからカースト下位に墜とすより、自分と組むように仕向けた方がいいと見たか。
そういったことでもなければ、結託なんてしないだろう。
だが、もしそうだとして、その理由は……?
「押し黙られたままということは、認めるということで宜しくて?」
猶予が無い。そして、具体的な結論も出ない。
周り巻き込んで首突っ込んでおきながら、結末は最悪も最悪。
自分の能力を過信した報いが、俺以外に来ちまうなんて……!
(……ダメだ)
全く想定していなかった、不都合な展開。
脇役補正が存在するとしたら、それは時として自分以外の人間も不幸にするのだろうか。
いや、それは責任逃れだ。全ては俺の至らなさの結果だ。
……でも。
「いいんですか、言っちゃって。もうネタは上がってるんですよ」
認めるつもりもなければ、諦めるつもりも無い。足掻けるだけ足掻いてやる。
それを無駄な足掻きにするか、無駄じゃない足掻きにするかは俺次第。
時間稼ぎのハッタリに過ぎないが、場を繋ぐ。
「どういうことかしら?」
「柏木先生は、人を見た目で判断する教師であるということ。
そして、それで招いたこと。それら全てが、こちらの手の内にあります」
「そこまで仰るのなら、是非見せて頂きたいわね」
(……くっ)
まだ結論は出ない。俺が持っている証拠になり得る物は、古川先輩に渡したボイレコ、
その録音データの複製だけ。
ここに再生機器がないのもそうだが、それだけじゃあまりにも弱い。
悪行の証拠ではあるが、決定打には……
「古川ァ! こんなとこで何してんだ!」
(……え?)
俺は、この空き教室に誰も連れてきていない。
そして、宇野先輩も恐らく、さっき追い出したニキビ面の下僕しか連れて来ていないはず。
呼ばれたのは古川先輩だが、ここへは来たというより、連れ去られた形。
つまりこいつは、ここに自主的に来たということ。
「何こんなとこで油売ってんだよウスノロ!」
椅子に縛られていることなど無関係というかのように、古川先輩を罵倒する教師。
それは古川先輩の担任、柏木先生その人だった。