1.誰が為に補は正る
カメラは、いつも見たいもの、見せたいものの前にある。
サスペンスの緊迫したシーン、アニメの萌えキャラ、ネタ番組の芸人。
いつでも、そういうところを映す。
サスペンスに萌えキャラはいらない。
アニメに芸人は求めていない。
ネタ番組で緊迫したシーンは放送事故。
『カメラの外側』。
そこに何があるかなんて、殆どの奴は知らない訳で―――
「……あった」
二年生。それは高校生活において一番楽しい学年と言っても過言ではない。
先輩である三年生は、夏までガマンすれば部活を引退。関わりは無くなる。
そして、うまくすれば自分の命令を聞く、後輩となる一年生もできる。
学校のシステムや人間関係も理解できる頃だし、下手な真似をしなきゃ、
そこそこ上手く、楽しく生活できる。
そんな生活の中で訪れる様々なイベントの中では、比較的大規模といった所か。
五十音順に名前が書かれた、クラス分けの表が貼り出されていた。
相川とか、苗字が『あい』で始まる奴は、表の上の方だけ見ればいいから楽。
しかし生憎、と言う程でもないが、俺の苗字は『藤田』。五十音の真ん中辺り。
しかもよくある苗字だから、しっかり見ないと見落とす。
変わってる苗字なら、すぐに見つかるんだが……
「よう怜二! 今年も一緒だな!」
「……あぁ、うん」
多分お前だけだからな。この学校の『神楽坂』姓。
俺の名前より先に見つけたよ。
「今年も宜しく!」
「はいはい」
相変わらずというか何と言うか。
そういや、コイツ決める気あんのかな。そろそろ頃合いだと思うんだが。
今日は授業の無い日だ。サクっとクラス内での立ち位置の目星つけとくか。
担任の話を聞き流しつつ、クラスメイトの観察。
ざっくりとでいい。今年はどんなグループが出来るか予想するか。
一芸持ちはちょいちょいいるが、キーマンは猿。違う。違わねぇけど違った。岡地勝。
フットワークと口の軽い情報通、通称サル。こいつがいるのか。面倒だな。
気ぃ抜いたら色々握られるから、気をつけねぇと。
「怜二、今日空いてる?」
「ん、一応」
「カラオケどうよ? サル連れて」
「オッケー」
まずはサルをどうにかすること。
そう考えた時、この幼馴染の存在は中々にありがたい。
だから、大体のことに関しては目を瞑っている。
神楽坂透。
成績普通、スポーツ普通、容姿アイドル級。
そして数少ない、サルを操れる男。
幼馴染だから元から仲は悪くないが、重要人物との関わりが強いことを考えると、
更に仲良くしておくべきだろう。
我ながら打算的だなとは思うが、そんな風に思っちまう理由はある。
高校に入ってから顕著になってきたが、未だ何故か分からない。
こいつはとことん、モテる。
男友達多数。女子はもっと多数。
女子の8割は透が好き。LIKEじゃなくLOVEで。
ほぼほぼ無条件で、好かれる。
自惚れかもしれないが、スペックは顔以外、俺の方が上回ってると思う。
結局世の中『※ただしイケメンに限る』ということなのだろうか。
にしたって異常だ。聞いた話じゃ色々ある。
校内の女子の3人に1人はファンクラブ会員だとか、
バレンタインチョコは3桁余裕とか、
彼氏と別れてまで透を狙いに行く女子がいたとか、エトセトラエトセトラ。
そして現在、こいつの周りによくいる女子は4人。
うち二人がこのクラスにいる。
「とーおーるっ!」
「うぉっ!?」
その一人が、透の背中に抱きついてるちんちくりん。
名前は確か……穂積鞠、だったか。
「今年も同じクラスになれたね!」
「そうだな、嬉しいよ。で、どうしたんだ?」
「今日、予定ある?」
飾りつきゴムで留めたツインテールを揺らしながら、ニコニコ笑顔。
『天真爛漫』という言葉を形にしたら、こんな感じだろう。
「放課後カラオケ行こうかなと」
「いいね! 私も行きたい!」
「怜二と勝もいるけど、いいか?」
「うん!」
「ということで」
「あぁ、別にいい」
「よろしくね、怜二くん!」
眩しい。
免疫無い奴だったらこれだけでオチるだろうな。
「宜しく、穂積」
「鞠でいいよ」
「そうか。次からはそうする」
この明るさもあって、誰からも好かれるタイプ。
そして、勘違い男子量産機。
本人が恋愛感情を抱いてるのは、透一人っぽいけど。
一応、誰彼構わず振りまく好意を快く思わない奴もいるにはいる。
とはいえ、その辺の自重を求めるのはお門違いだし、無理。
さて、この流れだと……
「穂積さん、あなたはそんなことしてる暇あるのかしら?」
馬鹿正直に校則守った黒髪に、長めのスカート。
さも当然のようにマウント取りに来やがった。
「最後の期末考査、日本史は赤点ギリギリだったはずよ」
「うっ……で、でも今日くらい……」
「受験戦争は高校入学から始まってるの。
赤点回避を喜ぶようなレベルじゃ、来年泣きを見ることになるわ」
クソ真面目だな本当。流石生徒会長候補筆頭。
ここまで真面目だと支持されない気もするんだけど、生徒会って面倒だから、
結局はこいつ……門倉麻美で当確ってことなんだろうな。
まぁそれはそうと、そんなお方なのだが。
「麻美、たまには息抜きも必要だって。
ずっと勉強するより、適度に休憩した方が効率いいって知ってるだろ?」
「それはそうだけど……」
「何なら、一緒に来る? ほら、この辺のメンバーの親睦会も兼ねて、さ」
「……そういうことなら、仕方ないわね」
はいはい乗せられました。
そう、透ハーレム構成要員の内、このクラスにいる2人とは鞠と門倉。
天真爛漫系ふわふわ少女と、典型的優等生の堅物少女。
タイプは違えど、両者共に美少女であることは共通している。
「藤田君も来るのかしら?」
「ん、そのつもり。俺は期末考査悪くなかっただろ?」
「あなたの点数は知らないんだけど」
……こいつ、鞠を潰す為だけに成績持ち出したな。
いい性格してんじゃねーか。
「全科目平均以上で学年18位。上等だろ」
「相対的成績じゃ何とも言えないわね。
そんなことも分からないようじゃ、高が知れるわ」
「そーかい。じゃーいーよ」
「言葉を伸ばさない!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はい」
何この女面倒臭いんですけど。
「透君はどうだった?」
「いつも通りかな。英語で稼いだって感じ」
「流石ね。私が教えなくてもいい教科があるとは思わなかったわ」
「他の科目は麻美が勉強教えてくれたおかげだよ。ありがとう」
「別に気にすることはないわ。私が好きでやってることだし」
それでからに透に対しては甘いからな。
確か、他の教科はあって平均点だったはずだが。
「場所、いつものとこでいいよな?」
「あぁ。フード代は各自で」
「楽しみっ!」
「ほどほどにしなさいよ? 特に穂積さん」
「麻美ちゃん、鞠でいいよ?」
「親しくもない相手を名前で呼ぶつもりはないから」
本当に嫌味な女だわ。
透一直線なのはいいけど、たまには周りも見といた方いいんじゃねーか?
「青空~光か~がやいてる~♪」
inカラオケ。
運よくフリータイムで入れたから、時間を気にする必要は無い。
「ねぇ透、次は私とデュエットしようよ!」
「穂積さん。連続で歌わせたら喉に負担がかかるじゃない。
だからデュエットは私の時に……」
……こいつらは気になるけどな。
純粋な鞠と嫌味な門倉。思いっきり水と油。
「ふむふむ……意外といいんちょも最近の曲イケる口でしたか」
気になると言えばこいつ。
歌うのもそこそこに、手帳に何やら書き込みまくっている。
「ん? 情報だったら1フードもらうぜ?」
学校きっての情報通、サルこと岡地勝。
敵に回したくない男子でアンケート取ったら、多分3位以上は堅い。
書き込んでるのは今年の女子の情報か。需要あるもんな、その辺。
「いや、別にいい」
「そっかー? まぁ無料情報だけでも聞いとけや。今年の狙い目は……」
口が回る回る。
落語家にでもなるつもりなんかね。
アナウンサーはありえないな。こいつのスーツ姿とか想像つかん。
にしても、だ。
こうして見ると本当に分からん。
幼馴染としての付き合いは長いが、こいつがモテなかった場面を見た事がない。
何もしなくても女子が寄ってきて、気づけば簡易ハーレムができる。
周りに女子が常に複数いるし、誰かが邪魔することもない。
そのおかげで割食ってるのが俺。
まぁ、別に悪い評判が立ってるとか、そういうのじゃないが……
「……とまぁ、そんなとこだけど」
「今年はどうするんですかい? TPさんよ」
『TP』。
俺の別名。
実は、女子が集まるのは透だけじゃない。
何を隠そう、俺のとこにも集まる。
しかし、その目的は俺ではない。幼馴染である透。
その情報を仕入れる為に、色々聞かれる。
好みのタイプから始まり、休みの日の予定に過ごし方、エトセトラエトセトラ。
本人からも許可貰ってるし、それなりに教える。
で、教え終わったら去っていく。
俺自身に興味がある奴なんて、一人もいない。
俺は、透の付属品としてしか見られていない。
卑屈になるのは良くないと分かってるけど、聞いてしまった。
俺が『TP』。
『透パイプ』と呼ばれていることを。
「別に。どうもしねぇ」
「そうかい。でもお前、俺流評価だと総合B+だぜ? 高望みしなきゃいけるべ」
「それ、透のランクはどうなってる」
「殿堂入り。普通に見たらBだけど、アレじゃSでも足りんわ」
「だろうな。おかげさまでこっちは半ばマネージャー扱い。
アイドルのファンが、そのマネージャーを好きになるか?」
「納得」
「嘘つけ。ハナから知ってたろ」
「にゃはは」
所詮、俺は透の情報を持ってるというだけの人間。
それ以上の価値なんて、ありやしねぇ。
神は二物を与えないって言うけど、多分それ、平均した時の話。
あいつが主人公補正を貰った代わり、俺に脇役補正が来た。
五物クラスのどえらいもんの調整で、俺にマイナス五物クラスのものが来る。
神様。俺、アンタの都合なんて知らないし、
こんなもの引き受けた覚えなんて無いんですがね。
はしびろ様より、タイトルロゴを制作して頂きました。
素敵なタイトルロゴ、ありがとうございます。