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勇者のバックストーリー<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
赤い糸より確かな質量、それは鞄でした
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第二話 お空の世界は厳しいのです。あと、地上も。(1)

 青天の霹靂とはこのことだろう。霹靂が何のことなのかは存じ上げませんけども。


「ロミオ、貴方はどうしてロミオなの!!」

 ジュリエット飛行法。両手を引っ張られる一人スリップストリーム飛行。利点は二倍早い。欠点は風圧も二倍。正面を向いていられる空気の速度ではない。あと、全身がもの凄く寒い。

 気圧差を利用した飛行法なので、高度が上がるとどうしても加速度が落ちた。

 ロミオもジュリエットも両方だ。身体は地上で収納した暖かい空気により全身を包む事で、かろうじて耐えられるといった具合である。酸素マスク代わりにもなる。

 レベル零。俺の名前が玲人だからって、そんなところに引っ掛けなくても良いんだよ?

 俺にもレベルさえあれば、音速の鉄板だって越えられるというのになぁ……。


 こんな飛行法に手を出していた理由。それは俺が冒険野郎だったからだ。

 まず、メイメイさまに嫌われた。原因A、柑橘類と酢の匂いで嫌われた。原因B、ワクワクしながら聞き惚れていた冒険談。オチが、卑怯で男らしくないと評価されて嫌われた。

 途中のウェルキンゲトリクスさんを助けるくだりでドキドキしていた分、結末の落差が激しかったらしい。俺が単身巣に飛び込んで無双する、冒険譚を御所望だった御様子。

 獣っ娘の乙女心は難しいなぁ……。

『わし、なんだか疲れた。寝る』

 この一言と共に部屋から締め出されました。これが原因の一つ目。ぐっすし。


『おにーさんは、冒険者ギルドをなんだと思ってるのですかー!! ティータが、今日の商工会議で吊るし上げにされたのですよー!!』

『ホワイ?』

 ギルド会議ではなく、商工会議と言う呼び名が実に生々しい。

 お願いです、この世界からファンタジー成分をこれ以上、奪わないでください。

『清掃ギルドからの依頼で街路掃除の手伝いを引き受けましたねー? なのに、本職よりもピカピカにしてどうするんですかー!? 街には適度にゴミが落ちているから、街の皆もゴミを気持ちよく捨てられるんですよー!? とっても綺麗になった道にゴミを撒いて周る、清掃ギルドの皆さんのお気持ちを考えられないのですかー!! 皆が泣いてましたよー!! おにーさんには、人の心の痛みが解らないのですかー!!』

 はい、他人の心なんて解りません。ボクはエスパーではございませんから!!

 あぁ、この異世界でも割れ窓理論って存在したんだね……。

 ビルの窓ガラスが一枚割られてる。すると、自分が他の窓を割ることに対する心理的抵抗が少なくなる。でも、全面が綺麗な窓ガラスは割ることを躊躇ってしまうんだ。

 『皆がやってることだから』、この一言が全ての物事を軽くしてしまう悪い癖だ。

 ゴミが捨てられないから道が綺麗なんじゃない。道が綺麗だからゴミを捨てられないんだ。

 なので、自分達の仕事の為にゴミを撒く、そんな汚染ギルドの気持ちなんて解りません!!

『罰として、おにーさんには清掃ギルドの方々ですら嫌がるお仕事。煙突掃除を引き受けてもらいます!! これはギルドマスター命令ですよー!! おにーさんが真っ黒になるのを楽しみにしてますよー!!』

『一番に黒いのは、お前たちの腹の中だっ!!』

 煙突掃除? それでは全力で煤や油を収納してやろうじゃないか!!

『まぁ、なんてピカピカなの? 新品の暖炉みたい!! これからも冒険者ギルドの方に頼もうかしら~?』

 来月の商工会議が楽しみだなぁ? くっくっく。

この理不尽へのストレスが、原因の二つ目。


『冒険者家業の合間に塩の販売ですかー? ……おにーさん、頭は大丈夫なのですかー?』

『ホワイ?』

 海で安く買って、山で高く売る。そんな基本的な貿易が何故許されないのでしょうか?

 移動をよくする冒険者的には、とても良い副業だと思うのですが?

『あのですねー、おにーさんが山奥の村に塩を売ったとします。すると、いつも来ていた行商人さんは塩を売れませんでした。当てにしていた売り上げが入らなかった行商人さんは、哀れにも借金地獄に落ちて荒縄と首が仲良しさんです。そんなことにならないように、おにーさんは商業ギルドに消されることでしょう。ティータは、おにーさんが急に来なくなったなーと思いながら足をプラプラさせていることでしょう』

『け、消される!? なんで、そんな物騒な話にっ!!』

『頭のわるーいおにーさんに、ティータが簡単に説明してあげます。他人の儲け話に首を突っ込むことは、ギロチン台に首を突っ込むことと同じなんですよ?』

『ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』

 まぁ、これは理解できた。商売とは、物流とはそういうものなんだろう。

 一度だけ塩を安値で売るなんてことは許されない。二度、三度、季節ごとに生活必需品を売りに出向かなければ、行商人どころか村自身が困ってしまうことになるのだ。

 短期的にはお徳でも、長期的には自殺行為になる。うん、塩の販売は諦めよう。


 だがしかし、すでに俺は自作の製塩所を持っていたのでした!!

 そいつの名はアメリカナイズド大塩田。ダイナミックな施設です。

 構造は簡単。まずは海辺に穴を掘ります。海抜より低く掘ります。

 水と土が混じって、泥にならないような岩盤の固い地層が最適でしょう。

 次に、への字の中空パイプを用意します。錆びに強いもの、あるいは既に錆びている素材が好ましいでしょう。錆でメッキされた金属は、それ以上に錆が侵食しませんからね。

 パイプの一端は海に、もう一端は穴の中に入れます。そして頂点から呼び水と言う素敵な水を注入するとあら不思議、海から穴に向かって海水が流れ込むじゃありませんか!!

 あとは、雨水などが入らないように少々手を加えれば、アメリカナイズド大塩田の完成です。

 お日様が燦々と海水を煮詰めてくれるので、まずは死海が完成。

 死海の海が更に煮詰まると、真っ白な塩の結晶が塩田一杯に広がります。

 飽和食塩水と塩の宝箱やー!! 本当に塩は宝なんやー! 高価な生活必需品なんやー!!

 わざわざ火を使って、自身も汗で塩を吹きながら頑張っている塩職人さんたちを尻目に、アメリカ人のボクは優雅な左団扇の生活を楽しもうと思っていたのにな~。

 ちなみに塩を商人に卸すのも塩職人達の専売らしく、ボクが破格の安値で闇の塩を卸すと荒縄も沢山売れます。流石にそんな血生臭いお金は要りません!!

 でも、自動的に延々と溜まってゆく死海の塩。塩だけに、塩塩と溜まります。あははー。

 ボクが儲けようと企むと、何処かで誰かが首を吊る羽目になる。これが原因の三つ目と四つ目です。

 四つ目は大塩田が塩漬け物件になった件。塩田だけに塩漬け物件……。あははー。


 あ、そうだ、霹靂さんのことをスッカリ忘れてました。

 そんな様々な暗い感情を振り切るため、高速でアイキャンフライをしていると、天空に雷鳴のような怒鳴り声が轟きました。ここで、やっと霹靂さんの登場です。

『我が名は天竜王ヴェスパール!! 天空の王者なり!! 地を這う人間風情が、我の領域に挑もうとは良い度胸だ。………では、褒美として滅ぼしてくれようぞ!!』

 背後から迫る巨大な未確認飛行物体。

 全長二百メートル。全幅も二百メートルほどだと思われる未確認飛行物体、UFOが追いかけてきました。これが霹靂さんです。自分で竜を名乗る、夢のないUFOでした。


「あのー、人間は地を這う生き物ではなく、大地を歩く生き物なんですが? その辺はどうお考えなのでしょうか? それに地を這うといえば蛇ですよね、蛇。ドラゴンさんのお仲間の」

『我を蛇呼ばわりとは良い度胸だな!! 滅ぼしてくれようぞ!!』

「あのー、人間が大地を歩く件については?」

『我を蛇呼ばわりとは良い度胸だな!! 滅ぼしてくれようぞ!!』

「人間は二足歩行で――――」

『我を蛇呼ばわりとは良い度胸だな!! 滅ぼしてくれようぞ!!』

 この異世界、都合が悪い質問は無限ループで誤魔化す卑怯な生き物ばかりです。

 この天空の王者さんは、ティータちゃんの親戚筋なのでしょうか?

 あと、蛇を馬鹿にするとケツァルコアトルさんが泣きますよ?


 加速度では俺の方が上なのだけれど、いかんせん音速の壁が怖い。風が痛い。そして寒い。

 対して向こうはドラゴン。音速の鉄板も楽々と越え、最高速度では俺を上回ることだろう。

 あぁ、この勝負はミニ四駆っぽいな!! 何だかワクワクするな!!

 コーナーリング重視と最高速度重視の専用マシーン同士の熱い戦いに、なるはずでしたー。

 でも、空戦機動≪酒樽ノ舞踏祭バレルロール≫のマニューバすら天空の王者さんは御存知なかったらしいのです。残念です。一瞬にして勝負がついてしまいました。

 バレルロール。それは進行方向に対して螺旋を描くことで、速度を落とさずに直進速度を落とす空戦機動。螺旋を描き道草を食うことによって道のりを増やし、速度自身は落とさずに直進速度を落とす機動。

 一瞬、俺を見失い、次に現われたときには背後をとられていた。

 この事実、天空の王者さんはたいそう気に入らなかったそうで、以来延々とボクはその尻尾を追いかけ続けているのですよー。霹靂に辟易です。


「あのー、天竜王ヴェ……ヴェ……トカゲマンさん。もう止めませんか、こんな無益な勝負」

『天空の王者が背後を取られたままで終われるか!! そして我が名はヴェスパールなり!!』

 もう、ずっとこの調子なのですよ……。

 竜にとって背後をとられることは、ブレスを撃たれ放題の敗北状態なのだそうです。

 天空の王者さんが知る限りのファンタジー空戦機動を見せてくれましたが、複葉機の時代にすら届かない見事な技の数々でした。

 そうでした。最高でも近世レベルのこのファンタジー社会。ドッグファイトの技術など存在してませんよね?

 そもそも、この巨体に速力。まともにドッグファイト可能な相手も居なかったのでしょう。

 そして天空の王者さんは、かなりのお喋り好きだったのです。お喋りの相手を離しません。

 ……天空って、孤独だもんねー。雲より上って、基本的に空気と太陽しか無いものねー。


『なぜだ!? なぜ我が、人間如きに飛翔で遅れを取るのだっ!!』

「単純にー、空を飛ぶのが下手だからじゃないですかー?」

『滅ぼす!! 絶対にキサマだけは滅ぼしてくれるわぁぁぁぁぁぁぁ!!』

「あのー、トカゲマンさん。そろそろ心が疲れたので帰って良いですか?」

『ヴェスパールだ!! そして、帰しはせぬぞ!! キサマが帰る場所は天と決まったのだ!!』

「え? ここってすでに天じゃないんですか?」

『キサマが帰る場所は天と決まったのだ!!』

「だーかーらー、すでにここが天じゃないんですか? 天竜王さん!!」

『キサマが帰る場所は天と決まったのだ!!』

「天空の王者さんは、天に棲んでいるのではないでしょうかっ!?」

『キサマが帰る場所は天と決まったのだ!!』

 ……まーたこれですよ。

 なぜ、こういう所ばっかりゲームとそっくりなんでしょうねー?

 誰か、いいえを選ぶ権利をボクにください!!


『くっくっく、ふはははははは!! そうだ! そうだそうだ!! 我にあって汝にないもの……。それは強靭な肉体なり!! 軟弱なるキサマが我についてこられるかな?』

 天空の王者さんが、なにやら名案を思いついたらしい。あぁ、積乱雲が前方にあります。

 天空の王者さんは迷うことなく巨大な雷雲、積乱雲の中に飛び込んだ!! 竜の巣だ!!

 もちろんボクは、その手前で空戦機動≪華ノ散ルガ如シスプリットエス≫を慣行。

 スプリットS、それは下向きに上昇角をとる空戦機動。つの字を描くが如く、上から下へと、位置エネルギーを速度に変えて、雷鳴轟く竜の巣とは反対方向に逃げ去りました。

 さようならです。天竜王ヴェ……ヴェ……トカゲマンさん。


『何処だぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 何処に居るぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 我の知覚に映らぬだとぉぉぉぉ!! そのような我に理解しえぬ魔術があって堪るかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 レベル零。初めての恩恵でした。魔力が無い。だから魔力的レーダーにも映りませんでした。

 なんと、飛行機レイちゃんはステルス機だったのです。そう言えば、ステルスも現代の技術。

 太古の飛行技術しか持たないプテラノドン風情には、絶対に負けてやりませんともさー!!


 そんな危険っぽい高高度を飛んでいた理由。それにはもう一つの理由が存在した。

 空を飛ぶ他業種さんと近接遭遇しかけたからだ。ペガサスライダー。郵便屋さんである。

 知的財産権の無いこのファンタジー社会、誰が飛行法を伝授してやるものか!!

 しかし、このペガサスという生き物。これに乗ることは大変難儀なものらしい。


 守銭奴、改めティータ先生の言を借りるならば、

『ペガサスは、普通の馬なら跨る位置にちょうど翼がありますよねー? そして、翼の邪魔をすればペガサスは飛べませんよねー? なので、普通の鞍は着けられないんですよ。ですから、前鞍と後鞍を着けるんですねー。あとは、前鞍の取っ手に掴まって、後ろ鞍の鐙に足を掛けて、ひたすらにしがみつくだけになるんです。これが本当に体力勝負でなんですよねー。上空の風や寒さに雨、そういったものにずっと耐え続けなければならない、ペガサスライダーは過酷なお仕事なんですよー? ペガサスの騎兵ですかー? 地上では翼が弱点、仲間にも邪魔ですよねー? 空中では馬の足が邪魔で重たい物も乗せられません。それに、しがみ付いていなきゃ空で振り落とされますからねー。乙女騎士たちが色々と頑張ったみたいですけど、どにもならなかったみたいですよー? どう足掻いても乗り方が格好悪いって、諦めたそうですよー』

 ……と、いう具合で御座いました。ペガサスナイト。それは、夢の中だけの夢ある職業。

 翼の羽ばたきを邪魔しないよう首の近くに座れば重心が狂う。ペガサスが前のめりになってしまって前方回転だ。ペガサスだって困ります。乗ってる方も困ります。落ちて死にます。

 かといって、重心の真上に座れば羽ばたきの邪魔になること請け合い。

 色々と努力はしたそうです。でも、全て無駄に終わった。前鞍と後ろ鞍を繋いで座椅子を作ってみた。羽ばたきの邪魔にならぬよう、正座のような騎乗スタイルも考え出された。

 そうして完成した無理のある騎乗スタイル。それを使って空の上から一方的な魔法攻撃を試みた。が、またもや翼が邪魔をした。一つ間違えばペガサスの翼や身体を傷つけてしまうのだ。

 ペガサスナイト。その夢ある夢は、儚く散った。乙女騎士の浪漫は儚く散ったのでした。


 空飛ぶ生き物全般は、同じ理由で飛行機には成れても、戦闘機にはなれなかった。

 高速輸送の空輸便。それとちょっとした偵察。その二つだけが役割の悲しい職種。

 それゆえにペガサス乗り。つまりはペガサスライダーなのだった。ペガサス幻想。

 頑張れペガサスライダー、負けるなペガサスライダー。負けたときには墜落死だから本当に頑張れ!!


 しかし、奴等が空の利権を主張してこないだろうな?

『世界の空は俺の空だから飛ぶな!! 空を飛びたきゃ金払え!!』

 なーんて。それがありえるから、この異世界は嫌なんだよなぁ。


 ……あ、天空の王者さんに奴等がこんなこと言ってましたよって報告すれば良いんだ!!

 これで空の利権は全て天空の影番長、俺のものですよー!!

 ちょっと、ティータちゃんが感染うつりましたかー?


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