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サイドストーリー とあるメトセラの日記

 七歳のカシウス。その初恋の相手は私でした。

 それから七年。十四になったカシウスは、私に女を感じ始めました。

 それから三年。十七になったカシウス。いつまでもいつまでも私から離れようとはしません。

 大好きな女の子の前で格好付けたがるその姿勢と、冒険者としてのそれが全く合っていませんでした。

 私に良いところを見せようと頑張りながら、根っこでは私に甘えたがっている。母親であり姉であり初恋の人。混ざり混ざった感情が、カシウスを歪めてしまったのかもしれません。

 私が傍に居ては、カシウスの傍に伴侶が永遠に現われませんよ?


 あの天竜王を打ち倒したといわれる冒険者に挑むと口にした時、別れの時がやってきたのだと薄々ながら理解しました。


 ダンジョンワーム。

 本来ならば百人や二百人の規模で挑むべき魔物。その討伐を自分達のパーティ一組で受け持つと口にした時、別れの時がやってきたのだと薄々ながら理解しました。


 一言で言えば身の程知らず。自分たちの状態が全く見えていない。恋は盲目と申しますが、まさかここまで目が見えなくなっているとは思いも寄りませんでした。私も、母としての欲目がカシウスへの評価を曇らせていたのでしょう。


 カシウスは良い子です。それは間違いありません。

 真っ直ぐに育ち、弱き者あればこれを助け、理不尽があればこれを打ち砕く。聖典というものは、中途半端に道徳を挟み込んでありますから、とても厄介なものでした。

 森にゴブリンの集落があれば、人のためにコレを焼きました。正義です。

 海にセイレーンの棲家があれば、人のためにコレを斬りました。正義です。

 山に、川に、平原に、人のために、弱者のためにとその力を振るい続けました。

 英雄です。無私の英雄です。人間にとってのみ。


 その考えを直そうと思いながらも躊躇いました。

 神が正しい。そんな世の中で一人だけ神は間違いだと叫ぶ人。その末は破滅ですから。


 レイジ=サクマさま。

 彼は一人だけ、神と呼ぶのは間違いだと笑い話にしていましたね。

 神とはいつか被害があったとき、その穴埋めをするための保険屋なのだとか。もちろんカシウスは怒りましたけど、道理としては合っていましたから言葉を濁すばかりでした。私は一人でこっそりと笑いました。

 ダンジョンにどうやって一人で挑むのか。単身で立ち入り、その全てを破壊して周るのか。その作戦は予想外。ワームの外の土を掘り始めました。しばらくの間、その正気を疑いました。

 翌日、さらに翌日。

 彼の考えが理解でき、そして、カシウスにもこう在って欲しかったと悔やみました。

 カシウスは私の力を頼り、そして、直線的な暴力による解決しか覚えてこなかったのです。


 たったこれだけの坂道で、息を荒げるほどの脆弱な肉体。それでありながら打ち立てられた英雄譚の数々。自分は弱い。相手は強い。理解しながらそれでも挑む、勇者がそこに立っていました。少しばかり、ヨロヨロしていましたけど。


 そしてあまりにも簡単に、彼の手によるダンジョンワームの討伐は完了しました。

 でも、疲れ切ってヨロヨロです。誰か、弱き彼を支える人は居ないのでしょうか?

 右を見ても左を見ても、ただの平原。あいにく、支えられそうな人は私だけでした。


 人の身で、どうして天竜王を落とせたのか?

 人の身で、どうして不死王を封印できたのか?

 仔細は解りませんが、きっと私には想像もつかない智恵を持って立ち向かったのでしょう。

 強き力をさらに強き力で打ち砕く。カシウスの望む英雄像。英雄譚のままの英雄像。

 強き力を飄々と卑怯卑劣で打ち砕く。本当の英雄像。美辞麗句に尾鰭がつけば英雄譚です。

 とてもとても懐かしい香りがしました。人の弱きを知りながら、魔物の強きを打ち砕く。

 金の髪に翡翠の瞳をした彼の香り……。

 初恋というのは卑怯なもので、やっぱりその、似た方を目にすると、ドキドキしてしまいますと申しますか、空気に甘い香りがしたと申しますか……過去のあの日には、既に連れ合いがありましたから。でも、今日は在りえなかったその先の扉へ……。


 ……。

 ……。

 ……。

 雷撃です。懲罰です。お仕置きです。

 避ける仕草一つとっても、やっぱり弱い。……似ています。ソックリです。

 物静か、などと綺麗な言葉で飾られていますが、本当はただの無精者でした。

 たくさんの女の子に言い寄られて、口を動かすのにも疲れ果てて居ただけでした。

 その癖、誰に手を付けるわけでもなく、果ては寝床で骨を折られたくないと喚き散らす始末。

 そんなことは……在り得るので、気をつけなくてはいけないんです。

 あぁ、なるほど、そういうことでしたか。やはり雷撃です。懲罰です。お仕置きです。

 メトセラである私が房事にかまけて魔力のコントロールを失うなど……。実際にやってみないと、その~、解りませんね?

 まったく、それが怖いなら怖いで、私がリードして……いえ、それも何だか嫌ですね?

 場所が悪かったのです!! 場所が!! 掴まるべき何かさえあれば!! でも、どうせならその身体にしがみ付いて抱きしめあって、温もりを確かめ合い……私、不幸な子ですね?


 ダンジョンワームを片付けた後、少しばかり金属の採取に務め、レイジさまは去っていきました。そのやり方を見届けながら、未だにやり方を変えないカシウス。まるで、その冒険者像を目の仇のようにして、ただひたすらに突撃を繰り返すだけでした。

 十五階層。その敵はキマイラ。少し驚きました。幾ら成長してもダンジョンワームのなかにそんな凶悪な魔物が生まれることは……ダンジョンワームが二匹分。そうでした、今、このダンジョンは二つが重なっている状態です。


 二倍は危険。

 それを注意しても、それでもカシウスは意固地になって、やり方を変えませんでした。

 火攻め、水攻め、いくらでもやり方はあるのに、尾鰭が付いて、汚れが落とされた英雄譚の英雄のように。ただ真正面から、真正面から挑みかかるだけ。

 キマイラ討伐の栄誉がそんなにも欲しかったのでしょうか?

 だから、ついに……仲間を失ってしまいました。

 ミゲル。故郷から旅を共にした、カシウスの友人です。

「アリアドネ!! なんとかしてくれ!!」

「なんともなりません。彼は息絶えました。出来ることはただ墓所の穴を掘る事だけです」

 子供は親に全能であることを望むと言いますが、メトセラは全能ではありません。

 でも、万能です。五人が四人になりながら、なおもミゲルの為に敵討ちに挑むと口にするカシウスの前で、ミゲルに相応しい墓所を掘りあげました。全長百メートル。深さも百メートル。ダンジョンワームを押し倒すと、ちょうど良い具合に弱点が見えました。

 なので雷撃を持って、サクリと一撃。ダンジョンワームをただ殺せば良かった時代と違い、証拠の品を持ち帰れと言われる今は、少しばかり面倒ですね。

 それらしき部分を拾い上げ、カシウスに手渡そうとすると、その手を払われました。酷く強い力で払われてしまいました。

「どうして!! どうしてアリアドネが手を出すんだよ!!」

「どうして? それすらも解らないのですか?」

 少し。いえ、激しく私は後悔をしました。

 カシウスは王族。ミゲル達はその従者の子。五人だけの王国を彼等は築いていたのです。

 でも、私は――――、

「託された子はカシウス、貴方一人です。ですが、私が連れて出た子は二十人。とてもとても大変な旅路でした。自分の子供も居ないというのに、二十人の母親代わり。旅の途中で一人立ちした子も多く、今では貴方達四人。でも、私は二十人全ての母親のつもりでした。カシウス? 私は貴方だけの乳母ではありません。ミゲルの母でもありました。そんなミゲルが殺められたなら――――私だって、悲しくて、怒るんですよ?」

 母親として、子供の仇を討った。それすらもカシウスは否定するのですか?


 ――――自らが英雄になるためだけに。


 口には出しませんでした。

 でも、彼の英雄願望と、それに振り回される子供達が見ていられなかったのです。

 四人は三人に、三人は二人に、二人は一人に、カシウスと私だけが残る結末。そんな当たり前の結末すら見えていないカシウスの姿に涙しました。王の子として育てられ、王子として育ち、そして国を失いながらも未だに彼の心は王子のまま。

 冒険者として下地を積み、傭兵として将官としての器量を積み、いずれは祖国の復興を。それは、誰のための復興だったのですか?

 自分が英雄として凱旋し、英雄として王位に復位するための? ……私は、間違えました。


 英雄譚なんてものは、冒険の中の綺麗な部分を切り出して飾りつけ、冒険の中の汚い部分を洗い落とし、そうして作られた出鱈目が全てなのだと教えておくべきでした。八割から九割が汚い部分で出来ているものだと、そうでなければどうして弱者が強者を倒せるのか。

 母親は駄目ですね。甘やかし続け、子供の夢を覚まさせる機会を見失っていました。

 褒めて褒めてと笑う子供のカシウスが大好きでした。可愛い可愛いカシウス。

 でも、男の子はやがて大人の男性にならなければいけなかったんですね?


「これを受け取らないことは、英雄として合格です。ですが、冒険者としては失格ですよ?」

「俺は、受け取らない!! 俺は、物乞いじゃ無いんだ!! 俺は……英雄になるんだ!!」

「わかりました。では、私が一人で換金するとしましょう。どうやら私はカシウスのパーティでは無かったみたいですから……」

 ≪長距離跳躍≫。転移魔法の跳躍と似ているものですから誤解されがちな、ただのジャンプ一つ。たったそれだけで、切れてしまった親子の縁。それが悲しくて、悲しくて。

 カシウスのことを親離れできない困った子だと思っていましたけど、本当は、子離れできない困った母親が私でした。――――いつか何処かで突き放さなければ、彼が一人前の男になりきれないというのに……。


 カシウスは良い子です。でも、良い男ではありません。

 これは育児放棄になるのでしょうか? ……なるのでしょうね。

 私を失い、ミゲルを失い、英雄ゴッコの夢からどうか目覚めてください。

 これが未熟な母から贈れる、最後の――――。


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