異世界ファンタジーの遊戯盤(3)
「酷いのじゃ、酷いのじゃ!! 男ならば自分が身代わりになると申し出るべきなのじゃ!」
「あの、レベルが零なので肉塊になるだけですけど? あと、魔王様も嫌がると思います」
魔王のペンペンはかなりのものだったらしい、お膝に座ることも出来ずに、尺取虫のようにお尻をあげて、座布団にだらしなく寝そべるメイメイさま。可愛いです。
「魔王の娘……メイメイさまは、最初からこの国を売り渡すおつもりだったのですか!?」
「――――違うのじゃ。わしだけが、この国を守っておったのじゃ。勇者どのの召喚の話が出たとき、さっさと滅ぼしてしまえという話があったのじゃ。が、ワシの我侭で待ってたもれと願ったのじゃ。結果は、このザマじゃがのぅ」
お尻を上げた、そのザマですか。
「ならば言ってくだされれば!! 私も召喚の反対には協力を、」
「無理じゃ。アルエット、剣しか持たぬお主に何が出来る? 身の程を弁えよ未熟者。剣ではなく女を求められて蒼ざめておった小娘が、調子にのるでないわ!! レイジを得る前のお主などただの剣。使い手も持たぬ野晒しの剣であったじゃろうに!! 本来なら、白虎王か天竜王、どちらかがこの国を滅ぼす予定であったのじゃ。……それを身の程知らずに止めた我もまた未熟者じゃな」
爵位だの、領土だの、家名だの、領民だの、それから家族……雁字搦めの少女に出切ることは無い。鞘と柄を縛った鎖はそれだけ硬い。剣を持たない剣聖の愛弟子に出来ることは無い。
王の縛りが切れた今でも、父母姉、それに既知の友という鎖は残っている。
錆びた剣より斬れない剣。それが今のアルエットだ。価値は無……おっぱいがありました!
「はい、我が身はただの剣。斬るほかに能の無い身。弁えぬ言のほどをお許しください」
「うむうむ、許すのじゃ。お主の失態は主の失態。罰を受けるのはレイジじゃから安心せよ」
「まったく!! 全然!! 安心できません!! なんでこっちに振るんですかっ!!」
「うむ? ここは、罰を身代わりに受けて、男を見せる良い機会であろう? アルエットは義を知る女じゃぞ? 自分の代わりに鞭打たれる姿を見れば、きっとお主に惚れ直すであろう」
「はっ!! このレイジ!! 謹んでお受けさせて頂きます!!」
「そういう話は本人の前で口にすべき事ではないと……」
頭を撫で撫で、尻尾を撫で撫で、手当て手当て。
コレには医学的根拠がある。人体の神経には伝達できる情報量に限界があるのだ。全身全ての情報を余すことなく脳に伝える事は出来ない。よって、頭部や尻尾、痛みよりも更に脳に近い部分に刺激を与える事で、アルエットが膨れっ面をするのである。
「はうぅ、癒されるのぅ。親父殿のペシペシには何故か魔法が効かぬのじゃ。あやかしの極みとか申しておったのぅ。幾ら傷を治そうとも、痛みだけが消えぬのじゃ。レイジの手はそれすら癒やすのじゃから、大したものじゃのう……」
原理は解った。おそらく幻痛。尻を叩いたように見せて、そこではない場所に擬似信号を送る魔術を重ねる。尻の痛みの原因が、背中にあったなら誰も気づかない。脳に到達するまでの神経の通り道に擬似信号の元を置けば良いのだ。
いずれは異物として排除されるが、それまでは尻が痛いと勘違いが続く。
つまり、それまではモフリ放題というわけだ!! さっすが~孫三郎さま、話が解るっ!!
「う~む? なにやらアルエットがモジモジしておるが、どうかしたものかの? これは医療魔術じゃぞ? お尻をペシペシされておらぬお主には、必要の無いものじゃろう?」
「わ、私はそのような……あ、主に恥をかかせた身として、後々、主から罰を受けることを考えていただけです!! 羨ましいとか、そういったものではありません!!」
「ほう!! つまり今宵はアルエットの尻にレイジの手の平が飛ぶわけじゃな!?」
あのー、レベルが零なんで、痛いのボクの手なんですけどー?
あ、痛いの痛いの発見。なるほど、片手で叩き、背に乗せた手で魔法を掛けていたわけか。
つまり、この辺を揉み揉みすれば、魔法が神経外に拡散して、痛みが和らぐんだな。
「おや? レイジ、お主は何をしたのじゃ? 尻の痛みが急に消え……ておらぬから、もっと撫で回すがよいぞ? おぉ、そこじゃそこ、そこが気持ち良いのじゃ。あぁ、安らぐのじゃ」
流石は女、流石は狐、合わせて女狐。
アルエットの前で、これでもかこれでもかと見せつけて……アルエットさんの闘気を感じます。剣は抜かねど鞘は痛い。そうでした、ボクなど剣を抜くまでもない相手で御座いました。
でも、するの? 本当にお尻をペンペンと……レイジ、また新しい扉を開いちゃうよ!?
……。
……。
……。
冒険者の夢見亭は繁盛していた。
冒険者ギルドの受付には獣っ娘が立ち、ティータ先生が課長に昇進していた。魔物であるからと言う理由で使役されていた奴隷が解放され、新しい職を求めて詰め掛けて来たのだ。
翡翠の賢者。彼は人間の為に立った訳ではない。自身の為に立った訳ではない。ただ、世界を住み良くする為に尽くした、それだけの人だった。その為に必要だったのが魔物への理解だ。
人の世がどうあろうと、魔物は魔物の都合で生きている。
魔物にも言葉が通じるもの、通じないもの、例え通じても解りあう余地の無いものが居た。
カシウス。世界をサクリファイスしようと企む亡霊の手先。彼は解りあう余地の無い者だ。
いずれ夢から覚めてくれればいいけれど、それこそ現実へようこそーだ。
孫三郎さんの支配の理屈は簡単だった。簡単にしないと覚えられない魔物が沢山だからだ。
盗むな、犯すな、殺すな。喧嘩もたまには良いものだが相手を選べ。それから奴隷の解放。
そういえば、明治維新に大正デモクラシーまでは経験済みの孫三郎さんだった。
ただの野の獣は獣。言葉が通じるものは民。言葉が通じてもどうにもならぬものは敵。
魔という言葉を消すことから彼は始めた。
「人間とて魔法を使うのであるから、正確には魔人であろう? ならば狩りの対象にして進ぜようか? 我が軍勢には人肉を好むものも多いぞ? うん?」。道理だね。厳密に人間と言えるのはこの異世界じゃ俺だけなんだ。対となる聖の字が消える日も近いだろう。
いずれ聖典は典になる。意味不明だな。
人魔混交。新しい時代がここにあり、古い時代が北に残った。
北には剣聖、聖魔、マリエルさん……それに東には勇者さまに二人の姫君。
戦争は止まらない。必ず何処かで衝突が起きる。でも、それまでは一休みしておきたい。
「おかえりなさい! おにーさん!! 今日はお仕事ですか!! 獣の買取ですか!?」
「はい!! ぬめぬめさんの買取を!!」
「除名です。もう、人手は足りているので除名しても良いのですよー!!」
「はい!! ムシムシさんの買取も!!」
「おにーさん!! 話を聞いているのですか!! そんなにムシムシさんとぬめぬめさんをティータに寄越して、泣かせて、ボロボロにして、それがそんなに嬉しいのですかっ!!」
「はい!! 新人研修用に必要かと思いまして!!」
「おにーさん!! 愛してます!! さぁ、素手で揉むのですよー!! 泣き言は許しませんよー!! 一揉みごとに値が上がると、愛情を込めて塩揉みするのですよー!!」
うん、黄金の獣どのは今日も見事な黄金の獣どのでした――――。