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異世界ファンタジーの遊戯盤(2)

「まぁ、良くやった方じゃよ。あの戦戯王エグザクトを相手に、ここまで盤面を引っ掻き回したのじゃからな? だが、少々魔王と言うものを舐めすぎておったようじゃの? レイジよ」

 奥の院。神域は未だに無事だ。それどころか、街そのものが無事だ。

 魔物が言葉を話し、貨幣を支払い、市場で食料を購入する姿さえ見られる。

 どういう冗談か、精肉ギルドに魔物を持ち込んで卸す姿さえ見られるくらいだ。


「メイメイさま、魔物とは何なのですか?」

「うむ? ……お主には、冒険者になる前に、本当に山ほどものを教えて置くべきじゃったな。魔物とはな、人間に都合の悪い生き物と、人間に都合の良い生き物のことじゃよ」

「都合が悪いは解りますが、都合が良いとは?」

「美味い。使える。便利。他にも色々じゃなぁ。……例えばミノタウロスなどはそうであろう? 実に使えて便利な魔物じゃ。例えば獣人もそうであるなぁ。見目麗しく、男どもには垂涎の的よなぁ? 都合の悪い魔物と、都合の良い魔物。どちらが多いのか、わしにも解らぬよ。わし自身、奥の院に潜む魔物じゃしなぁ? 魔性の女狐よ」

 メイメイさまが――――魔物っ!?


 その愛らしさは確かに魔物だ。うん、魔物だ間違いなく。属性はモフモフ。

「くふふっ!! 冗談じゃよ半分はの? 神官どもが魔物と決めれば魔物じゃ。ただその基準が人間に都合が良いか悪いかで決まるだけのことじゃ。言い換えれば、神を僭称する亡霊の気紛れ次第じゃな? あの獣人は愛らしいから魔物じゃ!! などと指差せばそれで魔物。これで、何をしても罪には問われぬわけじゃな? 獣人も魔物、メトセラも魔物、美しいだけの女人も魔物、稀には教会への寄付を渋る金持ちも魔物じゃったなぁ……。神官がうっかりと口を滑らせ、魔王の怒りを買い、随分と風通しが良くなったものじゃ」

 神の権威に神官の欲望が掛け算されれば、即座に魔物が生まれる。

 ブラック保険屋も保険屋なら、それに仕える神官も神官なんだな。そして魔物のなかの魔物として指定された魔王からすれば、保険屋を信仰する一切の者は敵勢力。だから国ごと滅ぼしたり、象徴を滅ぼしたり、信仰を踏み躙ったり、アレコレと手を尽くしたわけか。


 宣戦布告はこちらからした。

 それでありながら被害者面。

 耳が腐りそうな話だよ。本当に――――。


「メイメイさま、エグザクト……国王陛下が、お呼びです」

 やはり言い慣れない。言いたくないのだろう。アルエットの声が硬く冷たい。

 しかし王は不在。勇者も不在。王都の民は全面降伏を申し出た。――――アルエットの聖剣が抜かれることは無かった。絡みつく形容し難い何かが、その手を封じていたのだ。いくらアルエットといえど、剣を抜かねば刃で斬れぬ。

「解ったのじゃ。……エグザクトめも男じゃったか。ワシのモフモフには勝てなんだか……」

 その愛らしさは罪……。いっそこのまま知り合いだけ連れ出して!!

 でも、形容し難い何かが俺を捕らえて離さない。王都の民自身はどうでも良いんだ。でも、巫女巫女たちは? 武具屋のおっちゃんは? 一緒に酒を飲み交わした通りすがりの誰かは? 負けてくれと頼むと、値段が高くなる不思議な市場のおばちゃんは?

「いえ、レイジ。レイジ=サクマさまを御呼びなのです。エグザクト……陛下は」

「なんじゃとー!? 許さぬぞエグザクト!! レイジ、気をつけるのじゃぞ!? 男にも穴があることを忘れるでないぞ!? 受け入れる事は許さぬ!! まして、攻めることはもっと許さぬのじゃ!! 心、いや、魂に命じておくのじゃぞ!!」

 レ、レイジ、今の一言でエグザクトさまが本当に怖くなりました!!

 レイジはブサイクの子ですよー? お化粧、お化粧しなくちゃ!! アルエット、手伝ってくれ!! 化け物メイクならお手の物だろう!? 舞踏会の壁でラフレシアしてただろ!?

 とりあえず、パンチで青痣のメイクはしてくれました。

 ボクに剣は捧げたが、拳は捧げてないそうです。くすん。


 ……。

 ……。

 ……。

 謁見室。玉座は上に、実用性のないほど上に、己は下に、実用性あるバリアフリー。合鴨ファンタジアの人々は、王が歳をとった後のことを考えていない。まさか……あの長い階段を登れなくなったら引退とか、そういった実用面が!?


 玉座に座るは戦戯王エグザクト。真っ黒オジサンよりもなお黒い。

 黒一色すぎて、むしろ造形がわからない上に黒マントって、貴方、何かを間違えてる気がします。縁取りに金くらい使ってはどうですかー?

「我が名はエグザクト。戦戯王などとも呼ばれているが……戯れた事など一度も無い。戦いとは命懸け、双方ともにであるからな。そこに遊戯を入れる余地など無い。命を弄ぶ遊ぶ興などはない。ただ、我と相対したものは弄ばれたと感じるらしいな……」

 はて? どこかで聞いた台詞です。

「卿がサクマレイジ。我が策の悉くを避けてかわした男か……。見えぬな。可哀想に」

 王様の許しが無い発言は、不敬罪で首をザシュ。それは不経済な法律だと思います。

「勇者と二人の姫君。それからキミには悪い事をした。追い詰めすぎたのか、メイメイの努力が足りなかったのか、いくばくか遅かった。平和な世界から、愛する者たちから引き剥がした事を詫びよう。国主として頭を下げるわけにはいかぬが、この世界の者として詫びさせてくれ。魔王と呼ばれる者達は好き勝手にやってきたのだから詫びる必要も無いのだがなぁ……」

 えーっと、魔王様かなり気さくと言うか、とってもお知り合いの方に似てるのですが?

「我の相貌は、他者を威するにはいささかばかり不適切ゆえ常に兜を被っているが、キミにはメイメイが世話になっている礼もある。見て、驚くがよいぞ?」

 漆黒兜の下から現われたのは、狐耳、金色の毛に先っぽだけが白い耳。髪もまた金糸。美しく輝くその流れには神々しさすら感じてしまう。勇者様に勝るとも劣らぬ……勇者様が大人になればこうなるのではないかと思わせる美青年。

「我はメイメイの父。あやかし狐の孫三郎だ。自分で口にするのも何であるが、この顔ではなぁ。魔王による恐怖の凱旋が、歓迎パレードになりかねぬ。あぁ、自由な発言を許すぞ。玲人どの。同じ日本の生まれ、同郷の者として気さくに話しかけるが良いわ」

 ホワイ?

 なにが、どうして、どうなっているの!?

「メイメイさまの父親って、どういうことですか!? なんで、奥の院の大巫女の父親が魔王なんてやってるんですか!? おかしいでしょ!?」

「父娘というのはそのままだが? 奥の院。この世界の極点に、密偵として我が娘を送り込んだだけのこと。勇者どのの召喚を許すとは、我が娘のことながら不甲斐なきことよ。もう少し上手くは立ち回れぬものかのぅ? 我が娘の不徳の致すところ、まことに申し訳御座らん」

 両膝に手の平をついた、ジャパニーズスタイルの頭の下げ方だ!!

 魔王エグザクトさん、エグザクトさんはどこー!? 異世界ファンタジーさーん!!


「まぁ、ちょっとした昔話になる。日本で明治が過ぎ去り大正を迎えた頃から急速に魔力が失われ、我等は移住を余儀無くされた。そこで迎え入れてくれたのがこの世界であったのじゃ。以来、色々とあった。この世界の者達との軋轢。この世界を喰らわんとする魔神との戦い。それから共に肩を並べし勇者どのとの別れ。色々と思い出深きこの地に、また新たなる脅威が迫っていると知って駆けつけた次第よ」

「新たなる脅威……魔王の侵攻、ですか?」

「いや、それはワシが呼んだ援軍じゃ。敵は神を僭称し、人々から祈りを、その魂までをも喰らわんとする新たなる敵よ。天国地獄という名の奴の胃袋の中に収める気でおる」

 はい? 魔王が援軍で、ブラック保険屋が敵!?

「あの、もそっと話を噛み砕いてお願いします。ボク、クラスでの成績は中の中でしたー」


 神。

 その一字が全てを現している。尊いもの、偉大なるもの、神聖なるもの。超越者。支配者。

 それを僭称するのは一つの亡霊。ただの魂。偉大なるものとして認識されれば偉大なるものとなり、惨めなものとして認識されれば惨めなるものとなる。超フレキシブルな存在。

 日々の祈りにて魔力を得、死後は魂を委ねるという名目で貪り喰らう、陰湿なる亡者。

 廻るべきはずの魂が廻らねば、この世が滅んでしまう。

 そこで立ち上がったのが戦戯王エグザクトこと、あやかし狐の孫三郎。

 この世界に幾多の魔王を誘い込み、神など取るに足らぬ存在だと喧伝して周った。祈れども祈れども神は応えず。祈りが徒労に終わるなら誰も祈りはしない。そしてやがては神を僭称せし何某かは、忘却の果てに消え失せる。

 認識されねばニュートリノ未満の存在よ。永遠の孤独の中で朽ち果てよ。亡者!!

 だが、敵も馬鹿ではなかった。勇者と二人の姫を召喚し、それをさも自分の手駒であるかのように喧伝しようとしたのだ。勇者の手柄は俺のもの。俺さまに感謝しろと面白いことを言いだしたのだ。

 メイメイさまが召喚を止めた、が、止めきれなかった。

 故に次なる手として封じようとした。この国で爵位を得させ、領土を得させ、元帥の役割を得させ、そして北の国との人殺しの日々に辟易させる策謀であった。この国の王に利用されているだけの神の兵士。他国からすればただの脅威でしかないわけだ。

 お前は元帥なのだから、国王の勅命に従って侵略戦争に出よ。ちょっと他国に行って人殺しをしてこい。他人のところから土地と財宝と奴隷をちょっと獲って来い。……面白い冗談だ。

 勇者は動かず、勇者は動かせず、この地にありながら完全に不干渉の存在となるはずだった。

 他国からすればそれは裏切り。自国からしてもそれは裏切り。盾にはなれど、矛にはならぬ。

 魔王を討つために使わされた神の兵士がボイコット。ますます神の権威は落ちるばかりだ。


 だがしかし、それを引っ掻き回した馬鹿が居た。はい、俺です。勇者様の手を人間の血で汚さないために逃がしました。今頃は高速で道路工事をやってるはずです。道が無ければ農村に街、双方共に飢えるばかりですから。

 奥の院とはそもそもこの世界の極点。人間で言うなら入るところか出るところ。ダンジョンワームさんで言うなら……何処!? 全身かなっ!?

 魂の廻りにおいて重要となる地の一つ。ここを抑えることで、天国地獄という名称の胃袋から逃がすことがメイメイさまの役割。聖具や神器を封じるも役目。この世は人間様だけのものではない。ただ一度、勇者さま縁の品が忍び込まれて奪われた。それが今回の大失態であった。

 あとでお尻ペンペンらしい。その姿を見せてくれるらしい。超楽しみです!!


「ま、喧伝の勝負よな。騙し合いにて狐が勝つか狸が勝つか、見ものであろう?」

「相手は狸なのですか?」

「まさか!! 太三郎狸殿ならばこんな下手は打たぬし、狸である事に誇りを持っておるわ!! 敵はな、人よ。メトセラという種に嫉妬した老いたる魔法使いよ。人である事に矜持を持てず、己をより高みに近づけんとして世界一つを生贄に捧げるつもり。――――許せぬな? ワシを受け入れてくれたこの世界。滅ぼすというならばワシが相手をするまでじゃ!! 己が手を出したるものが何であったか、あやかし狐の孫三郎。とっくと教えてくれようぞっ!!」

 啖呵の切り方が江戸っぽい。

 なんてジャパニーズスタイル。とりあえず拍手をしてみると、長い髪を振り乱して歌舞いてくれました。

「いよっ!! 孫三郎!! 粋だねぇ!!」

 パチパチパパチ。なぜ、側近の人達まで鎧姿で拍手をしているのかサッパリですが、メイメイさまのお父様ということだけは、しっかりと解りました。そのノリで。


「お主と娘が良い仲であることは聞いておるが、一つだけ忠告しておこう。女は嘘を吐く。とくに狐は元よりの嘘つきじゃ。あれはワシが若かった日のこと、ついつい他の雌に懸想して、一夜を共に。なれど、妻のお夏は怒るどころか尻尾の数だけ許しましょうと述べたのじゃ……。以来、天国でもあり地獄の日々じゃった。求められれば応じずには居られず、子の数だけ苦労は増すばかり。釣った魚を飢え死にさせる男と結婚した覚えなどは無し、男に在らずば一番大事な十番目の尾を食い千切ってやると脅されてな……。お主は騙されるなよ? 女は嘘つき。女狐は更にじゃ」

 ――――超遅いです、義父さん。


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