冒険者ギルド、昔々(2)
金の髪に翡翠の瞳。ティータ先生二号がそこには居た。おっぱいは上。
ティータ先生、交換してもらっても良いですか?
「えーっと、これがギルド本部からのお知らせですねー。……おにーさん、この手紙どうやって運んだんですか? 書かれた日付が今日なんですけどー?」
馬で十日、徒歩で五日、ペガサスもどき便で一時間。超高速で飛ぶペガサス伝説が生まれる日も近いだろう。
「跳躍魔法です!!」
ずいぶんと、素晴らしい言い訳を思いついたものだ。
目視による短距離ワープの連続。確かにそれならば異常な速度の説明もつく。ただし、精神の異常の説明もついてしまう。命懸けの跳躍を連続で? 歩いた方がマシでしょ?
ティータ先生二号こと、メルティちゃんはこの街の冒険者ギルドのギルドマスターだ。
酒場が九割、ギルドは一割だった。何処に行っても冒険者ギルドは世知辛いもののようだ。
ティータ先生との関係は、従姉妹。セルティさんとの関係は、姉妹。なので、逃げ出した。
この血族と関わる事自身がもう間違いだとボクの本能が察知したのだが、呼び止められた。
「ミレッタお姉さんは結婚出来たんですねー。良かったですねー。お祝いですねー。酷いですねー。本当にー」
なんだか、随分とションボリしている。
ティータ先生と似ているので、なかなかにその姿を放り出しづらい。
「手紙の内容を聞いても?」
「構いませんよー? 御祝儀を、寄越せ。あと、次の街への移動指示が書いてありますねー。この様子だと、あと十三軒回らないと駄目みたいですねー。おにーさん、大変なのですねー」
はい、大変です。
「でも、ティータちゃんに惚れている変態さんなのですねー」
はい、変態です。何か?
「この国の冒険者ギルドは、基本的に同族経営なんですよー。創始者の一族と申しますかー、運命に縛られた一族と申しますかー。自分の子供の運命が決まってます。貴族の人達も同じですけど、あちらは旨味、こちらは苦味ですからねー。その運命から逃げ出せる一族の人間はなかなか居ないんですよー。ミレッタお姉ちゃんは、その運命から逃れられたのですねー」
薄々は感じていたが、言葉にされると胃に来るな。ミレッタさんは幸運の中の幸運。自分の子が、赤字冒険者ギルドに捕らわれると知りながら結婚したがる男性も少ないだろう。
「そのうえでー。御祝儀を寄越せとか馬鹿じゃないですか!!」
「はい、馬鹿だと思います!!」
「おにーさんは話が解る人ですね!!」
「はい、話が解る人ですよ!!」
「困った時はー、この人の良いおにーさんを利用すると良いですよーとも書いてありますねー。ただしー、口説くのは本部のギルドマスターとして許さないそうですよー?」
――――なんて話法なんでしょう。やはり逃げておくべきでした。
「メルティ困っちゃったなー。高級食材がー足りないなー。お肉もー足りないなー」
「はい、ホーンドラビットが二十匹にぬめぬめさんが十匹」
「ぬ……ぬめぬめ、ぬめぬめは……ぬめぬめですよ? 食べ物じゃありませんよ? そもそも何処から出したんですか!! どういう魔法ですか!?」
「召喚魔法です!! ぬめぬめさん、塩を使って手揉み洗いすると、とっても美味しくなるそうです。素手でしっかりと入念に、これでもかと揉むところが非常に重要な点らしいですね? その揉み上げかた一つで食感が随分と変わるそうです」
おそらくは死後硬直後のなんたら酸を筋繊維から搾り出してどうのこうの、なのだろう。
ただ捌くのと、揉んだ後の食感は全く違った。勇気を出して食べてみたら美味しかった。ティータ先生の汗と涙と血の涙の結晶の味がした。とっても美味しかった。
「では、御祝儀を頂いても? あと、査定の方もきっちりとお願いしますね?」
「……おにーさんは、十三歳の少女に」
「メルティちゃんのおとうさーん!!」
「好き嫌いは許さんぞ!!」
ギルドマスター時代の経験を活かし、引退後は後育に勤めながら酒場を切り盛りする。
そして自分の息子や娘が悶え苦しむさまを見届けながら逝く。二子以上を儲けても、他で子供が生まれなければ養子に出される。貴族のみならず、そういった運命に縛られた一族というのは多いらしい。
運命に縛られていると言ったが、大多数の農家だってそうだ。土地に縛られている。むしろ、縛られていない方が辛い。一つの畑に十人の子供。十分割すれば仲良く飢え死に一直線なんだ。
一説では、田を分けて相続する事を田分け、江戸の昔にはこれを戯け者と呼んだらしい。
畑もなく、学もなく、ただ歳をとったら放り出されるのみ。あるいは自分の兄弟の小作人として使って貰うだけの人生。これが運命に縛られない、この異世界ファンタ人の生涯だった。
どうして人間社会だけファンタジー成分が少な過ぎなのよ!?
メルティちゃんが塩が足りないので無理と泣いたので、なんと死海の塩の出番が訪れた!!
法の網を潜り抜けました!! 塩を商人に売るのは職人の専売特許だが、店に卸すのは専売特許ではない。メルティちゃんが泣いて喜んでいた!! ぬめぬめが泣くほど好きですか?
この生き物、構造が単純なせいかやたらに増える。蟲の森に分け入る人間も居ないので商売敵も居ない。ペンデュラムスパイダー達に守られた素晴らしいぬめぬめさんでした。
しかし、後十三軒か……。計十五軒。国の面積にしては多すぎるような気もする。
多すぎる気がするのは、この国の軍隊がしっかりとしすぎているからなのかもしれない。
規律正しく、そして傭兵への扱いも厳しい。中世近世の合鴨とは思えない規律の正しさだ。
傭兵と野盗で顔を変えるような相手なら容赦なく斬首する。滞在する傭兵団一つとっても食い詰め者の集団と言うより、民間軍事会社の顔をしているのだ。ボルケディアスさんも紳士だ。
だが、国外での奴隷狩りや略奪、その他の非人道的行為に関しては何ら見向きもしない。
ただ、国内での行為に関しては、綱紀粛正の刃と首が飛ぶ。傭兵団自身の追放すらある。
どういう成り立ちをしたのか不思議な国だと思う。ある意味ファンタジーだ。
次のギルドで出てきたのは金色の髪に翡翠の瞳。ただし男性。
ティータ先生の手紙を見て読みながら、少しばかり残念そうな、複雑な表情を示した。
彼の名はギルドマスターのテト。創始者の血を受け継いだ、由緒正しきギルドマスターであり、お父さんが怖い人で、ハトコに当たるミレッタさんに恋をしていた今さっき失恋男。
赤字が決定済みの冒険者ギルド。誰が好んで婿に入るか、嫁に来るか。血族間での婚姻が当たり前と言う風潮があって、失恋したもの同士で少しばかり盛り上がった。具体的には、ミレッタさんのおっぱいの盛り上がり具合について。
だから、という訳ではないのだろうが、手紙の内容を語り聞かせてくれた。
『冒険者ギルドの事実を教えて、どうか、この人の良いおにーさんをティータから引き剥がしてください。おにーさんがどれくらい良い人なのかは、お肉が足りないなーと言えば解ります。ティータには勿体無いおにーさんなのです。お願いします。それから、ミレッタお姉ちゃんへの御祝儀をください。是非、金貨で二桁!!』
せっかくならメルティちゃんに読んで貰えばよかった。
ティータ先生の言葉が男性であるテトさんの口から出てくるのは少しばかり残念だ。ティータ先生二号、いや、おっぱいの具合で言うなら一号のメルティちゃん。……ぬめぬめさんを渡して御免なさい。でも、お父さんの方には娘の好き嫌いを直すチャンスだから是非にとお願いされてたんだよね。
……いや? 最終的な売価じゃないか?
『ウチのティータは嫁には出せんぞ? 血が濃すぎになっちまったのか、子供が産まれづらくてな。ティータに万が一があったなら、ミレッタを引き戻す。産まれた子供ごとだ。そういう約束の結婚なんだよ……。アンタは話が解りそうだから話しておく。あとは、自分で考えてくれ。アンタは偉大な冒険者だ。一つのギルドに縛られる器じゃない。それだけの話だ』
俺が飲んでると、ティータちゃんのお父さんが悲しそうに独り言を呟いていたな……。
冒険者がしっかりすると国が平和になる。国が平和になると兵が育つ。兵が育つほどに国は平和になっていく。最初から滅びが約束されたギルド。それが冒険者ギルドだったんだ。
テトさんは語ってくれた。
金の髪と翡翠の瞳を持った一人の賢者の物語。
彼が現われるまで冒険者ギルドは存在しなかった。各国は各国で強者を独占し、果てはそれを人間同士の戦いにぶつけ合った。蛮族の時代。脅威となる魔物達が事を起こせば国が滅ぶと言うのに、人は人ばかりを敵としていた。それが一番に解りやすい脅威だったからだ。
物静かな翡翠は、多くの魔物に精通していた。
強き魔物、手強い魔物、倒し難い魔物が現われる度、武器を携えた人々が彼の下に訪れた。
ここから冒険者ギルドが始まる。彼の知らぬ魔物があれば、これを知識として書物に収めた。その理由は、自らの子に魔物の知識を残すため。彼は魔物の専門家ではなく司書だったのだ。
ただ人は弱い。強い者は少ない。そこで彼の下を訪れた戦士達が都合を付け始めた。『弱い魔物は弱い奴が数を合わせて倒せば良いさ。強い魔物は俺達に任せろよ』。これがランクシステムの始まり。銅や銀に金などのプレートは自身の高さを示すものではなかった。自身の限界を示すものだったのだ。これ以上の相手とは戦えないと言う意味を込めての自戒の鎖。
幾ら物静かな彼でも、霞を食って生きていく訳にはいかない。狩り獲って来た魔物の肉の処分、これを冒険者の名前の無かった時代から売り払って活動資金としてきた。
肉以外の骨や革、内臓やツノなどに目を付ける者達も居た。彼等が今で言う錬金術師や薬師のギルドの人々だ。善意が善意を呼び、気が付けば国すら無視できない巨大な組織が出来上がっていた。これが冒険者ギルドのはじまりである。冒険者ギルドはこの国で生まれたのだ。
他国も同じものを求めた。だが、物真似は上手くいかなかった。最初から営利を求めていたからだ。翡翠の目の一族の子が旅立ち、魔物においては各国間で協力することを条件に、強者を融通しあうことを条件に、そのノウハウを伝えて現地の人々の善意を募った。
国を超え、魔物に立ち向かう人々。人より強き魔物に挑む者。冒険者の始まりがここにある。
時には自らのランクを超えて挑まなければならない事もあった。自分の背には、より多くの人々が居る。だから立ち上がり、自らが定めた限界を超えて、挑み散った者達の群れ。
これこそが勇者の始まりであった。挑み勝った者も、挑み散った者も、皆が勇者だ。
「勇気があるから勇者。神に愛された者なら神兵でしょう?」
テトさんは自嘲気味に笑っていた。そんな人達はもう居ないのだと知っているからだ。
魔物の知識が増えるにつれて、魔物との付き合い方も解っていった。縄張りに寄らなければ大半は安全な生き物だったのだ。ならば、縄張りと縄張りの隙間に村を作れば良い。
そんな意味ではユグドラシル大鹿さんは大変に危険な生き物だ。縄張りの縄を食い破ってしまう困ったちゃんなのだ。危険度が極大。翡翠の瞳からすれば確かに正しい基準になる。
やがて平和が訪れた。訪れてしまった。そして冒険者ギルド崩壊のラッパが鳴り響く。
暴力は数で、数は暴力だ。こうして、人は挑まなくなった。冒険をしなくなったのだ。
魔物を吐き出すダンジョンがあれば、煙による燻し攻め、熱による火攻め、流水による水攻め、最後には大量の土で蓋をするだけで終わる。地下に何が眠っていようとも、安全より大切な宝なんて存在しないからだ。財宝が欲しい? なら作れ。
巨大なギルドに小さな敵。魔物の存在によって支えられていた冒険者ギルドは瓦解した。
畜産が可能になれば、魔物に肉を求めるのは馬鹿のすることだ。精肉ギルドが生まれた。
冒険者は不在でも知性の探求は続いた。
魔道師、錬金術師、薬師、鍛冶師、多くの者達が冒険者ギルドから離れていってしまった。
冒険者自身もそうだ。冒険から離れ、挑戦しない者。傭兵に身を落とした。軍人は国を跨いで魔物を退治になんて行けない。このようにして冒険者の居ない冒険者ギルドが生まれたのだ。
ただ、始祖の呪いとも言える言葉が一つだけ残っている。
「いつか、ぼく達の知識を必要とする人々が、きっとまた現われるから……」
その一言を胸に、彼等は今日も冒険者ギルドを細々と続けているのだ。テトさんは自嘲気味に微笑んだ。「ボクのお嫁さん、探してくれない?」。あ、その依頼は無理です。清らかな身体のボクには難易度が高すぎます。
テトさんはムシムシさんが嫌いでした。ぬめぬめさんも嫌いでした。でも、芋虫は大丈夫。
「で、でも、塩が、塩がないから!!」
「大丈夫です。あんな悲しい話を聞いていたら、ボクの目からこんなにも塩が!!」
えぇ、大丈夫でしたよ? いっぱいいっぱい、お塩を渡しておきましたよ?
残る十二軒。面白いですねー、皆、ムシムシとぬめぬめは駄目なんですよ。そして、お塩が足りていないんですよ。皆が揃って泣かせるものだから、ボクの瞳は涙でカラカラでした。