第四話 冒険者ギルド、昔々(1)
青い空。白いペガサス。巨大なドラゴン。
『そこの不審なペガサスよ、止まれ。止まるのだ』
「ひひーん! ぶるるん! ぶるるん!! 空中で止まるなんて器用なことは出来ないのですー。ペガサスは常に飛び続けないと死んでしまうのですよー?」
ちっ! 奴め、智恵を付けやがったか!!
ペガサスぐるみ。
お空でも暖かくてほこほこして、トビトカゲの目を欺くマストアイテムだったのに!!
『暫く……全く姿を見かけぬと思ったなら、そのような小細工をっ!! この卑怯者め!!』
「日々、巨大なドラゴンの襲来に怯える小さな人間。小細工の一つや二つ、何がいけぬと言うのだ!! 存在自身が卑怯な魔王め!! 天空の王者なら可愛いペガサスさんの一匹や二匹くらい見逃せよ!!」
『その薄汚いペガサスの衣、焼き払ってくれるわ!!』
「ペガサスの聖衣と一緒に中も焼けるわ!! このバーカ!!」
かなり久しぶりのドッグファイトになる。ドラゴンとペガサス。ドッグ成分は何処に?
前方への急加速からのバレルロール。これについてくることは解っている。だが、上方へのダブルバレルロール。これは克服できたのか? 出来ていなければまたも無様を晒すだけであるぞ?
空中螺旋を描くなか、唐突に俺は上の樽へと飛び移る。8の字を描き、その接点で出会うはずの……奴が居ない!? あの巨体が消えただとっ!? 何処だっ!?
『くっくっく、何処を見ている? 我はここぞ?』
その声は天高くから鳴り響いた。8の字を描いた俺のループに対して天竜王がとった機動は○、樽そのものを巨大にして、さらに上空を抑えたのだ。なんと言う事だっ!?
『ふむ? その小さき背中に乗ってやろうか? そこな不審なるペガサスよ。天空の王者とは、やはり我のことであったか? ふははははははははははははは!!』
「くうううううううう!! 爬虫類風情に上を取られただとっ!? 許せるものかっ!!」
『ペガサスの中に入っているのは馬鹿であったか? 爬虫類とドラゴンの区別も付かぬか? 負け犬の遠吠えほど、耳に心地よき調べもなきものよなぁ? ふははははははははは!!』
天と地で速度を同じにされた。上にあるものは位置エネルギーを持ち、下にあるものは位置エネルギーを持たない。ゆえに前後左右、どの方角に逃げても必ず上空から追いつかれる。背後に着かれた以上の敗北!!
だが未だ一点において逃げ場はある!! 着いてこれるかこの機動!!
目指すは上空!! ≪インメルマンターン≫!! つの字を下から上に描く空戦機動。
対する奴は、≪スプリットS≫!! つの字を上から下に描く空戦機動。
一見同じに見えるが、大きく違う点がある!!
スプリットSは位置エネルギーを速度に変える機動。インメルマンターンは速度を位置エネルギーに変える機動。つまりは速度差、遠心力、周回するループの大きさが違うのだよ!!
同じつの字を描くように見えて、速度の速い爬虫類は外周を、人間様は内周を回る事になる。
陸上競技のトラックの内外のレーンが交わらないように、この機動もまた交差しない。
さらに加速度ならば俺が上だ!! ははは、貴様の天下は一瞬だったな!!
天と地と、その立場が入れ替わった爬虫類君。今の気分はどうかね?
「貴様が天空の王者? ならば我は神であるのか? う~ん? 空飛び爬虫類く~ん?」
『くあああああああああああっ!! 許さぬ!! 許さぬぞおおおおおおおおおおおお!!』
「では、そろそろ決めさせて貰おうかっ!!」
位置エネルギーを速度変換して急加速!!
爬虫類のチクチクする鱗に殺人アルマジロが真空圧着する、これで終わりだ!!
「天竜王よ……お前に相応しいモーメントは決まっ!! ――――何ぃっ!!」
『くっくっくっく、貴様の≪ウロボロス≫確かに恐ろしき人の技よ。なれど、我が何時までも対策を考え付かぬと思ったか? 天竜王に同じ技が二度も通じると思うなよ?』
――――奴が、自分の尻尾を噛んでいた!! 天竜王がウロボロスと化していたのだ!!
それの意味するところは俺の≪ウロボロス≫の敗北である。自らが丸くなることによって重心の軸は変わらないが、重心の位置が大きく下がる。結果、この状態で回転を加えたならば俺自身もまた、大きな遠心力に巻き込まれることになる。
おそらくはブラックアウト。脳から血流が奪われ、背中に集中。気を失って空から落ちることだろう。……なんという対策だっ!?
自らの頭を回転の中心に近づけることによって、まっすぐに伸びた状態よりも遠心力の影響は少なくなる。俺は人。奴はドラゴン。悔しいが天竜王。悔しいが……これでは勝てぬっ!!
『ほれ、使ってみせよ汝の≪ウロボロス≫を我がウロボロスにな? これぞ我が友が授けてくれた秘策よ。己の智恵が一番と思うなよ? 人間風情がいつまでも調子に乗るでないわ!!』
おのれぇぇぇぇぇ!! ウィルキンゲトリクスゥゥゥゥゥ!!
そして、ゴブリンに頼る智恵なし大蜥蜴がっ!! 人間の叡智を舐めるなよっ!!
「くっくっく、その程度か? その程度で我の業を討ち破ったつもりか? トビトカゲよ。モーメントの世界はな……貴様が考えているよりも、ずっと深遠なるものなのだよ!!」
殺人アルマジロ。姿勢は横向きだ!!
「お前に相応しいモーメントは決まった!! 左の翼には真なる空を、右の翼には爆なる風を!! くらえ!! 遠心加速三半規管破壊法≪天地無用輪≫!!」
三半規管。それは重力を感じとり平行感覚を保つための生体ジャイロ器官。その弱点は横回転。横向きの殺人アルマジロにとっては縦回転。だが、尻尾を咥えたウロボロスには横回転。
速度は不要!! バットに額をくっつけて、十周するだけで人間はわりとヘロヘロだ!!
真夏の浜辺でよく見かける光景だね!!
「い~ち、に~い、さ~ん、よ~ん、…………きゅうじゅきゅう、ひゃ~~~~くっ!!」
俺も割りとヘロヘロだ。だが奴はもっとヘロヘロだ!!
『天に落ちる!? 地が逆さまに!? 何をした!? まさか天地の理を破壊したとでも言うのか!? 我はこのような、混沌に満ちた空は知らぬ!! 知らぬぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
あぁ、ヘロヘロと、重力に抗いながら落ちていった。最後は土煙と共にハードランディング。
「み、みたか、俺の、ペガサス……ローリング……クラッシュ!!」
俺もわりと重症だ。縦回転にしたとはいえ、とっても気持ち悪い。海に行った日の夜。波も無いのに波に揺られるあの感覚。その十倍ほどには気持ち悪い、吐きそう。
『おにーさん、このお手紙を届けてきてください』
『えっと、念話通信は?』
『高価なのですよー』
『えっと、ペガサス急便は?』
『高価なのですよー』
『えっと、俺は?』
『無償?』
『――――報酬は払えよ!! 払ってくださいよ!!』
他業種さんの職分を侵す、禁忌の行為だ。その目を誤魔化すための野生のペガサスのフリ。
ペガサスライダーは一瞬の気の緩みが死を招く、過酷な現場。野生のペガサスなんかに構っている暇は無いのだ。グリフォンライダーも存在するそうだが餌が肉なので、あまり使われないようだ。ペガサスライダーが通常便なら、グリフォンライダーは速達便である。
それだけ空での環境も厳しく、グリフォン乗りはグリフォンドライバーとも呼ばれる。
でも、ドラゴンのストーカーに付狙われるよりは過酷な仕事ではないと思う。明日からはグリフォンぐるみを着込むとしよう――――。