いずれはしたいニャンニャンを(3)
冒険者の夢見亭は今日も繁盛していた。
あの貴族が食するグレーターブロードサッカーが何故か大量入荷し、驚くべき安値で販売されたからだ。三桁は多すぎたか。市場価格も大暴落を起こしている。
ただ、元々が珍味の類。とくに荒縄のお世話になる人も居なさそうで良かった。
「あ、ぬめぬめさん、いらっしゃいませー。本日のご用件は何でしょうか? お仕事をお探しですか? それとも、ぬめぬめさんを売りに?」
おにーさん。その元気な声とヒマワリのような笑顔が消えて一週間。仕事はこなす。だが、言動が著しくおかしかった。あるいは正常だ。正常に俺の精神を責めたてていた。
「お、お仕事が良いなー。ティータ先生が元気になって、また、おにーさんとデートしてくれるような、素敵なお仕事が良いです」
「では、こちらのグレーターブロードサッカー狩りなどいかがでしょーか? 最近、なぜか急激な値下がりを起こし、生涯に一度でも良いから食べてみたいという方が一杯です。うちの酒場でも大人気の食材なんですよー?」
「え? でも、ティータ先生はぬめぬめさんは嫌いなんじゃ?」
「ティータは悟りました。身体がぬめぬめしたグレーターブロードサッカーさんよりも、魂がぬめぬめした男性の方が生理的嫌悪感が湧くことを。もう、見るだけでゾワゾワします」
「ティータちゃん!! デートしよう!! 最近流行の芝居を見て、最近流行の甘いお菓子を食べて、そうだ! お洋服、お洋服に靴も!! 他には、他には……」
我ながら、女性の誘い方の一つも知らない自分が情け無い。
「ぬめぬめさん、ティータは指輪が欲しいです。でも、ティータは子供なので、すぐに入らなくなるでしょー。それから、ティータの指は十本です。この十本の指が揉み揉みと、揉み揉みと、柔らかくなるまでほぐしたんですねー。あ、ちなみに腕は二本なので腕輪は四つ、首は一本なのでネックレスも一本つけられますねー。でも、重ねて着けてる人も居ますよねー?」
正常だ。正常を超えた正常な反応だ。
いやぁ、豪邸を一つ鹵獲しておいて助かった。
焼け落ちる屋敷に涙する権利は無い。奪われる歴史に涙する権利も無い。それが軍人だ。
だから容赦する必要も無くて助かった。もしも一言でも文句を言っていたなら、アヴェンジャーの出番だった事だろう。殺し殺され、奪い奪われ。それが自身の務めだ。それが嫌なら軍人を辞めることだ。どうせ出来ない世の中なんだろうけどさ。
爵位と共に受け継がれる義務。ティータ先生は爵位もなく義務だけ受け継いでいるのだから、爵位があるだけマシな方だろう。
観に来た演劇場の演目は、聖戦軍の激戦を再現した大舞台。だけど今日が最終公演かな?
人の口に戸は立てられないようで、国王様が勇者様に見限られたという噂がチラホラと聞こえてくる。早いね。井戸端会議しかメディアの無い時代だ。あるいはそこらのネット社会よりも早いのかも知れない。
それから、勇者様と二人の美姫を再現する役者さんが不味かった。
比較対照が悪かった。顔は不味くは無いのだが再現度が低すぎるんだ。勇者様を侮辱するなと野次が飛ぶ始末。役者の人たちは悪くない。全然悪く無い。人間の相対主義が悪いんだ!!
東の方角で、大きな土煙が上がるのを見たと言う噂があった。
多分それが勇者様だろう。道なき道どころか海の上を走れる勇者様。
その駆け抜けた後が土煙として現われたんだろうさ。
それから、もう一つ。こちらは悲しい噂になる。
あのユグドラシル大鹿さんが殺された。犯人は不明。そもそも人ではない。爪で切り裂き、牙で四肢を千切り取られた無残な姿で、わざわざ道の真ん中に放置されていたらしい。
魔物の仕業だ。白虎王の仕業だろう。獲物を弄ぶ、猫の性。
残忍にして冷酷無比。曰く強者を求めているそうだが、どうだかね?
残忍にして冷酷無比。曰くティータの指は十本ですけど、関節の数を数えると二十だと思いませんか?
「あなたは、ぬめぬめさんですか? ティータの大好きな、おにーさんですか?」
その残忍、甲乙付け難し!! 結局、「親指の関節は一つだ!!」と交渉することで十八個。
そして翌日、ティータ先生は指輪を身に着けていらっしゃいませんでした。
「仕事の邪魔じゃないですかー。それに、ティータは真実の愛に目覚めたのです。一つあれば十分。そう、ティータは真実の愛に目覚めたのですよー!! おにーさん!!」
白虎王さん? もしかして可愛いニャンニャン娘だったりしないかなー?
『白虎王ヴェスポール。二百メートル近い巨大な白猫さんです。天竜王ヴェスパールとはなんだか仲が悪いそうですよー。名前のせいですかねー? 二十年前、この国を襲った魔王。危険度は指定されていません。規格外です。当時、剣聖さまと聖魔さまが死力を尽くして立ち向かいました。巨体を利用したただの踏み潰し、引っ掻き、人間が小さすぎて噛み付きは苦手だったみたいですよー。そして巨大な咆哮と吹雪のブレス。魔王の前に立つ資格の無い魔法使い達も遠方から向かい風や火を放つことで、お二人の戦いを助けました。でも、そのことが癪に障ったらしいのです。自分は強者を求める身、雑魚が余計な手出しをするなと剣聖様と聖魔様を前にして殺戮劇を行いました。そして、お二人を叩きのめした後、二十年待ってやる、次はより強き者を用意しておけ、でなければこの国を滅ぼすと言い残して去っていきました。お芝居を見に行くなら……最近はやってませんねー。本当に来たなら王都はお終いですからねー。そんな劇、だーれも見たがりませんものねー。おにーさんはどうしますか? 逃げたって恨みませんよ? 命は大事。一つだけです。ちなみに賞金なのですが――――掛けられていません。お馬鹿さんが挑みにかかって、二十年経たずに帰ってきたら大変ですからねー。ティータですか? ……お父さんは逃げろって言ってます。自分がギルドマスターに復帰する。だから逃げろ。おにーさんと一緒に逃げろって。おにーさん、ティータと二人で長い長いデートをしませんか? 今なら、おにーさんの子供も付いてくる、お得なティータちゃんなのですよ?』
一日で服を十着、指輪を十八、腕輪を四つに、ネックレスを五つ。そんな黄金の獣どのと長い長いデートをする気は御座いません。それでは、俺の財布が持ちませんのですよー。