いずれはしたいニャンニャンを(2)
「そもそも現段階で、天竜王をどうにかした戦力を消す馬鹿が居る訳無いじゃないですか? 居るとすれば、それは本物の馬鹿ですし、その馬鹿こそ死ぬべきです。美味しいですね、このブドウジュース。お高いんですか? では、あとでワインセラーも案内してください」
首がギロチン台に突っ込まれそうな話の後は商談だった。脅迫に見えるが、おねだりだ。ちなみに、ねだるとは漢字で強請ると書く。ゆするも強請ると書くので実に便利な厄介な話だ。
キングスガードとして相応しいだけの諸々が揃えられた豪邸から、様々なものを頂いた。通りがかりざまに金や銀の燭台が消失したり、先祖伝来の武具が消え去ったが、俺は知らない。
きっと、世にも奇妙なリミッツに捕らわれでもしたんだろう。謎の消失現象。
半径にして十五メートル。さらに十メートル立方が能力の限界なので、二十メートルが射程圏内になる。固定されていないものの数々が消失する謎の現象が発生していた。重ねて言うが、俺のせいではない。敵から略奪することは盗みと呼ばない。
正当な権利とされる時代のことなんだよ。
愛馬まで奪われるとは予想してなかったらしい。ちゃんと固定しておかなきゃ。でもそれじゃ残酷メリーゴーランドですけどね?
先祖が勝利したというキマイラの剥製。出来ました!! ピタゴラスを頑張れば収納できました!! 翼の長さが十メートルを越えてたけど、なんとか収納できました!!
ちなみに真っ黒おじさんの黒い鎧ですが、代えが沢山あったらしい。全てが喪服だなんて趣味が悪いので換気しておきましたよ? こんどは白装束とかどうですか?
……どちらにしても縁起が悪い不思議な白黒。
奥さんが、これは子供達との絆だからと庇った品物も、もちろん没収ですよ~。
家族そのものを奪われた人間に、そんな生易しい哀願程度でどうにかなるとでも?
物乞いギルドの人達は偉大です。行きと帰りの路で俺から金銭を奪うんだから偉大です。
とりあえず奥さんを、物乞いギルドに研修に行かせてみては如何でしょう?
きっと家庭生活の全てを牛耳られることでしょう。あそこは人の心を支配する、暗殺ギルドよりもずっと恐ろしいギルドなのですよー。
「なーに、市場の何処かで売りに出されますから買い戻せば良いんですよ。それで、その買い戻すための金貨や銀貨は何処ですかー? お金は、黄金の獣どのの主食なのですよー」
真っ黒おじさんが真っ青になるまで続けました。人ではなく鬼に見えたことでしょう。
ただね、こういった場面で仏心を出すと付け込まれるんですよ。次もまた許される、そのまた次も。温情判決も程々に。もう、俺に手を出す事を後悔するまで奪いつくしました。
ほぼ全財産になりますねー。
大はキマイラの剥製から、小は銅貨まで。椅子は収納できても、残念な事に長テーブルは入らなかった。絨毯は丸めると入りました。ドアも、窓も、蝶番を外せば簡単なものですね。隙間ではない隙間風がビュウビュウと入り込みますが、四季を楽しむ風流と思えば良いことです。
でも、悪いことだけをした訳じゃありません。
煙突を掃除してあげました。なんてピカピカなんでしょう。
でも、冬に備えて蓄えてあった薪は全て消えましたけどね?
これから冬に近づくにつれ高くなる品。この世界にも燃料代の上下ってあったんですね?
「キミは、人か? 悪魔か?」
「侵略し、占領した敵国の街中での兵士とは、人ですか? 悪魔ですか?」
答えが無い。そういうことだ。軍人ならば敗戦の意味することくらい知っているだろう。
奥さんを奴隷にされなかっただけ、命を奪われなかっただけ、感謝して欲しいくらいだ。
自国内での解放戦ですら堂々と略奪行為は行なわれる。敵国内なら当然の権利だ。攻めて、侵略し、後の統治を考えるようになったのはずっと後、第二次世界大戦よりも後なんだよね。
むしろ、相手国の糧食を当てにして行軍したあげくに敗北した軍隊だって居る始末だ。
フランス皇帝ナポレオン=ボナパルト。当時のロシア帝国に挑み、モスクワを焼く焦土作戦によって食料を得られず、死のロングウォークを歩まされ、最後には無敵の暴れん坊冬将軍に敗れ去った、最強のフランス軍。六十万の兵士で敵国に挑み、五千人が帰ってきた大敗北。
日本の戦国時代などは単純にスケールが小さく水源も多いため、長期に渡る兵糧攻めが可能だった。これはちょっとした例外だ。
敵が篭城し、水があり、味方が食料を運べる距離に居る。それだけの条件が揃わなければ自分達の方が飢え死にする。それが兵糧攻めという戦術だ。
ちなみに、すっごくお金の掛かる戦術である。敵は少数、味方は大軍。そりゃそうだ。
納屋には火を放ち、使用人たちの私物すら没収だ。大丈夫、偉大なるキングスガード様が買い戻してくれるさ。代々受け継がれた我が家の家宝? なら、高く売れるね? 邪魔するものは真っ黒オジサンが止めた。再戦はもうこりごりらしい。人的被害が拡大するだけだもの。
「これで、満足したかな? ――――負け戦とは、こういうものなんだね」
「まぁ、百のうちの一つほどは満足しました。あと百軒、本当は王宮も回りたいところです」
「ミルメコレオを相手にしていた。あの時に気付いて置くべきだったね。敵に回せばこれ以上に恐ろしい相手は居ない。魔王と同じだ。孤軍にて大軍を討ち滅ぼす。やり方は違ったがね」
「味方にすれば?」
「頼りない。そして恐ろしい」
「――――まぁ、否定はしません。昨日の友は今日の敵。昨日の敵は今日も敵ですから」
「敵が味方になることは?」
「世代が変わればあるんじゃないでしょうか? 世代が変われば恨みつらみも薄れますから」
世界平和と科学技術は比例しない。
むしろ、世界が狭くなって、物欲が増して、摩擦が多くなるばかりだ。
思えば合鴨ファンタジアの人々の方が、人間同士の争いは少ないんじゃないかな?
昔々の白人の映画。アフリカ人にライターを見せて魔法だと驚かせるシーンが必ず入っていたそうだ。わざわざアフリカに来てやることがそれか? ライオン見てこいよ。象とかさ、色々見るべきところがアフリカにも有っただろ?
空のセスナ機から投げ捨てられたガラス瓶。それが蛇の皮をなめすのに丁度よく、一つしかないものだから部族内で揉め事が起きた。そのガラス瓶を神の下に返しに行くブッシュマンと言う映画があった。あれは、アフリカ人の愚かさを指差した映画ではない。消費社会に溺れたアメリカ人を指差した、ブラックジョークの塊だった。白人なのにブラックとはね。
合鴨ファンタジアに新しい戦争の火種を持ち込む気はない。
だから、あらゆる現代技術は誰にも伝えない。そう決めていた。メイメイさまもそれが良いと仰っていた。種子島を作ったあとで怒られたんだ。
「お主は、この大地を大量の人の血で汚す気か!!」なんて、大反省。
「ベルガドット将軍は、洞穴ライオン蟻の巣をどう攻略する気だったのですか?」
「まず、生木を入れ、火を着ける。風を送り、煙から他の穴を見つける。塞いだ後は灌漑工事だ。水を入れて水没させる。普通のダンジョン攻略と同じ手順だね。ただ、王都を長く離れるわけにも行かなかったから、先に滅ぼしてくれていた事は助かったよ」
そりゃウェルキンゲトリクスさんを助けに来ましたとは、名目上も言えないしね。
「普通のダンジョンの攻略法もそうなんですか? 冒険者を送り込んだりとかは?」
「しない。まずは外縁部に陣を張り、煙による燻し攻め、ついで熱風か冷風を送り続ける。中の魔物が死に絶えるまでね? その後は魔法の水か、灌漑工事による水没だ。最後は山盛りに土を被せてお終いになる。ダンジョンワームなどの内部に入るのは、兵士の鍛錬の時くらいだね。魔物の巣、魔物が湧いて出る口を開けておく意味が無い。たとえ貴金属が手に入ったとしても、それなら鉱山を掘ったほうがまだ安全だからね? それになにより、彼等の職を奪わなくて済む。彼等の職分を侵して恨まれずに済むからね?」
「軍隊ギルドも色々と考えてるんですねー」
冒険者の視点からすれば勿体無い話だが、自分達の力で製造入手できるものを、わざわざダンジョンに求める意味は無い。脅威があれば滅ぼし、安全の中で成長を続けた方が良い。
それらをダンジョンに求めるのはただの怠け心でしかない。あるいは山師か賭博師だ。
冒険者とはそういう生き物だから、社会がしっかりとするにつれ、隅に追いやられていったのだろう。冒険そのものが無用になるんだ。
「さてと、お宝は~、床下などには残ってませんか?」
「もう無い。床下などにはね?」
つまり、違う場所にはあるということですか。
じゃあ、遠慮なく母屋にも火を着けて、奥さんが号泣してるな。慰める旦那さんが大変だ。
一人立ちした息子さんがたも戻ってくることだろう。家族の絆で何とかしてくださいな。
「……酷い光景だね?」
「これこそが、アナタ方の仕事なんでしょ?」
「その通りだ。確かにその通りなんだ。返す言葉が無いね」
アルエットを贈り付けてきた王への意趣返しは済んだ。勇者は去り、常勝将軍ベルガドットの権威は地に落ち、聖戦軍はさらに瓦解。勇者の代わりに束ねるタガは、もはや国王一人だけ。
さぁ、戦場に立て。相手は北の国の人の軍勢。奥に潜むは戦戯王エグザクト。挑むが良い。
その善戦次第では生かして帰して貰えるかも知れないぞ? 頑張れよ? くっくっく。




