世界知らずの勇者様(4)
バルコニーに出ると夜風が気持ちよかった。大の男の啜り泣きは気味が悪かった。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したのか剣聖様がポツリポツリと語りだす。
「そうなんだ。全て私達の弱さが原因だったんだ。勇者さまを呼び出す密談は前々からあった。だけど、私達は止められなかった。白虎王。魔王の一角がこの国を訪れた。立ち向かえる資格があったのは私と聖魔の彼女だけ。二人で戦い。そして惨敗した。それから白虎王は語ったんだ。次に来る、その時までにより強き者を用意できなければ国を滅ぼすってね。そして勇者さま縁の品を頼りに異世界から召喚する術を彼女が造り上げた。一方通行の、帰す当ても無い召喚魔法……。アルエットとマリエルは、本来、二人の姫に代わって勇者さまに尽くす役目を持った娘達だったんだよ。でも、運命の皮肉なのか、これで良かったのか、勇者さまは二人の姫と共に現われて孤独じゃなかった。だから、この国に縛り付けるための鎖も付けられなかった。……アルエットとマリエルはね、勇者さまに抱かせるために育てられた娘達なんだよ。すべて止めたかった。止められなかった。私達が弱かったからだ。でも……それを指摘できる人間はこの国には居なかった。事実として魔王を仕留めたキミを除いてね? 私達が弱かった、それが全てだ。……アルエットとマリエルの二人を頼むよ」
長いのです。三行に纏めてください。
白虎王に脅されて、勇者様が召喚された。
勇者様に宛がわれるはずのアルエットとマリエルさんは要らない子になった。
それから、アルエットとマリエルさんを頼まれた。
「お断りします」
「なぜだい? 私達の娘に何か不満があるのかい?」
……私達の娘?
「あの、剣聖様? アルエットやマリエルさんとの御関係は?」
「父親だよ? 二人は姉妹だ。マリエルは妻の血を、アルエットは私の血を濃く受け継いだらしい。剣と魔、二つが揃った強者が都合よく生まれてくれれば、勇者様を召喚することもなかったんだけどね……。努力してどうにかなるものでもないのだろうけど、不甲斐ない話さ」
えーっと、アルエットが妹で巨乳で剣聖の鳳雛。
それから、マリエルさんが姉で大草原で聖魔の伏龍。
よくぶつかっていたのは、ただの姉妹喧嘩。なんですとー?
「えーっと、手料理だと言ってフグを食わせる嫁は要りません。実験だと言って人の指を硫酸に漬ける嫁も要りません。そもそも縛り付ける鎖として最初から腐食してますよ、あの二人。お父上としてちゃんと教育してあげてください」
「む、娘達は……今、反抗期なんだよ」
「いつから?」
「う、生まれたとき、からかな? 抱くとね、グズるんだ。ぼくは嫌われてるんだよ!!」
あぁ、剣聖様の魔法属性は馬鹿だ。間違いない。アルエットと同じに違いない。
延々と続く愚痴。嫁にいびられた。娘1にいびられた。娘2にいびられた。四人家族で娘二人だと男女のパワーバランスが崩れるんだなぁ。そもそも、夫婦喧嘩で夫から暴力を奪えば、なかなか勝てないものらしい。
剣聖VS聖魔とその娘達。暴力でも勝てません。
女は男の間違いを何百回でも引き出しから持ち出してくる。
男が女の間違いを引き出しから持ち出してくると、男らしくないと反射攻撃される。
なんて理不尽!! 許し難き!! 剣聖様はわりと良い人でした。泣きながら延々と愚痴って娘達の子供時代の醜態をポロポロと零してくれるくらい、良い人でした。くっくっく。
さて、戦勝祝賀会。宴の主賓が不在。これはどうしたものだろう?
このあと何がどうなるか? 王様の顔が、全面的に泥パックされるに決まっている。
王の呼び出しに勇者が応じない。勇者様は王の支配下には無いという示威表明。
勇者の威を借りた王様よ、ご愁傷様です。踊りながら死ね。
これからは裸の王様として強権でも何でも振るってくださいな。メイメイさまを不快にさせた罪ですよー罰ですよー。メイメイさま達と引き合わせてくれたことと、地球から引き剥がさせてくれたことは相殺ですけど、メイメイさまを御不快にさせた分は成敗しますからねー。
せっかく用意された元帥錫と公爵位と大きな領土が宙に浮いていた。
何処までも縛り上げるつもりだったらしい。
でもね、この話をしたら勇者様は全てを察してすっ飛んで行きましたから。
「レイジさんを日本に帰す。その方法を見つけてくるよ」……胸キュン。
二人のお姫様はプンスカしてましたが、レイジは勇者様の所有物ですからー!!
さて、王様の謁見室。ここだけはゲームのイメージそのままだった。
王が高みに、貴族は中ごろ、さらに下には従者達。立っている騎士達は皆叙勲を受けた一応は貴族の位の者達だ。身分を頭の高度によって表す。よくよく見て見れば、それは猿山と同じじゃないか?
天辺にはボス、中腹には中ボス、雑魚は下。
遺伝子か? 遺伝子のなせる業なのだろうか?
確か奉行所の牢屋のなかでも畳の枚数が偉さの象徴だったような? 十枚集めると首を斬られて昇天できるとかなんとか……。
いつまでも経っても敷かれたレッドカーペットを歩む者が現われない。勇者様を迎える為に立ち並ぶ諸侯がざわめき始めるが、雲隠れした勇者様を誰が捕まえられると言うのだろう?
力尽くで引っ張ったてて、褒美をくれてやる素晴らしい光景でも見られるのだろうか?
元帥錫、公爵位、そして封土。これらを王が高みから下賜することで、王と勇者の立場を明確に示そうとした策謀は、勇者不在という形で不振と不審と不信に終わった。
さぞかし腐心した策謀だっただろうにね?
策謀の不振。勇者への不審。王への不信。一球だけなのにスリーストライクでワンナウト。
ミラクルな死球だ。戦戯王エグザクトも、さぞかし臍を噛んでいることだろう。
勇者と姫が二人。キングとクィーンが最初から不在の遊戯盤。誰が遊びたがるものか。中途リアルでせっかく育て上げた聖戦軍が空中崩壊。勇者様という象徴がなければ烏合の衆だ。
さて、それでもまだ戦争に拘るものかね?
魔王様ともあろう御方が?
一石二王。我ながら良いビリヤードが出来たと思う。
結局、何とかかんとかがどうこうして、勲章が授与されてその日は終わったようだ。