世界知らずの勇者様(2)
「ふむ……。勇者さまが戻られてしもうたか……」
「メイメイさま、今日はとても浮かない顔ですね? 物憂げな顔も可愛いですが」
狐のお耳も心なしかションボリしている。
「これから本物の殺し合いが始まるのじゃぞ? ウキウキするような奴などおらぬじゃろ?」
隣の国のヒャッハーな冒険者のなかには沢山おりましたが、これは黙っておきましょう。
しかし、落ち着かないのか尻尾がワサワサ。これも良し!! くすぐったいのです~!!
「戦戯王エグザクトはどう出てくるのでしょうか?」
「戦争じゃ。その他には興味のない奴じゃ。勝利した後の統治にすら興味が無いでの? 大人しく従っておけば、その内に他の相手を見つけるじゃろ……」
なんて消極的防御姿勢。
「それじゃあ、最初から全面降伏してみたらどうですか?」
「子供から玩具を取り上げた。お主には、その末路すらも解らぬか?」
あぁ、全国民を東軍と西軍、家族同士を分け、どちらかが全滅するまで戦わせるとか。
死ぬより酷い目に合わされそうだ。これを思いつく俺も俺だな。
「どんな手段で来ますか?」
「それが分かるならワシが戦戯王じゃ。西の国に不死王、東の国にユグドラシル大鹿を放ったのは奴じゃろう。残るは北じゃが……すでに奴の手中。一番嫌なのは、北からの侵攻じゃな。もともと、この国とは揉め事が多いでな? 川があり、暖かく、肥沃な大地で穀物が良くとれる。北の国は、この国の領土を昔から欲しがっておったわ」
「じゃあ、間違いなく北からの人間による進軍ですね。長きに渡り国交が途絶え、穀物などの輸入も無かった。国民は飢えている。さらに魔王軍が抑えた十以上の所領。焼かれたように見せられた糧食。既に北へと多くが運ばれているのでしょう。軍隊を動かすに十分な程度には」
メイメイさまの金色の瞳が上目遣いで……。ですから、その角度は反則ですってば!!
キュウして良いですか? チュウして良いですか? その先は……くぅっ!! 我慢!!
「お主、頭をどうかしたのか? 急に賢きことを申して、病か? 病じゃな? 誰ぞ、医者じゃ!! 医者を呼ぶのじゃ!!」
「酷い!! メイメイさま!! ボクだってたまには頭を使うんですよ!!」
「どんな時じゃ?」
「……女の子を口説く時?」
「医者じゃ!! 医者を呼ぶのじゃ!!」
マリエルさんの診断結果では正常。五度に渡る検査によって正常でしたっ!!
まったく、メイメイさまったら、ボクを馬鹿の子扱いして。クラスじゃいつも中の中の成績だったんですからねっ!! プンプン。
……。
……。
……。
目の前には爽やか、ううん、神々しい、ううん、それ以上の語彙が無いボクを許して!!
勇者さまが座っていらっしゃった。左右にはおまけのオッパイクッション。未だに大岡裁きの決着は付いてないようです。四六時中プニプニムニムニ、見せ付けられる聖戦軍も大変だな。
「やぁ、お久しぶりです。……日本語を話すのは久しぶりになるのだけど、僕の日本語におかしなところは無いかな?」
ちょっと照れた笑い。胸キュンです!! おかしなどころか、日本語の方がおかしい!!
全世界は勇者様語に合わせるべきなのです!!
「いえ、全く。完璧な日本語ですよ? 今日、今すぐに日本に帰っても大丈夫なくらい」
「日本に帰るか……。まだ、レイジさんを日本へ帰す方法は見つかって無いのかな?」
ん? 何を仰る勇者様。
「見つかりませんよ? 永遠に。ボクを帰す方法とは、勇者様を帰す方法と同じ意味を持ちますから。研究すらされて無いんじゃないでしょうか? この国で最高位の魔法のエキスパート聖魔さまを行軍に連れ出しておいて、研究がされているわけが無いじゃないですか。もしかして行軍の疲れで、勇者さまは寝ぼけてらっしゃるんですか?」
勇者様? なにを鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして……そう言えば鳩を見て無いな。
平和の象徴にはいささか厳しすぎる合鴨ファンタジアであったか……。合鴨も見ていない。
でも、ライオン蟻は見た!! すっごく気持ち悪かった!!
「ちょ、ちょっと待ってくれるないかな? 研究がされてないって、それは本当かい?」
「当たり前じゃないですか。ボクが帰れる方法が見つかった。なら、勇者様たちも一緒に帰ると言い出すかも知れない。なら、最初から探さないほうがいい。なにを当たり前のことを?」
勇者様どころか、お付きの二人の姫様たちですらポカンとした顔をして……。
俺は今、なにかおかしな事でも口にしましたか?
これから始まる祝勝会を前に、奥の院にての日本人四人だけの再会パーティ。
ほぼ見ず知らず。知っている事と言えば名前と顔と同い年だという事くらいだけだ。
趣味も、好きな食べ物も、嫌いな食べ物も知らないけど、同郷というそれだけの縁。
でも、外国で日本人に会うと安心するって本当なんだね!! 安心した!!
勇者様が美形だからもっと安心した!! 同じ日本人に見えませんけど、神様の不公平……。
「王様は確かに約束したんだよ? レイジさんを日本に帰すって……。でも、それは僕が帰る為の方法でもあるから研究されていない。僕はレイジさんだけでも日本に帰すため、戦場に向かったのに? ……それは、おかしな話だよね?」
ようやく話が呑み込めたらしい。
戦地を転戦していた勇者様には、まったく見えていない局面だったんだろう。
「最初からおかしな話なんですよ。日本から無理やり連れてきて、自分達のために戦え。報酬は帰してやる事だ。もしも俺が勇者様だったなら、その場で王様の首をちょん切ってるところでしょうね? ふざけんな馬鹿と言いながら、お城でサッカーをしてたかもしれませんね?」
カツヲの一本釣りな召喚魔法で呼び出した。でも召還魔法はこの異世界に存在しない。
もっとも可能性の高い跳躍魔法は、他からの魔力干渉を受けやすい。
魔王が飛び交うこの世界では最も危険な魔法の一つだ。魔力の塊が四六時中動き回っている。
同じ世界間でさえ大幅なズレが生じているんだ。異世界間の跳躍魔法ともなれば、良くて宇宙の藻屑。悪くて別世界の宇宙の藻屑。最悪はどこの世界にも辿り着かない事だろう。
この世界に来て、言葉を覚えて、マリエルさんから空間跳躍の原理を聞いて、一週間で辿り着いた結論だ。不可能。終わり。研究する意味すら感じないほどの不可能事。地球の方からカツヲの一本釣りをしてくれれば良いのだが、あいにく第三惑星に奇跡の人は存在しない。
マリエルさんには、もう研究しているフリをしなくて良いですよとすら言ってある。
根無し草の自暴自棄は、その頃から始まったような気がしないでもない。俺自身が魔力を操れれば研究も可能なんだろう。ただ、生憎とその魔力が無い。増える見込みも無い。
ゼロから真空管やコンピューターを作れる超天才様なら、魔力波動をどうにか操作して機械仕掛けの魔力動力炉がどうとかでワープ装置も作れるかもしれない。普通に無理です。冒険者になってどうにか魔力を溜められないかと思ったが、やっぱり無理でした。
「僕は、どうすれば良いのかな?」
「お好きにすれば良いんじゃないですか? 俺は……帰還が不可能だと気付いた時からそうしてますよ? やっぱり民主主義の世界から封建社会の世界は辛いですね。王様? なんですのそれ? 頭悪い人かなにかですか? 俺は誰の所有物になった記憶もありませんよ? あ、勇者様の所有物でした。ごめんなさい」
異世界に来て、初めての恩人が勇者様だ。あまり悪く言うのもなんだな。
それに、戦争戦争また戦争。深く考える時間もなかったんでしょう。
「民主主義から封建社会……。それがそんなに辛いことなのかな?」
「そりゃ辛いですよ。勝手に俺はお前の上司だと名乗られて、どんな命令でも従えー。なーんて馬鹿みたいな世界に飛び込んじゃったら辛いですよ? 勇者様は超高待遇なので例外ですけども。世界の為に剣を取る、その前に、世界を見てきたほうが良かったんじゃないですか? 奴隷とか、亜人とか、人類史上主義者とか普通に居ますよこの世界。わりと生々しいですよ?」
ほんと、嫌な異世界だ。もっと、幻想的でファンタジックの甘々なら良かったのにな。
魔力があろうが無かろうが、人間は人間か。ほんと、面倒くさいね――――。